それでも好きだよ

「先輩たち仲良いっすけど…付き合ってんすか?」

酒の席で、軽く酔いが回っていそうな阿散井くんにそう聞かれた。

「そんなわけないでしょ」
「んなわけねぇだろ」

否定する言葉を口にすれば、隣に座る檜佐木くんも同時に同じことを言った。そう、付き合っていないのは事実なんだ。だって檜佐木くんには好きな人がいて、私にそれを邪魔する権利は無いからだ。

「私はねぇ、もっと品があって、端正な顔立ちで、こんなスケベじゃなくて、賢くて、もっと凛としてかっこいい人が好みなの」
「高望みしすぎだろ」
「檜佐木くんに言われたくないし。乱菊さんみたいな超絶美人に相手してもらえると思ってんの?」
「あぁ?お、同じ副隊長なんだから、どうにかなるかもしんねーだろ」
「はははは」
「笑うな!」

人の不幸でも笑っていないと、自分の不幸で泣きそうになる。私は別に、見た目も中身もハイスペックな男なんて本当は求めていない。ちょっとダメなところが多くても、ただいつも隣にいてくれる檜佐木くんに、永遠に隣にいてほしいだけだ。

「おめーみたいな女のとこには品があって賢くてかっこいい男なんざ現れねーよ」
「そうだろうねぇ、現に私の回りには品がなくてお馬鹿で悪人面した男しかいないもんね」
「恋次はともかく俺は馬鹿でも悪人面でもねぇよ」
「そう言って睨んでくる檜佐木くんすっごい怖い顔してるけど自覚ある?」
「…」

怖い顔をしていると自覚したのか、私から顔を背けてぐびっとお酒を飲んだ。

「痴話喧嘩にしか見えねーっすよ」
「何恋次くん?そんなに私と檜佐木くんが恋人同士みたいに見えるの?」

ふざけて檜佐木くんにぴたっとくっついて見れば、恋次くんには微妙な顔をされた。

「偽りの愛…って感じっすね」
「本物の愛も知らねー奴が何言ってんだ」
「なっ…それを言うなら檜佐木先輩だってそうじゃないっすか!」
「ばっ…うるせぇ!お前よりは知ってるわ!」
「片想いしかしたことないくせに」
「お前だってそうだろうが」
「…そうっすね」
「…な」

あぁやっぱり二人とも品がなくて馬鹿だ。だからこんな虚しい言い争いをしてしまうんだろうけど、見ていて楽しいし、かわいいなぁとか思ってしまう。

「まぁまぁ、人生長いんだし気にすることないって。これからだよ」
「俺らはいいけどお前は早くしないとおばさんになるぞ」
「慰めてあげてんのにそういうこと言うから檜佐木くんはダメなんだよ」
「うるせぇ。ダメ男で悪かったな」
「すねてんの?」
「お前にはわかんねーよ」

そりゃわかんないよ檜佐木くんの気持ちなんか。
それでも唯一解るのが檜佐木くんから乱菊さんへの気持ちだなんて。それを理解しておきながら、どうして私は檜佐木くんしか見えないのかな。



「おかしい!!」

一人で残業していてふと、檜佐木くんに会いたいなぁと思ってしまった。そこで私は、もう一ヶ月も檜佐木くんに会っていないことに気が付いた。檜佐木くんと阿散井くんの三人で飲んだあの日から。
今まで全然そんなことはなかったし、いつも最低でも週一ペースで誘ったり誘われたりして会っていたから、寂しさしか無い。この一ヶ月、もちろん私から檜佐木くんをご飯に誘った。少なくとも四回は。三回断られて、一回はオッケーされたけどドタキャンされた。もしかして避けられてる?

「…そんな馬鹿な」

ダメ男だとか、品が無いとか馬鹿とか悪人面とか言ったから?でもそんなの、いつもの冗談だし、今さら怒るようなことなのか?いやでも、積もり積もって怒りが爆発してしまったなんてこともあり得るのか?でも、一ヶ月も経ってから謝っても、遅くない?
私が知らないところで、今頃女の子と遊んでいたらどうしよう。それで私が邪魔になったとか?うわ、考えたくもない。
落ち着かないからひとまず連絡をとってみようと思い、伝霊神機を取り出した。でも散々断られ続けたんたから、今日もまた断られるのでは?もし冷たくされたら、もう立ち直れない。
会いたくて寂しいのに、勇気がでない。私は檜佐木くんの彼女ですらないのに、めんどくさいくらいに女々しい。今まで友達として檜佐木くんの横に居られて、安心しすぎていたのかもしれない。
そんな風に色々考えていたら、一人で残業する寂しさも重なり、なんだか泣けてきた。今日はもう、泣き止んだらお酒を買って自室に帰ろう。それでぐっすり眠るんだ。

こんなに泣くほど好きなら、好きだと伝えて彼女になるか友達のままになるかはっきりさせておけばよかった。なんて自分を呪いかけていたら、扉がノックされ、勝手に開けられてしまった。

「おう横島…って何泣いてんだ!?」

勝手に扉を開ける無礼者は、私が今一番会いたい檜佐木くんだった。泣き顔なんか見られたくないのに、久しぶりに檜佐木くんの顔が見れたことが嬉しくて余計に泣けた。

「おい、誰かに何かされたのか?何があった?」
「ううー…檜佐木くん…」
「お…落ち着けよ。大丈夫だから、な?」

檜佐木くんは慌てた様子で私をぎゅう、と抱き締めた。寂しくて勝手に泣いてただけなのに、檜佐木くんはやたらと優しくて、私以外の子にもこういうことしちゃうのかな?なんて辛くなる。

「ひっ、うぅ、檜佐木くん、やっぱ私には、檜佐木くんしかいないよぉ…」
「は?何の話だ」
「ひどいこといっぱい言ってごめんね…馬鹿とか悪人面とかスケベとか、全部本音だったけど、」
「おい」
「でも、そんなとこも全部含めて、檜佐木くんが好きだよ…。だからずっと会えないの、寂しくて、つらくて、嫌われたのかと思って…」

ごめんね檜佐木くん。檜佐木くんはきっと私のことなんて友達としか思ってないでしょ。友情にヒビいれてごめんね、それでも、好きだよ。

「…馬鹿。嫌ってなんかねぇし、ひどいこと言うの昔からだろ」
「ごめん…」
「それに会えなかったのも、忙しかっただけだ。避けてたわけでもねぇんだから泣くな」
「…ごめん」
「俺だってなあ、会いたかったし寂しかったし、俺の見てねえうちにお前がよその男のとこにいくんじゃねぇかとひやひやして…」

檜佐木くんは消え入りそうな声でそんなことを言い、黙ってしまった。好きだと伝えた返事としては、これは、両想いだったと判断してもいいんじゃないの?

「…乱菊さんのことは、もういいの?」
「お前への好意を隠すために乱菊さんの話してただけだ」
「あんなにデレデレしてたくせに」
「…しゃーねぇだろ、おれも男だ」
「スケベ」
「そんなとこも好きってさっき言ったくせに」
「馬鹿」
「それでも好きなんだろ」

檜佐木くんへのこの気持ちが、やっと許されたような気がした。ずっと圧し殺していたのに、檜佐木くん本人が受け入れてくれている。

「好き。だから、忙しくても、たまには会ってくれないとヤダ」
「…お前でも可愛いこと言えるんだな」
「可愛いこと言わないと檜佐木くんよその女の子のとこ行っちゃうでしょ」
「行かねぇよ。心配すんな」

優しくそう言って、私の背中を撫でてくれる。ずっと触れたかった檜佐木くんに、これからもこうして抱き締めて貰えるのかと思うと、幸せだった。

「ずっとくっついてたいな…」
「…俺の身がもたねぇよ」
「欲情してるの?」
「イヤな言い方すんな。誰だって好きな奴のこと大人しく抱き締めるだけとか、我慢できるわけねぇだろ」
「スケベ」
「…その日が来たら覚悟しとけよ」
「優しくしてね」
「…」

大好きな檜佐木くんになら、何されてもいいよ。