変わらないもの

高校生の間は、友達と毎日会って、挨拶して、馬鹿みたいにはしゃいで、笑いあって、俺らはずっとそんな感じで仲良く友達やってられるんだろうなぁって、漠然と思っていた。

「卒業してもまた集まろうな!?」
「はいはい」
「一護〜!!」

俺らはみんな違う進路で、馬鹿な俺と同じ大学に行く奴が俺らの中にはいなかった。悔しかったけど、大学に入ってからたくさん友達もできたし、可愛い子だっていっぱいいた。楽しかった。それでもやっぱり、あの空座高校でできた友達が、恋しかった。
あいつらとは数ヶ月誰とも会ってなくて、寂しくてしょうがなくて、土曜日にやっとみんなに連絡した。けど水色は相変わらずデートだし、一護も勉強で忙しくて遊べないと断られた。石田はまぁ一護が居ないなら会っても話に困るし、チャドも遊んでる余裕が無さそうだった。

「…もしもし」
『はぁ?久々に連絡してきて暗い声聞かせないでくれる?』

電話してみれば横島は相変わらず元気そうで、ただそれだけで嬉しくなった。

『何かあったの?』
「寂しくて」
『友達と遊べばいいでしょ』
「横島は?今暇か?」
『外出中です。ほんとに寂しいからって理由で連絡してきただけなの?』
「…そうです。外出中ならもういいよ、また今度遊んでくれ…」

ああもう、みんな自分達の道で、それぞれの人生を歩んでいるんだと思って泣きそうになった。俺は特にやりたいこともなく休日にごろごろ過ごしているだけだというのに。

『今から遊んであげようか』
「はっ?外出中なんだろ?」
『暇してたから一人で映画でも観ようとしてただけなの。で、鳴木市駅前にいるんだけど、どうする?浅野が来るなら、待っててあげるけど』
「すぐ行く!!」

ぶちっと電話を切って、急いで着替えて家を飛び出した。
俺は最初からこういう展開を待ってたんだよ。小学生みたいに、遊ぼうぜ!おっけー!公園集合な!みたいな勢いを!
久々に全速力で駅まで走ったのだが、自分の体力の衰えを感じた。それに見回しても肝心の横島が見つからない。電話して聞こうかとスマホを取り出せば、背後から突然腕を掴まれた。

「なっ…」
「驚いた??近くに居たんだから見付けてよね。ていうか、さっき電話突然切るからびっくりしたんだけど!そんなに私に会いたかったわけ?」
「…うん」

久々に見る横島はいかにも女子大生って感じの大人びた服を着て、ちゃっかり化粧までして、驚くくらい綺麗になっていた。高校卒業してからまだ五ヶ月くらいだってのに、その間にも俺の知らないところで皆が変わっていってるんだと思うと、怖くもあった。

「…どしたの?」
「…横島ってこんなに可愛かったっけ」
「怯えて言わないでくれるかな?化粧でそんなに化けちゃった?元の顔がそんなぶすだったかな?えぇ?」
「や、そういうことじゃなくて!元々可愛いです!一段と綺麗になりました!」
「…そう?」

怒られるかと思って褒めちぎったら、意外にも照れくさそうな反応を見せられこっちまで照れそうになった。

「浅野は相変わらず、馬鹿っぽいね」
「そういうこと言われると傷付くんすけど」
「馬鹿は馬鹿らしく元気だして。私が遊んであげるからさ」

ばしばしと背中を叩かれる。そんなに元気無いように見えただろうか。

「でもこうして久しぶりに会えるの嬉しいね。最近織姫たちとも会ってなかったし、なんか懐かしい感じしちゃう」
「懐かしいとか言われるのやだなー。もっと遊ぼうぜ。どうせ暇だろ?もう毎日でも一緒にゲームしたい」
「ははは。さすがに毎日浅野の相手できるほど暇ではないや」
「ちぇ」

また明日から、俺だけ取り残されたような世界でやりたいこともなく生きていかなきゃいけないのか。なんとなく学校に行って、なんとなく勉強して、なんとなく遊んで、きっと普通に卒業して普通に就職する人生なんだろう。一護たちみたいに、医者になりたいとか、明確な生きる目的が欲しかった。

「…ねぇほんとに何かあったの?元気無い浅野とか普通に怖いんだけど…何?」
「…そんな顔に出てる?」
「出てる」

せっかく会えたんだからぱーっと遊ぼうと思ってたのに失敗した。心配させるつもりなんかなかったのに。

「なんか、最近楽しいことなくてさ」
「…」

素直に話したら、横っ腹を殴られた。痛い。

「私と久々に会えた今日この瞬間は楽しいことに含まれないわけ?私はめちゃくちゃ楽しくて電話がまず嬉しかったし浅野のこと待ってる間だって何話そうとかどこ行こうとか何食べようとか考えて超ハッピーだったんだけど、浅野はそうじゃなかったか!電話のすぐ行く!って声めちゃくちゃ楽しそうで私めちゃくちゃはしゃいでたんだけど!」

一気に喋られてびびった。そうか、横島はそんなに楽しんでくれてたのか。

「何か言ってよ殺すぞ!」
「え、あ、ごめん、ありがとう。や、俺もめちゃくちゃはしゃいでたんだけど…明日からまた会えないなと思ったらその瞬間に寂しさしか沸いてこなくて…」
「…寂しがり屋かよ」
「そうだよ、そのくらい知ってるだろ」
「うん、知ってた。忘れてた。ていうか電話でも寂しいって言ってたね」

高校では毎日友達に会える当たり前の時間が三年もあったんだ。それが無い今の生活は、寂しいに決まってる。

「その寂しいの、私が会うことで解消することできる?」
「…そうだな。こうして楽しくて一瞬で家から飛んできたわけだし」
「…じゃあ、浅野が寂しくなったらいつでも時間作って遊んであげるし、ゲームも私下手だけど付き合ってあげるし、えーっと、何だろう…。浅野に寂しい思いさせないから、元気出して!」
「…お前は俺の彼氏かよ」
「浅野が女々しく寂しがるからこんな励ましかたしかできないんでしょーが!」

きっといつでも遊んでくれるってのも、冗談でも慰めでもなく、本音なんだろう。高校の時から横島は、俺がどんなにダメな時でも、面倒を見てくれた。赤点ばっかで留年しそうなときも、井上さんが一護にとられてへこんだときも。

「俺の世話できるの横島しか居ない気がする」
「私はあんたの母ちゃんか」
「母さんじゃ寂しさは埋まらねーよ」
「じゃあ浅野の言う通り彼氏なんじゃない」
「…そういうことにしとくか。そしたら寂しい〜って夜中に電話したって今何してる〜ってラインしたって許されるよな」
「そうだね、しょうがないから許してあげるよ」

ほらそうやって俺を甘やかす。横島がもうちょっと俺を厳しく一人で何でもできるように言い付けてくれれば、俺だってもうちょっと頑張るのに。

「その代わり、今日のデートは私が行きたいとこ行くから、許してね」
「デッッ…」
「だって私浅野の彼氏なんでしょ?デートで彼女のことリードしてあげないとまた元気無くしちゃうでしょ」

そう言って横島は俺の手を握って引っ張った。彼氏と呼ぶにはその手は小さくて柔らかかった。

「浅野お昼食べた?」
「まだだけど…」
「よし、じゃあラーメン食べよう」
「初デートで彼女のことラーメン屋に連れてったら機嫌悪くすんじゃねぇの」
「じゃあ浅野は何食べたいの」
「…ラーメン」
「ほらね。浅野のことなら何でも解るんだよ。私の彼氏力高いでしょ」

男の手を引いてラーメン屋行くって、それが女子大生のやることかよ。

「なぁ、何でも解るなら今俺が考えてること当ててみて」
「…とんこつラーメンが食べたい、かな」
「ばーか」
「馬鹿に馬鹿って言われたくないですー」
「横島と居ると楽しいなって、真面目に考えてたんだよ」
「…彼氏だから、彼女のこと楽しませるの当たり前じゃん」
「じゃあ今度お礼に横島のこと楽しませるから、次会うときは俺が彼氏やるわ」
「…次に会うとき、だけ?」

馬鹿言うな。そんな顔真っ赤にして言われて、そうだよとか言えるかよ。

「次に会うときから、ずっとかな」
「じゃあそこからは、私が浅野に、寂しいって電話も、今何してる?ってラインも、いっぱいするから覚悟しててよ」
「あぁ、楽しみにしてる。次いつ会える?」
「…明日」
「横島も寂しがり屋かよ」
「そうだよ、そのくらい知っててよ」
「…ごめんな、今まで連絡しなくて」
「…私もごめん。ほんとはずっと会いたかった。連絡すればよかった」

俺だってずっと会いたかった。でもずっと強がって、俺は俺の新しい道を歩むからいいんだって思ってた。

「だから、今まで会ってなかった分、これからいっぱい遊ぼ!約束ね!」
「おう、約束な」

離れられないなら、離れなくていいんだ。強がらずに最初から、寂しいと言って泣き付けばよかった。そしたらきっと、横島が真っ先に世話を焼いてくれただろうに。

「なんか、ありがとな。めっちゃ元気でた」
「ううん。浅野が元気なら私も嬉しいよ」
「横島がいてくれるだけで元気でるからこれからよろしくな」
「…しょうがないなぁ」

いつもそうだ。しょうがないなぁとか言いながら、きっちり面倒を見てくれる。この様子じゃきっと、高校の頃から満更でもなかったんだろう。

「あー…愛されてるなぁ」
「気付くの遅いよ」
「遅れてごめんな」
「馬鹿だからしょうがないね」
「ほんと俺に甘いな」
「…明日からは私が甘えるから、浅野が甘やかす番ね」
「…しゃーないな」

今まで散々甘やかされて愛されてきたんだから、今度は俺が愛してやらないとな。