寂しがり屋

「檜佐木くん、大丈夫?」
「おう…」

九番隊の執務と瀞霊廷通信の編集業務のせいで、檜佐木くんは疲れがたまっていたようだ。徹夜で仕事をすることもあったし、一人で編集室にこもることもあり心配はしていたのだが、ついに今日、檜佐木くんが倒れた。
瀞霊廷通信の入稿が終わって気が抜けたのか、朝になってやっと編集室の床に倒れている檜佐木くんを発見した。隊の人に手伝ってもらって檜佐木くんの部屋まで運んだのだが、全然目覚めないから私も仕事に戻り、夕方にもう一度檜佐木くんの部屋を訪れていた。

「何か食べた?」
「…少し」
「気分は?」
「…いつも通りだ」

顔色も悪いのにいつも通りだなんて、いつも体調悪いまま仕事してたのかな。

「無理しちゃだめだよ」
「…俺が動かねぇと、隊がまとまらねぇだろ」

つい先月、九番隊の隊長がいなくなった。五番と三番もそうだったけど、そのせいで副隊長の負担が増えた。

「…一人で抱え込まないでよ。もっと隊のみんなとか、私のこととか、頼ってくれていいんだよ?…隊長だって、全部一人でこなしてた訳じゃないんだから」
「…そうだな」
「今日はどうする?もう寝る?それとも、何かご飯作ろうか?」
「それって、作ってくれるのか?」
「そうだよ」
「…嬉しいけど、食欲ねぇな」

でも寝不足とか疲れとかで弱ってるなら何か食べた方がいいと思うんだけど。

「ごめんな、心配させて」
「いいよ…檜佐木くんの面倒見るの慣れてるから」
「そんなに面倒見られるほど世話かけてねぇだろ」
「檜佐木くん、ちゃんと見てないといつも一人で勝手に潰れるんだもん。面倒だよ」

わしゃわしゃと檜佐木くんの頭を撫でる。面倒だとは言うが、私が勝手に檜佐木くんを気にしているだけだ。

「食べれないなら寝る?」
「…もう、眠くもねぇよ」
「じゃあやることないじゃん」
「仕事なら残ってるだろ」
「絶不調な人が働こうとしないでくれるかな」

起き上がろうとする檜佐木くんの肩を押さえつけた。そんなに力を入れていないのに檜佐木くんは起き上がれなくて諦めた。

「気になるなら私が戻って仕事片付けてこようか?」
「…いい、行くな。ここに居てくれ」
「何かすることある?」
「…居てくれるだけで、いい」

弱ってるから心細いのかな。久々に頼られた気がして嬉しい。

「お前は、俺を置いていかないよな?」
「いかないよ。檜佐木くんの面倒なんか、私じゃないとみれないでしょ」
「…ありがとう」
「一人になんかしないから…。約束するよ」

檜佐木くんの小指に自分の小指を絡ませた。私は隊長みたいに裏切ったりしないし、檜佐木くんを傷付けることもしない。お節介だと思われても、私が檜佐木くんを支えたい。

「横島…」
「ん?」
「…」

力なく手を引かれたから、何か言いにくいことでもあるのかと思い檜佐木くんに顔を近付けた。そしたら優しく頬を撫でられた。

「どうしたの?」
「お前が居てくれてよかった」
「今さら気付いたの?」
「前から思ってた。けど、こういう時じゃないと言えねぇだろ」
「…私も、檜佐木くんがいてくれて嬉しいし、檜佐木くんの傍にいられて嬉しいよ」
「横島…」

学生の頃からの仲だけど、ずっと同じ隊でいられて、お互いに支えあってきたんだ。檜佐木くんは副隊長で私は席官で、一緒に仕事ができてとても幸せだ。
頬を撫でていた手が後頭部まで回され、頭をぐっと引き寄せられた。雰囲気に流されそうになり、その力に抵抗して動きを止めた。

「…おい」
「…何かな」
「何抵抗してんだよ」
「するでしょ。檜佐木くんこそ何しようとしてるの」
「キスだけど」
「わかってるよそんなこと。だから抵抗してるの」

直球で言ってしまう檜佐木くんのせいで少し照れるが、檜佐木くんは不機嫌そうに顔をしかめた。

「嫌なのか」
「嫌じゃないけど」
「じゃあキスくらいさせろよ」
「…やだ」
「どっちだよ」
「…だって、回復して元気になったら、私なんか相手にしてくれなくなりそうだもん。そんなだったら、最初から何も無い方がいい」

きっと今は弱ってるから寂しいだけだ。寂しいから私に構ってくれてるだけだ。きっと元気になったら、私なんか必要なくなって、今度は私が寂しくなるんだ。これから毎日構ってくれて彼女みたいな扱いしてくれるんなら、今だって何でもしてあげるけど。

「…俺が、今までどれだけ我慢してきたと思ってんだ」
「なんの我慢?」
「いつだって横島に手出したかったし俺のモンにしたかったけど、仕事に手が回らなくなりそうだから我慢して真面目にやってきたのに、最近忙しくなって今まで以上に遠くなって、弱みも見せたくねぇから無理してやってきたのに、今日で全部台無しだ。弱ってるとこに漬け込まれて耐えられると思うか?」
「べ、別に弱みに漬け込んだわけじゃないんだけど」
「うるせぇ、とにかくもう我慢できねぇ。嫌じゃないなら大人しくしてろ」
「…檜佐木くん顔色も良くなって元気になったみたいだし帰っていい?」
「よくない」

私を引き寄せる力がだんだん強くなってきていて、抵抗するにも簡単にはいかなくなってきた。

「さっき、私には居てくれるだけでいいって言ったくせに、なんで手出そうとしてんの」
「じゃあ居てくれるだけでいい。動くな、俺が勝手に動く」

ぱっと手を離され、反動で体が後ろに倒れそうになった。バランスを崩した隙に檜佐木くんが起き上がり、私の頭を両手でしっかりと支えてキスしてきた。手をはずしてやろうにもびくともしなくて、諦めた。

「横島、」

見つめ合えばその真剣な眼差しにくらくらする。もっとしちゃおうかな、なんて考えていたら、頬から外された手が胸に降りてきた。反射的に檜佐木くんの頬を叩いていた。

「な、何すんだよ!」
「そっちこそ!私、檜佐木くんの性欲処理のために傍にいるって言ったわけじゃないし!」
「あぁ?ヤりてぇだけならキスなんかしねぇよ」

檜佐木くんとこんなことになるなんて思っていなかったから、顔が熱い。もしかして私、今から檜佐木くんとヤらなきゃいけない?いやいや、そんな、そんな恥ずかしいこと。

「何がそんなに嫌なんだよ!」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ!!それに檜佐木くん、好きとか言ってくれるわけじゃないし…」
「好きに決まってんだろ。今までお前しかオカズにしたことねぇよ」
「…その報告はいらなかった!!」
「お前じゃなきゃ抜けねぇんだよ」
「檜佐木くんのばか!!!」
「でも好きなんだろ?」

珍しく強気すぎる檜佐木くんに言い返せなくなってきた。ちょっとスケベなのはなんとなく解ってたけど、優しくてかっこよくて頼もしい檜佐木くんはどこへ消えたの。

「…好き」
「じゃあいいだろ?」
「…体調不良だったくせになんでそんなに元気になってんの」
「お前のおかげだよ」
「…そっか」
「それに忙しくて溜まってたから、」
「だからそういう報告いらないってば!!」

檜佐木くんがこういうことばっか言うのもきっと疲れてるせいだ。もっと栄養とっていっぱい寝た方がいい。

「俺に触られるの嫌か?」
「…そういうわけじゃ、ないけど」
「じゃあ触るぞ」
「え」

強引にも押し倒されて、唇を塞がれた。肩を押し返しても檜佐木くんはどく気が無いようだ。

「んっ…ひ、檜佐木くん、」
「…悪い、やめられねぇ」

檜佐木くんの腕力には勝てそうにない。それに抵抗したところで檜佐木くんを傷付けるかもしれないし、これ以上の抵抗はやめてしまおう。

「や…優しく、してね」
「…煽るなよ」

これほどまでの関係になることは望んでいなかったけど、檜佐木くんがこんなにも私を求めてくれているんだから、体を許したっていいはずだ。
こんなことして、明日から恥ずかしくて逃げちゃうようなことになっちゃったらごめんね檜佐木くん。