最善策

「なー、最近何落ち込んでんだ?落ち込んでるっつーか……イライラしてる?」
「してない」
「女の子の日?」
「軽率にそれ聞かないでくれる?血尿出させるぞボケ」

イライラしているのが目に見えて解る。
今のは俺が悪いかもしれないけど、どう見てもいつもより機嫌が悪い。
さっきからなんとなく唇を尖らせて、うつむき加減で歩いている。
顔がちゃんと見えないと、今の機嫌でどの程度の冗談が通じるのか解らない。

「啓吾が真面目に相談に乗ってくれるなら話すけど」
「俺で役に立つならどうぞ?」

女の子の日ではなく真面目な相談があったらしい。
初めからそっちを聞いていれば怒られずに済んだのに。

「私さぁ……黒崎のこと好きかもしれない」
「……え、恋の相談?」
「そうだけど、啓吾そういうの得意じゃないの?」

俺が恋愛相談なんて得意なわけ無いだろ。
むしろ相談したいのは俺の方だ。
好きな子から恋愛相談受けたんだけどどうするべきですか!?
泣けばいい!?

「で……続きは?」
「そう、でね。黒崎のことを観察することになったんだけど、どうもね、織姫も黒崎のこと好きみたいなの」
「そうなの!?!?」
「あ、しまった、これ他言無用ね?」
「う、うん……」

一護めっちゃ羨ましいんだけど殴っていい?
なんでフラグ立ててんの?
いやまぁ一護かっこいいのは俺でも解るけど、でもっ…

「織姫も大事な友達だから、三角関係とか嫌なんだよ。黒崎は多分誰にも恋愛感情抱いてないだろうから、私でも頑張ればどうにかなるかもしれないけど、でもそしたら、織姫に悪いじゃんね」
「まぁ、たしかにな……」
「いっそのこと黒崎が勝手に私のこと好きになってくれれば織姫もすっぱり諦めるだろうけど、そんなの不可能じゃんね。だから、織姫のこと考えると、私頑張れないなぁって思って……」

俺が暢気に優を眺めている間に、優本人はこんなにも一護のことを考えていたなんて。
悲しすぎる。

「でもさー、優と一護が付き合ったとして、井上さん優しいからグチグチ言わないっしょ。んなことで井上さんと仲悪くなったりするか?」
「織姫だって女の子なんだよ!?恋愛絡んだらどうなるか解んないよ……女子は恐ろしいんだから……」

女子が怖いのは姉のせいで身をもって体験している。
でもやっぱどう考えても井上さんはいい子だと思うけど。

「今ならまだ引き返せそうだし、諦めた方がいいのかな…」
「それで後悔しないならどうぞ」
「…後悔するに決まってんじゃん。どの選択したって、別の選択の方が良い結果になったんじゃないかっていつも後悔して生きてるんだから……」
「めんどくさい人生だな」
「ネガティブなんだよ……」

俺なんか今が楽しければ何でも良いって思ってんのに。
終わった選択肢のことをいつまでも考えてどうするんだ。

「頑張っても報われなかったら辛いし、報われてもそれはそれで織姫に申し訳ないし」
「じゃあどうすんだ」
「だから相談してんの」
「んー……じゃあだらだらと今の友達関係を続けるとか?」
「……そうだね、そしたら、織姫が動き出すかもしれないし。織姫がうまくいかなかったら、私が頑張ってみようかな」

本当にそれで納得したのかは解らない。
たぶん優は現状を変えることが目的だから、待つのは好まないんだろう。

「でも、今ってまだ好きかもしれないとかその程度なんだろ?」
「その程度とか言わないで。……や、まぁ、その通りだけど」
「その程度でさ、恋愛に疎そうな井上さんが行動を起こすまで一護のこと好きでいられるのか?」
「……たぶん」

確信できない程度にしか好きでないなら、本当に今ならまだ諦めることもできるんじゃないか。

「俺の恋愛相談も聞いて欲しいんだけど」
「は?私の相談終わってな……てか、恋愛?」
「俺の好きな子が他の男のこと好きらしいんだけど、これってどうするべき?」

たまには俺も真面目な顔をして優に問いかけてみた。
優は足を止めて一瞬考えて、答えを出した。

「織姫のこと?啓吾も苦労するねぇ」
「ちげぇよ!!今の空気と表情で解んだろ!?優のことだよ!!」
「え、何、は!?あ!?なんで!?つーか好きな子に女の子の日とか軽率に聞くなっての!恥じらってよ!」
「す、すみません……」

優の慌てっぷりは妙に可愛くて、照れた顔だって初めて見た。

「一護に賭けて青春無駄にすんのもったいないし、俺ならそういう三角関係とか何も気にしなくていいと思うんだけど?」
「……まぁそうだね、少なくともクラスの誰も啓吾のこと好きじゃなさそうだし」
「か、悲しいこと言うな……」

優は気を取り治して歩き出す。
その足取りは、気のせいかさっきよりも軽い気がした。

「ごめんね、啓吾の気持ち知らずに恋愛相談なんかしちゃって」
「いや別に、俺が聞き出したことだし」
「でもまぁ悪いことしたから、お詫びにさっきの相談の答え出してあげるよ」
「……へ?」

優は機嫌良さそうに笑いながら、俺の手を握ってきた。

「好きな子が、他の男より啓吾のこと好きになるように頑張ればいいと思うよ?」
「……一番楽な選択肢選んだな?」
「ばれた?でもさ、これで本当に私が啓吾のこと好きになったら、私も啓吾も幸せで、ついでに織姫も幸せでウィンウィンじゃん?例え今の気持ちを無駄にしちゃっても、最終的に皆幸せならそれでいいんだよ」

優が考えるその幸せを実現するためには、まず俺が頑張って優の気をひかなければならない。
それが成功しなければ、まず俺の幸せが消えて、優と井上さんの関係も危うくなる。
それに優がいつまでも黒崎のことを考える悔しい時間が増えていくだけだから、これは短期戦にしないとダメだ。
早めに手を打たないと全てダメになってしまう。

「俺が優のこと幸せにしてやっから、一護に惚れんなよ!」
「じゃあ一護よりかっこいいとこ見せてよ」
「……お、俺が、かっこよさで一護に勝てると思うなよ!?」
「ははっ、そうだね。まぁ一護には負けるけど、啓吾もかっこいいから気にしなくていいと思うよ」
「……まじで?惚れた?」
「そういう無駄なこと言うからかっこよくないんだって」

たしかにな、一護は無駄なこと言わねぇもんな……。
あれ参考にすれば俺もかっこよく……いやいや、それじゃダメだ、一護の真似したって一護に勝てるわけがない。

「もしかしたら何をとっても一護には勝てないかもしれないけど……でも、一護より俺の方が優のこと好きなのは確かだから」

ただ一つ、勝てると確信した事実を口にすれば、優は予想以上に頬を赤らめた。

「啓吾で心が揺らぐなんて悔しいっ……」
「おー、好感触?」

ついでに繋いでいた手を、指を絡ませて恋人繋ぎに移行した。

「き、今日だけだからね!?」
「えー、じゃあ今日はずっと優と一緒にいようかな」
「……そんなに私と手繋いでたいの?」
「そりゃあ、好きな子だからな」
「……啓吾ってそういうこと素直に言っちゃう人なんだね、めっちゃ恥ずかしい」

拒絶されるかとも思ったけど、優はただ顔を赤くするだけで抵抗はしてこなかった。

「そうだよね、いつも思ったことべらべら喋る奴だったもんね……」
「もっと何か言って欲しい?」
「いい!今日はもうこれだけで充分!」
「充分満足してくれたか」
「調子に乗んな!啓吾じゃ満足できないっての!」
「んだよ、やっぱ一護がいいのか!?そのうち俺じゃなきゃイヤだって言わせてやっからな!!」
「そんなこと言わないですよ〜だ!」

憎まれ口を叩き合いながらも、家に着くまで繋いでいた手を離すことは無かった。
優は無意識かもしれないけど、手を離した時の名残惜しそうな表情を、俺は見逃しはしなかった。