吊り橋効果

休日、クラスメイト数名で遊園地に遊びに来ていた。めちゃくちゃ楽しかったのに、私のテンションは急激に奈落の底に落とされていた。

「酔った…」
「コーヒーカップ散々回されてたもんね」

絶叫マシンに乗ってハイテンションになっていたのに、上鳴と峰田にアホほどコーヒーカップを回されたせいで三半規管がやられてしまった。降りたら頭がくらくらするし、動きたくない。響香ちゃんがベンチで私の隣に座って背中をさすってくれる。元気になったらとりあえず上鳴と峰田は殴っておこう。

「横島元気出せって、今日はまだまだ長いぞ」
「誰のせいだと…」

顔をあげれば目の前に水のペットボトルが突き出されていた。飲めと言うことなのだと思って受けとれば、上鳴はちょっとだけ反省したような顔で私を見つめていた。

「…ありがと」
「ごめんけど、俺らちょっともう一回回ってくるわ」
「アンタねぇ」

上鳴はそれだけ言ってまた峰田とコーヒーカップに向かった。アホみたいに回すのにはまったのだろうか。ぼーっと眺めながら、貰った水を口にした。

「優も、あんなののどこがいいの」
「…今それ聞く?」
「教室じゃ聞けないしね」

どこがいいって、そんなのよくわからない。気が付いたら好きになっていたし、好きだから、酔わされても心の底から怒ることができない。強いて言うなら、知らない間に水を買ってきてくれる優しいところが好きだ。ヒーロー科の人なら、他の皆も同じような優しさくらいもっているけど、それでも、優しくされてドキッとしてしまうのは、上鳴に対してだけだった。

「あとお化け屋敷も残ってるけど、行けるよね?」
「行くよ、ここまで来たら全部楽しみたいし」
「怖いの得意だっけ?」
「さぁ?ホラー映画平気だし、大丈夫でしょ」
「ふーん。ま、このあと上鳴に優押し付けてあげるから怖がる演技でもして抱き付きなよ」
「そ、んなこと、できるわけが、」

響香ちゃんは私の返事も待たずに、談笑している他の皆のところへ向かった。仕方なく私も向かえば、もう歩いてもふらふらしなくて、気持ち悪さも減少していた。

「優の調子万全じゃないから乗り物やめてお化け屋敷行こうと思うんだけどいいよね?」
「いいよー!歩くぶんにはもう大丈夫みたいやね!」
「うん」


わいわいしながらお化け屋敷の方へと歩きだしたのだが、響香ちゃんがとんでもないことを言い出した。

「そーだ上鳴、優をこうした責任とって二人で先入りなよ」
「は?なんで二人でなんだよ」
「だってどうせ大勢で入っても怖くないしバラバラで入るでしょ?誰か優の面倒見ないと」
「…ま、いいけど。さすがに隣で吐かれたら面倒見切れねーけどな?」
「もうそこまで気持ち悪くはないですー」

響香ちゃん少し強引だったのに、上鳴は承諾してくれた。

「横島お化け屋敷得意?」
「え、普通」
「んだよつまんねーの、たまにはびびって泣くとこでも見せてくれるのかと思ったのに」
「そういうこと言うやつの前では泣きたくないね」

強がってしまったせいか、背後で響香ちゃんのため息が聞こえた。せめてこういうときに怖いと言える可愛いげがほしかったな。


「よし、じゃあ入ろうぜ」

私たちの番が回ってきて、少しドキドキしながら真っ暗なお化け屋敷へと足を踏み入れた。外が明るかったせいで足元も見辛いし、少し怖い。

「あれ」
「ん?どした?」

大丈夫だと思っていたのだが、暗闇が予想外に怖いことに気が付いてしまった。明るい部屋で見るホラー映画とは訳が違った。

「うわっ!」

怖いと弱音を吐いてみようと思ったら、上鳴が何かに驚いて声をあげた。おかげで弱音を吐くタイミングを失ったし、私までびびってしまった。

「何上鳴、怖かった?」
「びびっただけだって、横島だって強がるなよ」
「強がってなんか、」

ふと見ると、リアルな血まみれの生首が並んでいて足が止まる。ハッとして上鳴を見れば振り向いてこちらを見ていたから、なんだか恥ずかしくて、うつむいて上鳴に歩み寄った。

「怖いんじゃん」
「怖くない」

そう言いながらもやっぱり怖くて、上鳴の服の裾を掴んでしまう。怖がられているとばれているのだからもう知らない。せめて口だけは強がっておこう。

「横島の珍しい姿見れたわ」
「…アホ」
「アホって言うな、ってうわっ!びっくりした!」
「ひっ…大声出さないでよ!」

ただでさえ装飾が不気味なのに、物音でいちいちびびる。私はどうやら、お化け屋敷が苦手らしい。

「まじびびるわ、走り出しそう」
「は?置いてったら泣くよ」
「まじで?じゃあ置いてきぼりにしてちょっと先で待ってていい?」
「サイテー…」
「嘘だってそんな顔すんなよ、ほら手貸してやるから、な?」

上鳴は私が服を掴んでいた手を離させて、その手を握ってきた。ついでに逆の手で頭まで撫でてくるし、そんなに一気に優しく触られると、勘違いしそうになる。

「やっべ、手柔らかっ」
「お化け屋敷でなにテンション上げてんの…」
「いやいや、上がるだろ。耳郎の奴いい仕事したな」

怖いドキドキと上鳴のせいとで合わさって、心臓が落ち着かない。ここがお化け屋敷でよかった。顔色まで見えてたら絶対ばれてた。

「なぁ横島、今度二人で遊ばねぇ?」
「えっ」
「や、もちろん皆ではしゃぐのも楽しいけどさ、こうして二人で手繋いで、うわっ!!こわっ!!」
「ひぃっ」

せっかく、せっかく上鳴が何かドキドキすること言ってきてたのに掻き消された。お化け屋敷のバカ。残念だし怖いし泣きそう。

「やっぱここダメだわ…。今度普通んとこでデートしようぜ」
「うん…」
「…えっ、いいの!?」
「え?あっ、や、えっと…」

上鳴が驚いた顔で私を見ている。それ以上喋らないし、私の返事の真偽を確かめたいのだろう。私だって、上鳴と普通にデートしたい。

「…いいよ」
「まじか!…それ、期待していいんだよな?」

心なしか、上鳴が嬉しそうに見える。でも、うんと答えることもうなづくことも恥ずかしくてできなくて、目をそらして、繋いでいた手をもぞもぞ動かして、恋人繋ぎにしてやった。

「…横島素直じゃないけど、そういうとこまじで可愛い」

繋いでいる手を指ですりすりと撫でてきて、更に恥ずかしさが込み上げる。

「さっきコーヒーカップ回しすぎてごめんな?」
「…いいよ、おかげで二人でここ入れたし」
「やべ、素直でも可愛い。まじやばいな、横島可愛い」
「…良かったね」
「まじ良かった。次のデートも絶対手繋ぐからな」
「うん」
「いいの!?やった!」

上鳴が喜んでくれるならなんでもいい。そのまま、可愛いとかそれだけじゃなくて、好きだって、思われたい。

「…来週の日曜日」
「空いてる空いてる!超暇!」
「…水族館行きたい」
「おっけー!」

お化け屋敷の中とは思えないテンションで喜んでくれるし、期待してしまう。

「楽しみにしてる」

上鳴を見ればやっぱり私の方を見ていて、目が合えばにっこりと笑ってくれた。それだけで胸が幸せでいっぱいになって、つい握っている手に力をこめた。