夏祭り

せっかく水色と一緒に夏祭りに来たというのに、あいつは抜け駆けして綺麗なお姉さま二人組に連れていかれてしまった。二人組なんだから俺も一緒に連れてってくれればいいのに、美人は俺に冷たかった。
一人で回るのも寂しすぎると思い、とりあえず俺も可愛い子を見つけて夏祭りを楽しもうと思った。花火大会までは時間があるし、せめてそれまでに誰か捕まえないと。

「おっ」

屋台から少し離れた場所で、一人で待ちぼうけしている子を見つけた。浴衣は似合っているし、儚げな横顔が俺好み。腕時計を見てため息をついていたから、こっそりとその子に近寄っていったら、俺に気付いたのか顔をあげた。

「げっ、浅野じゃん」
「は?うわっ、横島だ!」
「何その反応、失礼じゃない?」

可愛い子だと思ったのに、同じクラスの横島だった。俺はこいつのことを可愛いとか好みだとか思ってしまったのか。なんたる不覚。浴衣効果怖い。

「て言うか…浅野一人なの?小島とか黒崎は?」
「水色ならナンパされてついていきやがったし、一護はもともとこういうとこ好かないらしくて来てねぇよ」
「ふーん。かわいそ」
「そう言う横島だって一人なんだろ?」
「さっきまで織姫とかみんなと一緒だったけど……リンゴ飴に釣られてたらはぐれた」
「ガキかよ」

こいつが他人だったら全力でナンパしたのに。残念だ。

「浅野も一人なら、ちょっと付き合ってよ」
「は?」
「一緒にまわろって誘ってるんだけど」

俺も一人だから別にいいけど。なんでそんな強引なんだ。まぁ一応可愛い女子と夏祭りを楽しめることに文句は無いけど。

「どうせ帰るとこだったんでしょ」
「お、おい」

なんて言いながら俺の背中を押して人ごみへと進むことになった。

「私もさ、さっきからあそこで一人で立ってたらアンタみたいな馬鹿が何人も声かけてきて嫌だったから帰ろうかと思ってたの。浅野が来てくれてよかった」

俺もナンパ目的で近付いたんだけど、なんてことは言わないでおこう。

「モテる自慢かよ」
「浅野よりはね」

そりゃそうだろうよ、俺なんかモテねーよちくしょう。何がナンパだ。水色の馬鹿。

「そうだ、射的やってみたい!いい?」
「好きにしろよ」
「やったねー」

射的なら俺も得意だけど、横島がやりたいならやらせておこう。撃ち方の説明を聞いたりどの景品を狙うか迷ってる姿を見守ることにした。
真剣にコルク銃を構える横島の横顔がやっぱり綺麗で、景品に当たるかどうかなんかより、横島に目を奪われた。特別な日の特別な姿というだけで、こんなにも印象が変わるものなのだろうか。

「やった!落ちた!」

横島の喜ぶ声でハッとした。五発あったはずのコルクはもう使いきっていて、その間ずっと横島を見つめていたのだと気付き驚いた。
嬉しそうに景品を受けとり、眩しい笑顔を俺に向けてきた。やめろ、そんな顔すんな。

「ゲームとるとかすごくない!?FPSだよ!対戦もできるって!」
「すげぇけど、もっと可愛らしい物狙うかと思った」
「いや…だって、私がぬいぐるみとか似合わないし」
「んなことねーだろ。とってやるよ」

これで成功したらさっき以上の笑顔とか見れるのかな、と考えながらでかいぬいぐるみを撃ってみる。だが重いせいかびくともしない。
横島から期待の目を向けられている気がするが、その隣の一回り小さいぬいぐるみへと標的を変える。一発当たっただけじゃ傾くだけだったが、二発、三発と当てていたら撃ち落とすことに成功した。

「よっしゃ!」
「浅野意外とやるじゃん!すごいね!」
「意外は余計だっての!」

射的屋のおっちゃんからぬいぐるみを受けとり、横島に押し付けた。

「やるよ」
「…いいの?」
「俺がぬいぐるみなんか持ってても気色悪いだろ」

普段の可愛いげのない横島にはそりゃあぬいぐるみなんか似合わないだろうが、今のやたらと可愛い横島なら、ぬいぐるみくらい持ってても違和感が無い。

「だったら、これあげる」

横島は代わりに俺の手に先ほど横島がとったゲームソフトを持たせてきた。

「せっかくこんな良いもんとったのに、いいのか?」
「いい。うちにゲーム機無いもん」
「は? じゃあなんでとったんだよ」
「…浅野、ゲーム好きでしょ?だから。帰るときにでも、今日のお礼として渡そうかと思って…」

雑音にかき消されそうな声で、確かにそう言った。俺ら二人とも互いのために頑張ったとか、なんだそりゃ。リア充かよ。

「ほら!もう次行こ!お腹空いた!」

柄にもないことを言って恥ずかしかったのか、横島はまたもや俺の背を押して前を歩かせた。どうせなら横でも歩いてくれりゃ浴衣姿も拝めるのに。いっそ手でも繋いでしまえば強制的に横に、でもクラスの女子に見られたら、横島が嫌だろうし。
とりあえず後ろを歩かれちゃ会話もできないし、と思って振り向いてみたのだが、俺の後ろには横島の姿が無かった。
来た道を少し引き返してあたりを見回せば、屋台で唐揚げを買っている横島の姿があった。

「おい、横島!」
「ん?はいこれ、浅野も食べるでしょ」
「食うよ!食うけどそうじゃなくて!無言で離れんなよ!」
「え、唐揚げだー…とは言ってから唐揚げ買ってたんだけど」
「この雑音の中で名前も呼ばれねーで気付けるかっての」

でもはぐれなくてよかった。こいつも何回も連れとはぐれるのは可哀想だし。俺はただこいつの浴衣姿をもうちょっとだけ眺めたいし。

「はぐれたなら帰っても構わないのに…わざわざ探してくれたんだ?」
「そうだよ!俺の優しさに感謝しろ!」
「はーい、ありがとー」

俺の話を軽く聞き流しながら唐揚げを食いやがるから、俺も唐揚げを頬張った。美味い。
それから二人で食べ歩きまくったり金魚すくいやら何やらで遊んだりして、めちゃくちゃ楽しんだ。偶然出会っただけでこんなにもデートらしいことできるなんて思ってもみなかった。今日はついてる。

「あ、そろそろ花火やるんじゃない?どうする?」
「せっかくここまで来たんだから行くしかねーだろ」

浴衣女子と花火を見る。高校生らしくて健全だ。今度不健全な水色に自慢してやる。羨ましがってくれないかもだけど。まぁのろけたいだけだ。

「なんかこうしてるとさー、デートみたいだよね」
「ぶっ」
「え?あ、ごめん」

言ってから後悔したのか、横島は頬を染めた。いや、俺もデートみたいだとか思ってたけど。まさか横島から言い出すとは。

「そんなことよりだよ、今日付き合ってくれてありがとね」
「礼言われるようなことしてねぇよ。俺も楽しかったしな、デートみたいで」
「う、うるさいな」

有沢ほどじゃないけど、女らしさなんて道端に捨ててきたような女子だと思ってたのに、今日のおかげで完全なる女子だと認識させられてしまった。

「言ってなかったけど…浴衣、似合ってるぞ。意外と」
「…意外は余計でしょ」
「でも今喜んだろ?」
「喜んでない!こっち見てないで花火見なよ!」
「いや、だって手の届かない花火より目の前の可愛い浴衣女子見た方がお得だろ!」
「はぁ!?」

可愛いとまでは言うつもりなかったが、ぽろっといってしまった。おかげで横島の顔は耳まで真っ赤だ。こいつでもこんな顔するのか。

「恥ずかしいこと言ってないで花火見なさい!終わっちゃうでしょ!」
「でも浴衣……」

頬を押されて無理矢理花火に顔を向けられた。花火が終わったら穴が開くほど眺めてやる。

「そんなに見たいなら、また今度でも来年でもいくらでも見せてやるっての……」
「え?は?」
「だーかーらー!」

花火の音がうるさかったから聞き返して、横島の方に顔を向けた。そしたらちょうど、横島も声が聞こえやすいようにか背伸びをして顔を近付けてきていて、だいぶ近いところで目が合った。
近くで見ても可愛いなんて思っていたら、おさまってきていたはずの顔色がまた赤く変わってきた。横島は背伸びをやめて下を向いてしまった。

「横島?」

調子にのって顔を覗きこめば、きつく睨まれた。

「だから……またデートしてあげるから、誘ってこいって言ってんの」
「…要するに、また俺とデートしたいと?」
「そんなこと言ってないでしょ!別に誘ってこないなら行かないだけだから何も問題無いし!」

まぁでも、デートしてくれるならしてほしいし、喜んで誘ってやるよ。

「じゃあ今度、さっきのゲームやりに家来るか?」
「行く」
「まじで?」
「は?誘ってきたくせに何それ」

いきなりお家デートって許されるもんなの?女子高生がそんな貞操観念薄くていいの?大丈夫?

「じゃあ約束な」

口約束だけじゃ物足りなく思い、横島の左手の小指に俺の右手の小指を絡め、また花火に視線を戻した。

「は、離してくれないわけ?」
「離したいなら離せばいいだろ」
「…別に。いいよ、今日くらい。デートなんだし…」

何やらぶつぶつ言いながら小指以外の全て指を俺の指に絡めてきた。自分から仕掛けたこととはいえ、さすがにドキドキして顔が熱くなった。

「いっ、井上さんたちも居るはずなんだろ!?見られても知らねーからな!」
「見られたくないならそっちが離せば!」
「誤解されても知らねーぞ!?」
「いいよ別に!これからだってデートするんだからいつか誰かに見られるんだから、いつ見られたって一緒でしょ!」

これからって何だ!?そんなに何回もデートするようになるのか俺たち!?付き合うのか!?や、悪くねーけど…

「そこまで言うなら、俺がデート誘ったら断るなよ?」
「は?そんなの言われなくても、……」

言われなくても元々断る気なんか無いってか?だったらもう誘いまくるしかなくね?

「連絡先、教えてよ。後でいいから」
「今すぐじゃダメなのかよ」
「今両手塞がってるから」

片手は俺と繋がっていて、もう片手は俺がとったぬいぐるみを抱いていた。両手共に俺が支配しているみたいで、独占欲みたいなものが満たされる。

「それもそうだな」

わざわざ繋いでる手を離すのももったいない。今は小さくて柔らかい手の感触を楽しみながら、花火でも見ておこう。