連敗記録

「あーくそ、頭いたい…」

なぜこんな学園に閉じ込められ私たちは謎のクマ型ロボットを造らされているのだろうか。
毎日繰り返される材料集めも、めんどくさくてしかたがない。
体力には自信が無い方だから、無理やり動くことを強いられて毎日毎日イライラする。
自棄になって自室でコンタクトを外しゴミ箱に捨てる。
だがしかし私の使っているコンタクトはワンデーでは無いことに気がついたが、時既に遅し。
この生活が始まってから7日目だから、2ウィークのコンタクトを捨てるにはまだ1週間も早かった。

「だー!!もう!!!」

完全なる自業自得ではあるがイラつく。
このまま寝てやろうかとも思ったが、慣れない作業をさせられて汗をかいていたので、気分転換をするためにも大浴場へ行くことにした。
低い視力しか持ち合わせていない目を凝らして着替えを持ち、ロクに足元も見えない状態で部屋を出た。

「横島さん横島さん、どこ行くの〜??」

どこからか憎たらしいクマの声が聞こえたが、無視して歩いていたら足に何かがぶつかり蹴り飛ばす形となってしまった。

「コラー!学園長に暴力を」
「暴力じゃない、偶然。見えなかった。事故だ。部屋に監視カメラついてんだから私がコンタクト外したことくらい解るだろ、それなのに私の前に現れる方が悪い」
「ぐぎぎぎ…まぁいいよ、ボクの不注意ってことで許してあげるよ…」
「そうか、私はお前を許さないけどな。お前のせいで足が痛いし胸糞悪い」

なんとなく白黒の物体があるところを避けて大浴場に向かうが、モノクマがついてくる足音がした。

「ついてくんな!」
「ねぇねぇ、お風呂?」
「うるさいほっとけ!」
「でも」
「黙れ!」

モノクマが何か言おうとしてるのも聞かずに脱衣所に逃げ込んだ。
ここならアイツは入ってこれないから安心だ。
適当にロッカーを開けて服を脱ぎ投げ入れて、一応人がいたら困ると思い体にタオルを巻き付けた。
こんな昼間から人はいないだろうと思いつつ、大浴場への扉を開けた。

「あぁ…?」

予想以上に低い声が聞こえたが、誰の声だか判別つかない。
大神さんかとも思ったが、それにしては間の抜けた声を出す。

「見えない、誰だ」
「ああああ!?横島!?な、ななな、なんで、なんで入ってきてんだ!?」
「んーあぁ、大和田くんか」
「だー!!来んな!近付くんじゃねぇ!!」

ひどい言われようだが、声からものすごく焦っていることがわかる。
もしかしてさっきモノクマに引き留められたのは、大和田くんがここにいることを伝えようとしたからなのか。
だとしたら簡潔に述べてくれなかったモノクマが悪い。

「そんなこと言ってもここまで来て引き下がるのも嫌なんだけど…」
「じゃあ俺が出るから!!」
「まぁ気にしなくていいんじゃない、私と大和田くんの仲でしょ」
「はっ、裸の付き合いするほど仲良くなった覚えはねぇぞ!!」

言い合いながら近付いているのだが、大和田くんはそのことに対して何も言わない。
こう見えて純情だから私の方を見ないようにしているのだろう。
湯槽に浸かったままの大和田くんの傍に寄り、肩に手を置いてみた。
大和田くんは肩を震わせ驚きながら勢いよく振り向いた。
触れあえる距離にもなれば裸眼でも彼の顔ははっきりと見える。
いつものリーゼントの姿は無く、濡れた髪はオールバックになって落ち着いていた。

「ぐ…が…」

声にならない声をあげ、大和田くんの顔はどんどん赤く染まっていった。
その反応は普通なら私がするべき反応だろうが。

「リーゼントじゃなくてもカッコいいんじゃん」
「あぁ!?」
「え?あぁ、もちろんリーゼントでもカッコいいからそんな怒んないでよ」
「かっ……」

もしかして、怒ったのではなく照れていたのか。
二人きりになることで彼のこんな一面が見れるとは。

「ふふっ、お背中流してあげようか?」
「いらねぇ!!」
「つまんないなぁ、せっかく二人きりなんだから遠慮しないでよ、顔そらさないでよ」
「つーかお前も少しは遠慮しろよ!そんな格好で迫ってくんな!!」
「ひゃっ」

肩に置いていた手を急に払われて、体制を崩してしまった。
水面に手をつけるわけもなく、私の体は湯槽に沈んだ。

「横島!!」

すぐに延びてきた大和田くんの腕により、私は水上に顔を出すことができた。

「うっ、ケホッ、ごほっ……ううー……」
「大丈夫か!?」

目は痛いし鼻は痛い。
こんなところで溺れることにならなくて助かった。

「大和田くんのばかー……」
「俺のせいかよ……」

呼吸を調えて冷静になって大和田くんを見上げると、私を支えたまま申し訳なさそうにしている彼と目があった。

「気にしてるの?別に大和田くんのせいじゃないから大丈夫だよ、はははっ」

大和田くんの頬を撫でてみると、また林檎のように頬を染めた。
あぁ楽しい。さっきまでのイライラはどこへ消えたというのだろう。

「……テメェ、恥じらいってもんはねぇのかよ」
「恥じらい?…あぁ、ごめん。今裸眼で回りがあんまり見えてないおかげでいつもの百分の一くらいの恥じらいしか持ってないよ」

大和田くんは大きくため息をつく。
そして彼も男であり、私が裸眼だと伝えると視線がさまよい始めた。
この距離なら裸眼でも君がどこを見ているかくらい解るというのに。
馬鹿で素直な暴走族だ。

「混浴してるなんてこと、石丸くんに知られたら不純異性交遊だー!とか言われそうだよね」
「そ、それはヤベェな…」
「ヤベェとか言いつつ私のこと離さないじゃん、行動は素直だね」
「!?これはお前がっ」
「私が滑って沈んで溺れることがそんなに心配?いくら周りが見えないからって、足のつくお風呂で溺れたりしないってば」

大和田くんの顔の赤さは照れなのか怒りなのか判別しにくいが、なんとなく苛立っているのはうかがえる。
あんまり茶化すと本気で怒られそうだ。

「男子とお風呂なんて初めてだから楽しかったよ、イライラもどっか行っちゃったし。ありがとね」
「…そうかよ」
「だからさ、また一緒に混浴しようね」

笑顔でそう言ってやると、大和田くんは混乱したのか私の頭を抑えて湯の中に沈めてきた。
突然のことで私まで混乱したけど、すぐに水上に顔を出して息を吸った。

「げほっ…とっ、突然、ひどいな!!」
「うっせぇ!!テメェが変なこと言うからだろうが!!」
「嫌なの!?私がせっかく素敵なシチュエーションのお誘いしてんのに!?」
「物事には順序があんだろ!?」

順序?順序ってなんだ。
さっきも怒鳴られたが、裸の付き合いするほど仲良くなっていないというやつか。
少しずつ仲良くしましょうと?
お友達から始めましょうと?
純情な大和田くんはそういうことが言いたいの?

「しかしお友達から進む順序というと?親友?恋人?兄弟?大和田くんはいったい私とどうなりたいというの?」

真面目に悩んで質問をぶつけると、大和田くんは赤い顔のまま私を睨んで黙ってしまった。
暫く沈黙が続いたかと思うと、急に両肩を掴まれて動けなくされる。
もし今彼の理性が飛んでいるとしたら私はもしやヤバい状況にいるのでは?

「おっ、俺は!!」
「…俺は?」
「……」
「……」
「……」
「……おいっ」

黙ったままの大和田くんの頬を手で挟む。
ぺちっと音が鳴り、さまよっていた彼の目は真っ直ぐ私を捉えた。
そういえば以前、大和田くんは恋愛十連敗だゴルァと訴えていた気がする。
もちろんそれは私ではなく苗木くんに向けた言葉であり、私はうっかり聞いてしまっただけだけど。

「はっきり言わないと伝わらないよ?」

だからきっと今も、怒鳴らずに伝えようと頑張っているのだろう。
その努力は大したものだが私は怒鳴られてもさほど気にしないので、そんな努力は無駄だと言える。

「それとも、伝えることなんて本当は無かったり?」

挑発的に言ってみるが、私は別に大和田くんからの愛の告白を待ち望んでいるわけではない。
正直に言えば遊んでいるだけだし、その気も無いのにこんなことを聞いて最低だとも思う。
ただ、さっきまでの苛立ちを全て取り払ってくれた大和田くんが、今から私に何を言って私の感情を揺さぶってくれるのかが楽しみなだけだ。
いつになく真剣な顔を見せられて、つられて私も緊張してしまう。

「横島…」
「うん」
「……お前とは、ただの友達関係で終わらせるつもりはねぇ」
「うんうん」
「だから、その……あれだ」

あぁ、はっきりしない。
大和田くんにも私にもその気があるのなら、私から好きだ愛してる抱いてやる、くらいのことは言ってしまいたいのに。
生憎、私は誰にも恋心など抱いていないのでそんなセリフは吐けないのだが。
なんて考えていたら、急に大和田くんに抱き寄せられて、腕の中に収まってしまった。
タオル一枚の隔たりごときでは、彼の鼓動は私に丸わかりだった。

「お……俺の女にならねぇか」

十連敗の例の如く怒鳴り散らさなかったことは誉めてあげよう。
だが声を抑えすぎたせいなのか、地獄の底から響くようなドスの利いた声を耳元で聞かされる羽目にあった。
死の恐怖を感じてもいいようなその声に、私は身震いした。
それが恐怖からきたものなのか快感からきたものなのかは自分でも解らない。

「ふっ……はははっ……」

吊り橋効果というやつだろう。
悪寒がしたと同時に私はドキドキしていて、彼のぎこちない告白を受け入れてしまおうだなんて思ってしまった。

「大和田くんのものになるのも悪くなさそうだ。だから、大和田くんのこと恋愛対象として見ることにするよ」
「……今までは違ったってのか!?」
「ごめんねぇ、私は誰のことも恋愛対象としてなんて見てなかったの。けど今回の件で大和田くんだけは対象内になったから……私を彼女にしたかったら、惚れさせてみなよ」

大和田くんを弄ぶような最低な発言をしている気がする。
だが好きでもないのに、はい喜んでお付き合いします、なんて無責任なことを言うよりは幾分かマシではあるだろう。

「上等じゃねぇか……覚悟しとけよ」

私の感情を左右できる大和田くんだから、何をしてくれるのか期待してしまう。

「それじゃあ、これ以上の密着は、特別な関係になるまでおあずけね」

大和田くんの胸を押すと、腕の力が緩んで私は解放してもらえた。
距離がとれたので彼の顔を見てみると、名残惜しそうなもの足りなさそうな、欲求不満な表情を浮かべていた。

「そんな顔しないでよ。悔しかったら早く私に好きって言わせてみ」

挑発すればのってしまう性格なのは把握済みなので、挑発しつつ可愛らしく笑ってみせた。
こんなに余裕ぶってはいるけど、大和田くんが本気を出して本当に彼に惚れてしまったら私はどうなってしまうのだろう。
きっとモノクマ制作を強いられているツマラナイ生活が一転して、彼との共同作業を楽しむ生活になるに違いない。

「あぁ、楽しみ……」

十連敗の記録を私で終わらせることができたら、彼はきっと喜ぶだろう。
私を大事にしてくれるだろう。
恋愛感情なんて無いというのに、大和田くんの彼女になったらと考えるだけでワクワクする。
もしかしたらこれは恋愛感情なのだろうか。
だとしても、試行錯誤してくれる大和田くんを見ていたいから、暫くは自分の感情を抑えておくことにしてしまおう。