劣等生

好きな人ができました。
その人は、見た目が怖くて、顔も怖くて、雰囲気も怖い人なんだけど、たまに見せる気の緩んだ顔だとか、授業中に居眠りする顔だとか、そういう怖くない面にどんどん惹かれてしまっていた。
もちろん惹かれるようになるきっかけはあって、それは私が夜中に寮の個室を出て、不良に絡まれてしまったところを助けられたことだった。その人が偶然夜中にふらふらしていてくれたおかげで、私は助けられたのだ。お礼を言いたかったのに、夜中に出歩くな!なんて怒られて、そのまま礼も言えずに数ヵ月、彼を目で追うだけの日々を送っていた。

「…かなわない、よね」

好きだと言いたい。話しかけたい。せめて挨拶したい。彼に対しての想いは募るが、その隙に彼は別の子と仲良くなっていた。クラスでも大人しくて可愛い、不二咲さんだった。
決してお似合いだとは言えない二人だけど、笑い合う姿は楽しそうで、嬉しそうで、私の入る隙は無かった。勇気が無かったばかりに、私は恋を叶わぬものにしてしまった。

勇気の無い自分に苛立って、自暴自棄になった。朝、彼におはようと言えなかったら1限目は堂々とさぼってやると決めて教室に入った。でも朝から彼は不二咲さんと話していて、挨拶すらできなかった。

「寝よう…」

1限が始まる前に、私は屋上へと逃げ出した。昨夜は眠れなかったし、陽向で気持ちよく寝させてもらおう。初めて授業をさぼるのでドキドキしたが、彼のことを思い浮かべていたら涙が出た。叶わぬ想いなど捨ててしまいたい、なんて考えて寝転がっていたら、そのまま眠ってしまった。


チャイムの鳴る音が聞こえて、意識を取り戻した。眠い目をこすって開けてみると、ここに居るはずのない人物が居て、私の顔を覗きこんでいるのがわかった。

「…え、お、おぉ、大和田、くん。お、おはよう!」

どうして彼がここにいるのか、なんて理由は一つしかないだろう。彼も授業をさぼって屋上へ来たということだ。

「お前が授業さぼるなんて珍しいな」
「…つい、逃げたくて」
「逃げる?」

大和田くんから逃げたくて、なんて言えない。言ったら怒りそうだし、普通の人なら傷つきそうなところだ。
ひとまず普通に向き合って会話したくて、身体を起こした。

「…大和田くんも、さぼり?」
「まぁな。数学なんてやっても意味ねーし」

あれ?1限ってたしか現国だったよね。数学って2限だったんじゃない?

「え、今何時!?」
「あぁ?さっき2限開始のチャイム鳴っただろうが」
「もうそんな時間!?2限には戻るつもりだったのに…」
「じゃあ今から戻るか?」
「…もういい」

途中から教室に入るだなんて無理だ。それに数学の先生怖いし、目立ちたくない。

「…2限の間、一緒にさぼっててもいい?」
「あぁ!?す、好きにしやがれ」
「うんっ」

あぁ嬉しい。好きな人と二人きりで誰にも邪魔されない時間を過ごせるなんて。

「お前…俺のこと、怖がったりしねーのか?」
「…怖いけど、大和田くん、女の子殴ったりしないでしょ?だから、平気」

いや、平気ではない。こうして隣に並んで言葉を交わしているだけで、私の心臓は激しく鳴っている。

「それと、あの、ずっと前のことだけど…夜中、助けてくれてありがとう。ずっと、お礼言いたかったのに、言えなくて…」
「別に、大したことしてねーだろ」
「そんなことない。私は助かったし、嬉しかったもん」

あぁよかった、覚えていてくれたんだ。嬉しい。

「つーか、あんな時間に何してたんだよ」
「…肝試ししてた」
「一人でか!?」
「う、うん。一人じゃないと、肝試せないし…」
「なかなかやるな…」

なぜか感心されてしまった。

「夜中の校舎って、ドキドキするでしょ?だから、ドキドキしたいなぁって思って歩き回ってたの。不良に絡まれるドキドキは怖くて嫌だったけど…大和田くんが助けてくれたし、大和田くんに怒られてもっとドキドキしちゃった」

怖いものは私をドキドキさせてくれるから好き。何もない平凡な日常を変えてくれるから。だから、私を恐怖と恋でドキドキさせてくれる大和田くんが、とても好き。

「あ、ごめんね、いっぱい喋っちゃって…。いつも喋れないから、そのぶん多く喋っちゃった」
「…別にいい」

今だって二人きりでドキドキしてるんだよ、って言いたい。

「そういえば大和田くん、最近真面目に授業受けてたのに、今日はどうしたの?」
「…何だっていいだろ」
「ご、ごめん」

大和田くんがきつい言い方しかできないのは解ってる。いつも見てたんだから、そのくらい解る。でも、解っていても、少しだけ寂しい。

「お前よぉ、優等生なんだからあんまりさぼんなよ」
「べつに、優等生なんかじゃ…頭悪いし…」
「俺の前でよく頭悪いなんて言葉吐けるな?えぇ?おい」

大々平均点前後の私と赤点ばかりの大和田くんでは、そりゃあ私が優等生に思えても仕方がないか。ごめん大和田くん。

「解ってるとは思うが、この学校は才能さえあれば俺みてぇな馬鹿で柄の悪いやつでも入れるとこだろ?人気のねぇ時間にこんなとこで呑気に寝てたら何されるかわかんねぇぞ」
「…心配してくれてるの?」
「あぁ!?ちげぇよ!!」

そっか、大和田くんが心配するくらい、この学校って危険なんだ。

「でも大和田くんが一緒にさぼってくれるなら、安心だね」
「…暴走族が傍に居て安心なんかしてんじゃねぇよ」
「だって傍に居たら、また守ってくれるでしょ?」

大和田くんは優しい人だから。そう思って言ってみたら、大和田くんは顔を赤くさせた。照れているのか怒りに震えているのか、判断がつかなくて少しびびる。

「俺が、お前を傷つける場合だってあんだからな」
「…そうなったら、ちゃんと仲直りしようね」

大和田くんは優しいけれど不器用だから、素直になれないだけだろう。きつい言い方はされるけど、私のことが嫌ならさっさと屋上から去っていてもおかしくないはずだし。

「…次の授業もさぼっちゃう?」
「お前は優等生なんだから戻れよ」
「大和田くんが戻るなら私も戻る」
「…俺がここに残るっつったら?」
「私も残っておしゃべりする」
「…勝手にしろ」

隣に居てもいい許可も出たことだし、午前中はずっと大和田くんと二人でさぼりかな。このまま時が止まってしまえばいいのにな。