私専用機

神様なんているわけがない。だから私はアンジーさんの言うことに聞く耳なんて持たなかったんだけど、アンジーさんの言葉を信じてしまう人たちがいた。私は信じていなかったから、本当に驚いた。

「馬鹿馬鹿しい…神様だとか、王馬くんの嘘と大差無いじゃん」
「あれれー?優は神様信じないのかー?」

アンジーさんには悪かったけど、気分も悪かったから無視して食堂を出た。何が神様だ。転子ちゃんやキーボまであんな言葉を信じるなんて。君らにそっちに付かれたら、寂しいじゃん。

「横島さん!」

個室に入ろうと鍵を開けていたら、私を追ってきていたらしいキーボに声をかけられた。

「…何?」
「横島さんも生徒会に入りませんか?」
「は?」
「そしたら、殺し合いなんて誰もしなくなりますよ。僕は横島さんにはいなくなってほしくないですし…このままずっと、平和に暮らしていきましょうよ」

キーボはなんで神様なんて信じちゃったのかな。そんな偶像にすがらないとつらいことでもあったの?私みたいに会ったばかりの人間のことを支えにすることはできなかったの?神様なんかの方が、後から出てきたってのに。
むしゃくしゃして、キーボの腹を思い切り蹴った。普通に蹴ったら私の脚が痛くなりそうだったから、きちんと靴の裏を使った。キーボは驚いた顔で、装甲をうるさく鳴らしながら床に倒れた。

「ちゃんとそのロボットの頭脳で計算して私の気持ち考えた上でそんなこと言ってんの?」

起き上がりそうなキーボの体に跨がって、キーボのことを見下ろした。レンズ越しの青い瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。

「僕は、横島さんのためを思って…」
「ばっかじゃないの?そんなだからロボット差別されるんだよ」
「…横島さんも、ロボット差別ですか?人間相手なら、こんなことしませんよね…。ロボットでも痛みはあるんですよ」

悲しげな顔をしてそんなことを言ってきた。本当にうるさい。先にひどいことをしたのはキーボのくせに。

「ねぇキーボ、見えない神様と、目の前の私、どっちが大事?神様なんてどこにいるかも解らないしキーボに直接何かしてくれるわけじゃないよね?」
「神様は僕にひどいことをしませんし、僕の全てを受け入れてくれます」

私は今日までキーボにひどいことをしたことは無いし、キーボの全てを受け入れていたつもりだった。なのにそれはキーボに届いていなかったようだ。私よりアンジーさんの妄言がキーボに響いたということがどうしようもなく悔しくて、涙が出た。

「ど…どうして泣くんですか?」
「ロボットには私の気持ちなんか解んないよ」
「ロボット差別です!…けど、解らないから、解りたくて聞いてるんです」

キーボは私に手を伸ばし、金属製の硬い指で私の頬を伝う涙を拭った。ロボットのくせに人間みたいなことしないでよ。

「…ねぇキーボ、アンジーさんじゃなくて私と一緒に居てよ。私、キーボが他の人とばっかり仲良くするの寂しい。私が、キーボのこと全部受け入れるから、生徒会なんてやめてよ。蹴ったこと、謝るから…ほんとにごめん…」

ロボットだからって蹴ったのはどう考えても私が悪い。どんなに怒ったって、キーボの言う通り、人間相手なら蹴るわけもなかったし。

「どうしてそんなに、生徒会が嫌なんです?誰も殺さないと決めてみんなで仲良くしようとしているのに」
「…キーボをアンジーさんにとられるのが嫌なの」
「僕は物ではないので横島さんのものでも夜長さんのものでもありませんよ」
「これだから、ロボットは…」
「またロボット差別ですか?」

もしかしてキーボは、神様はロボット差別なんかせず一人の高校生として受け入れてくれるから、神様の方がいいとか思ってるの?

「超高校級のロボットなんだから、ロボット扱いするのは当たり前のことなんだよ?その才能を持っているのに、ただの人間と同等の扱いされたら嫌じゃないの?私は、ロボットであるキーボのそのままの姿が好きだよ」
「横島さん…」
「ロボットだけど解るよね?私キーボのこと、ロボットてしても、男子としても、好きだよ。だから…アンジーさんや神様なんかに気をとられてないで、私と居て欲しいって言ってるの」

私は身をかがめて、キーボの無機質な唇に唇を寄せた。キーボのそれは、冷たくて、硬かった。
ロボットでもきちんと理解してもらえたらしく、キーボの顔色は赤くなり、その頬に触れれば熱を持っているように感じた。

「ロボットなのに…こんなことして、いいんですか?」
「嫌だった?」
「ぼ、僕は嫌では…ないですけど…」
「これでもまだ、アンジーさんたちと一緒にいたい?それより、私と二人きりで遊んだ方が楽しくない?生徒会なんか入らなくても、私は誰も殺さないし、キーボも誰も殺さないでしょ?」
「…そう、ですね」

ああよかった。キーボを賢く作ってくれてありがとう。きっと私もキーボもここから出られないけど、飯田橋博士に一言お礼くらい言いたかったな。

「…ねぇキーボ、もう一回キスしてもいい?」
「ええっ!?で、でも、僕の…人と違って硬いので…その…」
「…向いてないって?だったら、入間さんに言って改造してもらおうよ。唇柔らかくしてって」
「…そしたら、これからも、してくれますか?」
「うん、いっぱいしようね」

キーボは物ではないけれど、私のものになったような気がしてしまった。嬉しそうに笑うキーボが可愛くて、もう一度唇を重ねた。せっかくだから、唇を性感体にしてもらおうかな。きっと入間さんならそういうお願い聞いてくれるよね。ゆくゆくは入間さん特製の大人のオモチャでも内蔵してもらおうかな。あぁキーボ、これからの生活楽しみだね。