悩める乙女

「委員長、委員長ってば」

帰りのHRが終わってもう帰るだけだというのに、委員長は物憂げな顔で窓の外をじっと見つめていた。
声をかけても反応が無く、試しに頬を突いてみたらびくっと跳ね上がった。

「ななな、何!?浅野!?…くん」
「いや、別に呼び捨てでもいいけど…。委員長帰らないの?」
「えっ?あ、帰る帰る。ちょっと考え事してただけだから、だからその手を引っ込めてくれるかな」
「もう一回だけ…」

委員長のほっぺがあまりにも柔らかくて触り心地がよくて、つい突いてしまう。
委員長は恥ずかしそうに頬を染めた。
この程度で恥じらうとは、いつもの冷静さからすると意外だった。

「そういえば考え事って?委員長何か悩んでんの?」
「…真面目に聞く気があるなら今すぐ頬から指を離して場所を変えましょう」
「……真面目に聞くから後で触っていい?」
「聞いた後にそんな気分だったら存分に触って」
「よっし!どこ行く!?えーっと、屋上とか今なら誰もいないと思うけど」
「それでいいよ」

気軽に言ってみたものの、本気の悩み事を打ち明けられたらどうしよう、と思っていた。
頬に釣られて真面目に聞くことにしてしまったが、俺が相談相手でいいのだろうか。
不安に想いながら屋上に出ると、予想通り誰もいなかった。

「真面目に聞いてくれるんだよね?」
「お、おう」
「私ね、最近何をしてても上の空になっちゃうの。集中できないの。どうせ集中できないなら、なぜ集中できないかという理由を授業中ながら考えてみたの」

委員長はフワフワした話をはじめた。
柵に手をつきながら空を見つめる委員長は不安そうな顔をしていた。

「そしたら、その原因が解ったの。でも、どうしたら解決できるのかを考えて、結局ボーッとすることになった。だからその解決策を、浅野くんに意見してもらいたい」
「…はぁ。それで、その問題は何?ていうか、委員長賢いのに一人で解決できないことあるんだ」
「私は勉強ができるだけで、他は浅野くんと何も変わらない人間だからね」

話が長くなりそうだったから、俺も委員長の横で空を眺めることにした。
夕日のせいで少しだけ赤みがかった空は綺麗だった。

「単刀直入に言うね。私、気になる人がいるの。もしかしたら好きなのかもしれない。でも好きじゃないかもしれない。私にも解らないの。解らないから、ずっとその人のことを考えちゃうの」
「…好きな人のことで頭がいっぱいで集中できないってやつか。委員長も恋とかするんだ…」
「これが恋なら、そういうことになるね。浅野くんだって恋くらいするでしょ?女の子大好きそうだし、モテるんでしょ」
「俺の性格じゃ誰も本気にしてくれないからモテねーよ…」

誰か一人に絞ればきっとその子も本気で相手にしてくれるだろうけど、本気で相手にしてくれるか解らないような子に俺からアタックなんてできやしない。
だから俺はまだ色んな女の子たちの相手をしている方が楽だ。

「浅野くんならきっといつか、浅野くんのこと好きになってくれる女の子くらい現れるから、大丈夫だよ」
「…ありがとう?」

なんで俺が相談した感じになってるんだ。
委員長の相談を受けていたはずなのに。

「委員長、せっかく好きな人できたならコクればいいじゃん」
「…好きかどうか明確じゃないのにそんなことできない」
「明確じゃないから迷ってるってか、悩んでるんだっけか」
「そう」

それは俺にどうにかしろと言われても無理な話だ。
正直言うとこれは委員長の気持ちの問題だし、俺が下手に口出ししていいことじゃないだろ。

「そもそも、その気になる人って誰?クラスの奴?石田とか?」
「そう思うの?全然違う。というか、教えません」
「…じゃあもうこの相談、これ以上助言できないんだけど…」
「…そう、残念。でも聞いてくれたから、約束通り存分に頬を触ってくれていいよ」

なんだか申し訳なかったが、お言葉に甘えて頬を触らせてもらった。
女子ってこんなに簡単にほっぺ触らせてくれるものだったっけ。
好きな奴いるなら尚更触らせてくれそうにないのに。

「…委員長」
「はい」
「ちょっとこっち見て」
「嫌」
「なんで!?」

委員長はきゅっと拳を握りしめる。
言いたいことがあるなら言えばいいのに。

「い、委員長」
「ほっぺなんて、普通は触られたら良い気はしないものだよね、浅野くん」
「…そっすね。てか、嫌なら嫌って言ってくれれば…」
「それなのに嬉しいなんて思っちゃうのは、やっぱりそういうことなのかな」
「…委員長?」
「私の名前は委員長じゃないよ」

委員長は困ったような顔をしてそう言った。
困るのは俺の方だ。
訳の解らない恋の相談を持ちかけられた上、曖昧な言葉で俺を惑わせる。
はっきり言ってくれないと解らないが、委員長本人も自分でも解らないと言っていたからどうしようもない。

「さっき私は好きか否か解らないと言ったよね。それは本当なんだけど、でも、その人に話しかけられると嬉しくて、触られると恥ずかしくて、一緒にいるとドキドキする。もっと近くで、いっぱい喋って、触りたいって思うの。もっと、色んなこと知りたいって…」
「委員…」
「あと、私を委員長だなんて代名詞で呼んできて、名前で呼んでくれないの。委員長じゃなくて、私自身を見て欲しいって思うの。これって、ただの私のワガママなのかな?浅野くん、どう思う?」

それを俺に言わせるのか。

「それ…もし俺が恋じゃねぇって言ったら、どうすんの?」
「…結局私は恋が何なのか解らなくなるから、浅野くんに教えを乞うよ」
「結局俺かよ」
「そりゃあね。私の考える限り、今の私に恋を教えることができるのは浅野くんだけだから」

そんな遠回しな告白めいたことを言い、委員長は俺の手を握った。

「浅野くん、私は浅野くんのことが好きなのかもしれない。ちなみに言うと、好きではない可能性というのも少なからず存在します」
「…それ、告白ってことでいいの?」
「解らない。私は事実を述べただけ」

好きだと言われたわけではない。
それなのに、こんなに嬉しくてドキドキするのは俺が委員長に期待しているからだ。

「委員長の悩みって、好きかどうか解らなくて考えるってことだったよな?」
「そう」
「じゃあ俺が近いうちに解決させるから、待ってて」
「できるの?」

委員長は不思議そうに俺を見る。

「俺のこと好きにならせれば解決でしょ」
「…もし好きになったら、浅野くんは私をどうしてくれるつもりなの?」
「彼女にするつもり。委員長もいつまでも悩みたくないなら早く俺のこと好きになって?」
「…そう思うなら、さっき私が言ったことよく考えてよ」

委員長は少し不機嫌だ。
さっきってどれのことだ。
触られると嬉しいだっけ?だったら今手握られてるし、それじゃないとしたら…

「優、さん」

名前で呼んでみたら、顔を一気に赤く染めた。
こんな反応どうみても脈ありなのに、なぜ自覚できないんだ。

「顔赤いよ」
「ゆ、夕日のせい…」
「夕日が映るほど空紅くないんだけどなー」

でもきっと、委員長の悩みが解決する日は近そうだ。