愛玩犬

「藍染さまっ、おかえりなさい!」

今日も藍染様は愉快な仲間たちとの会議を終え、藍染様がお部屋に帰ってきた。

「ただいま」
「…何か変わったことでもありましたか?」
「何もないさ。君が気にすることじゃない」

いつもよりも元気が無いように思えて、心配だから見ていたら、藍染様は近付いてきて、私を包み込むように抱き締めてきた。

「藍染様?」
「少し疲れた」

藍染様からは、ほんの少しだけ、知らない奴のにおいがした。知らない霊圧の、知らない女。それは、破面でも、死神でも無いにおいだった。

「今日は一緒に寝ようか」
「はい…!」

私のもやもやをかき消すかのように、藍染様からの嬉しいお言葉を頂けた。やっぱりやめたなんて言われるのが嫌で、今日会ったであろう女のことなど聞くのはやめた。
ただ、いつものように私を抱いてくれる藍染様が、愛しかった。

あれからずっと、藍染様からあの女のにおいを感じることはほとんどなかった。あまり会っていないのだと解って、安心した。

「藍染様、最近大変なんですか?みんなの霊圧がぐらぐらしてます」
「君は気にしなくていい」
「……私のことも、使ってくださいね。全く戦えないわけじゃないのですから、ただの足止め程度だとしても…」
「優」

言葉を遮るように名を呼ばれ、唇を押し付けられて塞がれた。藍染様はいつもそうだ。私が力になりたいと言うと、いつも私を黙らせる。私が十刃と比べて非力なのは解ってる。でも、私だって破面なんだから、闘争心は持っている。私だって、戦いたい。

「戦わなくていいと、前にも言ったね」
「……はい」
「君はここに居ればいいんだ」

藍染様は、私を愛しているわけじゃない。ただ都合のいい女が欲しいだけだ。そんなことはわかっている。でも、都合のいい女だとしても、藍染様に必要としてもらえることも嬉しくて、戦えないこの状況も我慢してしまう。

「じきに全て終わる。私が、終わらせてくる」

だから待っていろ、くらいのことは言ってほしい。この戦いが終わっても、ずっと私を傍に置いておいてほしい。ろくに戦えないくせに、それを願うのは図々しいだろうか。

「…そんな不安そうな顔をするな。私が負けるとでも思うのかい?」
「いえ、そんな…」
「私が負けるなんて、ありえないだろう」

藍染様は少しだけ寂しそうな顔で、再び私に唇を合わせた。なんでそんな顔するの?なんて言いたくなるけど、きっと藍染様は自分がどんな顔をしているかなんて解っていないだろう。

「藍染様…」

いつもは少し粗っぽいのに、今日の藍染様は優しかった。私に触れる唇が、指先が、私を大事そうに扱ってくれた。まるで藍染様が私を愛してくれているんじゃないかと錯覚してしまうくらい、丁寧で、暖かくて、心地よかった。

「優」
「は……はい」

事が済み、頭がぼーっとしてとろけそうだったけど、辛うじて返事はしてみせた。

「これから大事な戦いが始まる。しばらくここには戻れないかもしれないが…大人しく待っていられるね?」
「もちろんです…!私、いつまででも、藍染様のこと、お待ちしてます」
「それは良かった」

藍染様は柔らかく微笑み、ベッドから体を起こし立ち上がった。なぜだかこのまま藍染様が戻らないような気がして、藍染様を呼び止めて私もあまり力の入らない体を起こした。

「どうした?」

私ごときが藍染様を呼び止めて時間を頂いてしまったことに後悔する。それでもどうしても伝えておきたくて、「好きです」と口にしてみた。破面ごときが、と思われるかもしれない。迷惑かもしれない。でもこの想いは止められなかった。

「それだけかい?」

そう、それだけ。私はただ、藍染様が好きなだけ。好きだからどうしたいとか、どうしてくれとか、そんなワガママは持ち合わせてはいない。「はい」と答えれば、孔の空いた胸が少し痛んだ気がした。

「ありがとう」

私はただ藍染様が好きなだけなのに、それだけなのに、藍染様は邪魔だとか迷惑だとか言わずに、お礼の言葉を口にした。そしてまた私に優しく口付けて、それから振り返ることもなく部屋から出ていった。
私の想いは余計なものでも、迷惑なものでもなかったのだとやっと理解することができた。藍染様のためだからと言って、戦いに出て無駄死にしなくて良かったと心から思えた。

きっと藍染様は戻ってくる。そしてまたいつもみたいに、ただいまと言って私を少し粗っぽく抱いてくれるに違いない。
そう願って、そう自分に言い聞かせて、私は一人、殺風景な部屋で待ち続けた。外では破面や知らない死神の霊圧が渦巻いていた。それでも私は、言い付け通りに待ち続けた。
それから、外が静かになっても、死神たちの霊圧が消えても、どれだけ待っても、部屋の扉は開かれることがなかった。