約束の記憶

「優!はやくついてこいよ!」
「待ってよかつきくん!はやいってば!」

昔、仲良くしていた男の子がいた。私のことを1番の子分だと言って可愛がってくれて、私もその子のことが大好きだった。毎日一緒に遊んで、毎日笑いかけてくれて、意地悪してくる男子からも守ってくれて、私にとって1番のヒーローだった。
だけどそんな幸せは毎日は続かず、私は彼の隣に居られなくなった。親の転勤に、ついていくことになった。隣の県への転勤だったけど、家族全員で暮らしたいという両親の思いから、私は転校するしかなくなった。

「ごめんね、かつきくん、ずっと一緒って言ったのに、ごめんね」
「…嘘つき」

最後の別れの言葉はそれだった。彼は泣きそうな顔をして、走り去っていった。それから、仲直りする時間すら与えられず、私は町をでることになった。小学生の頃の記憶なのに、潤んだ彼の真っ赤な瞳が、今でも忘れられなかった。


「勝己くん…?」

私は個性があったから、がんばって雄英高校に入学した。動機は単純なもので、泣く子を一人でも減らしたかったから、だ。元を辿れば、世界で1番大好きだった勝己くんを泣かせてしまった罪の意識からだった。

「…どの面下げて俺の前に現れてんだよ」

偶然にも、あの勝己くんが、高校のクラスメイトになった。6年ぶりくらいの感動の再会だと思ったのに、勝己くんは怖い顔で私を睨み付けた。やっぱり私はあのときから恨まれていたのだと、苦しくなった。

「ごめんね。傷付けちゃってごめん。あれからずっと勝己くんのこと忘れられなくて、ずっと会いたかった。会えて、嬉しい」
「嬉しくねーわ。俺があのあとどんな思いでいたか解るかよ。文句言いたくても居ねぇし、つまんねぇし、面白くねぇし」

女子だって容赦はせずに、勝己くんは私の胸ぐらを掴んだ。やっぱり、怒ってるんだ。

「今さら、何なんだよ。このまま会わなきゃ忘れられたのに」
「…私のこと、忘れたいほど怒ってたんだね」
「怒ってねぇわ」
「じゃあ、何?ずっと一緒なんて嘘ついたから、嫌いになっちゃった?ごめんね、嘘つきで、ほんとにごめんね」

私の胸ぐらを掴む勝己くんの手を、包み込むように触れた。昔と違って、大きくて、男らしい手をしていた。

「…お前、あれからずっとそんな罪悪感抱いて生きてきたんか」
「……そうだよ。勝己くんのこと、泣かせちゃったし、ずっと、ちゃんと謝りたいと思ってて」
「泣いてねーわ勝手なこと言うな」
「…でも、私が居なくなって傷ついたよね」
「俺はそんなに弱くねぇ、なめんな」
「だったら……この手は、何?何を怒ってるの?何か、言いたいことがあるんだよね?」

嘘ついて、泣かせて、寂しい思いさせて、怒らせて。ずっと一緒なんて守れもしない約束を軽々としてしまったせいで、勝己くんを苦しめた自覚はある。

「数年空いたけど、一度した約束は守りやがれ。そしたら、全部許す」
「……許してくれるの?」
「もう突然居なくならねぇならな」
「居なくなったりしない。私もう、ヒーローになるって決めたから。この高校出たら、勝己くんと一緒にヒーローになる」

今度こそ、約束できる。私はずっと、勝己くんが許すなら、ずっと傍にいる。

「あの頃の約束、続行ってことでいいんだな?忘れなくてもいいんだな?」
「いいよ。私はまた、勝己くんの傍にいたい」
「そうか」

勝己くんは昔とは違う、更に意地悪そうな笑みを浮かべた。凶悪面でも、笑ってくれるだけで嬉しくて、私も笑みがこぼれた。仲直りできて良かった。そう安堵した瞬間に、捕まれていた胸ぐらをぐいっと引っ張られ、勝己くんと唇が重なった。キスされたのだと理解すると、顔が一気に熱くなった。

「約束、守れよ」
「……ままま、待ってよ、約束って、ずっと一緒に居ようねってやつでしょ!?そ、それが何、なんでこんな、」
「はぁ!?てめぇ約束の内容忘れたんか?それだけじゃねぇだろうが!」
「なっ、何!?どれのこと!?」
「っざけんな!!てめぇは俺のモンだから一生離れんなっつったろ!!つーかさっきも傍にいたいとか言ったくせにそれも嘘か!?」

一生離れんなってのはたしかに覚えてるけども。俺のモンとかそんなの覚えてないし、ていうか言われてたとしても子分としてだと思ってただろうし、納得できない。

「…勝己くんが、私のこと、ちゃんと大事にしてくれるなら、傍にいたい」
「なめんな、昔もめちゃくちゃ大事にしてただろうが」
「あ、ほんとだ」
「じゃあ、文句ねぇよな?」
「そ、それとこれとは話がちが、んぅ」

有無を言わさず、勝己くんはまた顔を近付けてきた。決して嫌なわけではないけれど、思考が追い付かない。私は確かに勝己くんが大好きだったけど、恋心ではなかったと思うし、こういうつもりで一緒に居たいと言ったわけではなかった。

「か、つき、くん」

唇が離れると、勝己くんの熱い吐息を感じる。間近で見る勝己くんの燃えるように熱く赤い瞳にくらくらする。

「約束、破んなよ」
「…はい」

しかしこんなに迫ってくる勝己くんを拒絶する理由もなく、簡単にはいと答えてしまった。そしたら勝己くんは満足そうにニヤリと笑って、再び私の唇を塞いだ。