甘え上手


「こんな問題も解んないの?よく雄英入れたね」
「そんな言い方すんなって」
「嫌なら授業ちゃんと聞いててよ」

試験前に幼馴染の電気に泣き付かれ、寮の部屋に呼んで勉強を教えていた。幼馴染といっても、めちゃくちゃ仲良くしていたのは小学生までで、中学に入ってからはクラスは離れるし仲良しグループは変わるしであんまり喋っていなかったくらいな仲だけど。高校入学して久々に同じクラスになって、昔みたいに犬みたいに寄ってきてまた仲良くするようになった。

「優昔はもっと優しくて可愛かったのに」
「劣化してすみませんでした。帰って」
「ごめんて!そういう意味じゃない!今も可愛い!ていうか今のが可愛い!」
「喋ってないで次の問題やって。私ほんとは人に教えるほど余裕無いんだから」
「そういうとこだよ!」

知らないよ。私別に、電気に可愛いと思われたいなんて思ってない。ていうか、それよりほんとに勉強しないと試験がやばい。

「電気は昔と変わらず、可愛いよね。頭の中まで」
「雄英受かるくらいには勉強したから可愛いままじゃねーぞ!?」
「受かるだけじゃダメなんだけど」
「だから今勉強してんじゃん」
「喋ってばっかじゃん」
「しゃーないだろ、優と二人で喋るの久々なんだし。喋りてぇ」

だったら試験期間入る前にご飯でも誘ってこいっての。なんで今なの。やっぱ馬鹿だからか。

「じゃあ10分休憩ね」
「やった!優天使!」

優は天使みたいに可愛いな、なんて昔電気に言われたことを思い出した。どうせこいつは覚えてないだろうけど。

「10分と言わず一時間くらい休憩どう?」
「帰って」
「嘘だって!10分でいいから!怒るなって!」
「はいはい。怒ってないからちゃんと休憩して」
「膝枕借りてもいい?」
「いいわけないでしょ」
「えー」

膝枕を許していないのに電気は寝転がって私の足に頭を乗せようとしてきた。ひょいと足をどかせば電気は床に頭をぶつけた。

「え、ひどくない?」
「頭ぶつけたら更に頭悪くなるよ」
「優が逃げるからだろ」
「そりゃ逃げるでしょ」
「なんでだよ、いいじゃん膝くらい」

電気は起き上がって不満げな顔を見せつけてくる。

「俺と優の仲じゃん」
「数年ぶりの仲良し面されても」
「ファーストキスした仲じゃん」
「誰かさんに騙されたせいでね」
「だって目瞑ってくれたから」

電気とそんなことをしたのはたしか小学5年生のとき。良いものあげるから目瞑ってと言われて瞑ったらされた。電気はめちゃくちゃハイテンションで帰っていったのを覚えているけど、私はそのあと普段通りの関係を続けられ、好きだと言われることもなく小学校を卒業していったことで電気のことは少しだけ恨んでいた。私の純情はそんなところで消費される予定では無かった。

「あのときなんでキスしたの」
「たしかテレビで見たから、試したかった」
「私あのあと傷付いてたんだけど知ってた?」
「えっ、なんで?」

なんでじゃねーよ当たり前だろ。キスされるだけされて放置される女子の気持ちを考えたこと無いのかこいつは。

「お、俺のことほんとは嫌いだった?」
「何それ」
「えっ、違うん?じゃあなんで」
「ばーか、そういうとこだよ」

嫌いだったら泣いてたし、今だって絶対無視してた。それをしないのは、

「電気のことずっと好きだった」
「へっ!?」
「だから、何も言われなくて、傷付いた。それだけ」
「待て待て待て、だから最近冷たいの!?えっ、俺のせいだったん!?」
「そりゃ冷たくもなるよね」

何も解ってなかったみたいだし、更に冷たくしてしまいそう。私ってば意地悪だ。

「俺の言い分も聞いて!」
「聞くだけだよ」
「いいから!俺まじずっと優のことめっちゃ好きで、可愛すぎて好きすぎて天使だと思ってて!だから女子とかそういうあれじゃなくて、付き合おうという考えがまずなくて、天使とキスできたし一生頑張れるみたいな気分で、なんか、一人で勝手に浮かれて幸せ感じてたら卒業していつの間にか優が隣に居なくてめっちゃ後悔して、中学の途中でやっと優が人間で女子だってことを把握して、」
「馬鹿すぎでしょ」
「現実解んないくらい好きだったんだって!」
「じゃあ今は?」

電気が私の想像以上に馬鹿だということは理解した。だから過去の過ちは、天使のように優しい私が水に流してあげよう。

「今は、」

電気は私を見つめたままぼーっとして、次第に赤面していった。

「やべ、めっちゃ好きだ」
「今気付いたの?」
「うん、ごめん、また同じクラスで嬉しいってことしか考えたことなかった。けど、好き、確実に好き、めっちゃ好き」

あ、やばい。ずっと言われたかった言葉を浴びせられたせいで、抑え込んでいた感情が復活してきた。

「彼女になって」

そうだよ、私はずっと、電気にそうやって言って欲しかった。

「…良いものあげるから、目瞑って」
「はっ、はい!」

昔電気に言われたように言ってみれば、電気は頬を赤らめたまま目を瞑る。久しぶりに、まじまじと見る電気の顔は綺麗で、吸い寄せられるように唇を合わせた。幸せを感じながらも唇を離せば電気と間近で目があってドキリとする。

「良いものって、キスのことじゃなくて優のことだよな?貰ってもいいんだよな?」
「…あげるよ、全部」
「全部っ…」

だめだ、言い過ぎた。電気は嬉しそうに私に抱きついてきた。

「まじで嬉しい。めっちゃ好き。今日このまま泊まっていい?」
「明日も授業じゃん、帰って」
「次の日休みだったらいいの!?」

そういう意味で言ってない。けど、電気のそういう単純で馬鹿なとこは、昔から好きだった。

「試験、赤点無かったらね」
「まじで!?」

だから電気が私を好きだと言ってくれるなら、私はたぶん、電気に何をされても許してしまうし、人が見たら呆れるくらい甘やかしてしまうだろう。

「ほんとだよ。だから、試験が赤点無く終わったら、私のこと電気の彼女にしてほしい。私も、電気のこと、今も好き」
「試験とか関係無く今すぐ彼女になってほしいんですけど…?」
「そんなことしたら電気調子に乗るじゃん。勉強も手につかなくなるんじゃないの」
「…それは、優も一緒じゃなくて?」

電気は熱っぽい視線を私に向けてくる。そんな目で見られたら、もう少しだけ、勉強時間を削ってしまいたくなる。

「だから試験終わるまで待ってって言ってるのに」
「いいじゃん、せっかく両想いなのにおあずけとかもったいなくね?」
「こんなことで赤点とったらそっちのがもったいない」
「優が甘えてくれたら俺もっと頑張れるかも」
「…わかった。じゃあ、赤点とったら別れる」

ほんとは、赤点とったところで電気と別れるなんて嫌だけど。でもこんなに見つめてくる電気を拒否するなんてこともったいなくて、もう一度キスをした。そしたら電気は私を離さないように後頭部を抑えてきて、ぬるっと唇を舐められた。あ、これやばいやつだ、と気付いた時には電気の舌が私の唇を割って入ってきた。ドラマとかで大人がするようなやつなのに、好きだと言い合ったばかりの電気とこんなことするなんて。

「優可愛い…唇めっちゃやわらかい…」
「…もっとしよ」
「えっ、…いいの?これ以上したら俺止まんなくなるけど」
「それは…よくないけど、でも、もっとしたい」
「…ごめん、ムラっときた。押し倒していい?」
「それはだめ」
「ん、そっか、ごめん」

ごめんとか言いながら、電気は私の唇を塞いで体重をかけてきて、いとも簡単に押し倒してきた。私には自分の感情を抑えてまで電気を拒否する力は無い。電気の好きなようにさせようと、私は電気に身を任せた。