無意識な誘惑

「優ちゃん…」
「うわ、びっくりした」

小腹が減ったので部屋を出ようと扉を開けたら、部屋の外に千尋ちゃんが立っていた。

「どうしたの」
「うっ…優ちゃぁん…」

千尋ちゃんは突然泣き出して、こんな場面誰かに見られたら勘違いされると思って部屋に入れてあげた。
扉を閉めると、千尋ちゃんは私に抱きついてきた。
私は女子の中ではそれなりに身長があるので、軽く千尋ちゃんを見下ろせるくらいの差があった。

「泣いてるだけじゃ解らないよ」

千尋ちゃんを優しく抱きしめながら、頭を撫でてあげた。
しばらくすると落ち着いたのか、千尋ちゃんは涙で潤った大きな瞳で私を見上げた。

「僕、怖いよ…こんなところで生活してたくないよぉ…」
「…そうだね。それは私も同じだ」
「殺し合いなんてするためにこの学校に来た訳じゃないのに…」
「そうだね…」
「こんなことになるなら、普通の人たちみたいに、普通の高校に行きたかった…!」

私は千尋ちゃんに何もしてやることができない。
ただ肯定することしかできなかった。
無力な自分が情けない。

「もう一度、優ちゃんと一緒に中学からやり直したいよぉ…」
「…千尋ちゃんと喋るようになったのって、三年の時だっけ。最近のことなのに…」

すごく懐かしく思える。
高校生活はまだ始まったばかりだと言うのに。

「こんなところじゃ生きてても死んでても同じようなものだね…いつ殺されるかも解らないし」
「…僕たち、殺されるの?」
「解らない」

誰がいつ狂って何をしでかすかなんて、解るわけがない。
解るとしたら、全員の行動を把握しているモノクマぐらいなものだろう。

「…でもね、僕、優ちゃんがずっと一緒に居てくれるなら、がんばれるよ」
「私が殺人犯になる可能性だってあるかもしれないのに」
「優ちゃんはそんなことしないもん」
「解らないよ」
「解るよ!」

千尋ちゃんは声を大きくして、悲しむような怒るような顔をした。

「僕、中学の頃からずっと優ちゃんのこと見てたんだぁ…。だから、解るよ。優ちゃんは悪いことなんてしない」
「…学校での私なんか、良い子に決まってるじゃん」
「ちゃんと、学校出てからも見てたよ…。転んでる女の子に手貸してあげたり、落ちてた財布拾って交番に届けたり、雨の日に捨て犬に傘あげたりするの、見たことあるもん」

おかしいな、千尋ちゃんとは帰る方向逆だったのに、どこでそんなの見られたんだろう。

「優ちゃんのこと、ずっと好きだったから、ずっとずっと見てたんだよ?」
「…え?」
「ごめんなさい、本当はこんなところで言いたくなかったけど…今言っておかないと、死んじゃうかもしれないから…」

千尋ちゃんが私のことを好き。
友達としてかと思ったが、千尋ちゃんの肩は震えていた。

「でも、千尋ちゃんは女の子でしょう」
「…男の子だよぉ」
「え?」
「これでも、男の子だもん。男らしくないから、それで笑われるのが嫌でずっと女の子のふりしてただけなの…」

そんな誰も知らないような秘密を明かされて、どうしたらいいんだ。
女らしい愛嬌もない私が女で、可愛くてか弱い千尋ちゃんが男。
性別間違っちゃったかな。

「…信じて、くれない?そうだよね…僕、男らしくないもんね」

千尋ちゃんは声を震わせながら私から離れた。
泣いて帰るかと思ったら、泣きながら服のボタンをあけはじめた。

「ちょっ…なにして、」
「優ちゃんのこと好きだから、ちゃんと知って欲しいんだぁ…」

こんなことされたからって、今扉を開けて追い出しても人から変に見られるだけだ。

「本当は、恥ずかしいんだけど…」

上着を脱いで床に落とす。
ブラウスの前が全開になると、千尋ちゃんの平らでか細い体が露になった。
女らしい丸みもくびれも、そこには無かった。

「…下も、脱いだ方がいいのかな」
「もういいよ、わかった。わかったから」

スカートのホックを外そうとしている千尋ちゃんの手を握ってあげた。

「ありがとう、告白してくれて嬉しいよ」

千尋ちゃんの服を正して、ボタンを一つずつ閉めてあげた。

「優ちゃん…」
「ん?」
「僕のこと、ちゃんと見て」

泣いて頬を紅くさせながら、私の両頬に手をあててきた。
近くで見つめられるのは恥ずかしくて、胸が高鳴った。

「これでも男の子なんだよ?」
「…解ってるよ」
「優ちゃんのこと大好きだから、もっといろんなことしたいよぉ」
「いろんな、こと?」
「…僕のこと受け入れてくれるなら、目…瞑って」

目を瞑ったら何をされるかなんて、想像するのは容易い。
どうせするなら、普通に高校に通いながら青春を謳歌したかったな。
まぁ、普通の高校だったら千尋ちゃんも私も普通に暮らしていて、こんな告白を受けることもできなかっただろう。

「目を瞑るのは千尋ちゃんの方だよ」

千尋ちゃんの肩を押して壁に追い込むと、上目遣いで見つめられた。

「優ちゃん…?」
「いろんなこと、したいんでしょ?」

これは誘った千尋ちゃんが悪いよね。
千尋ちゃんのしたいように唇を奪ってみた。
せっかく閉めたボタンだったが、また全て外してみた。

「だ、だめだよぉ」
「さっきまで全部脱ごうとしてた子が何言ってるの」
「そうだけど、でも…」
「その気にさせた千尋ちゃんがいけないんだよ?」
「優ちゃ…」
「うるさいよ」

喋らせないように唇を塞ぎながら、露になった千尋ちゃんの肌に指を滑らせた。
くすぐったいのか、甘い声を漏らしながら私の肩を弱々しく押した。

「…千尋ちゃん、可愛い」
「はぁ…はぁ…」
「私は独占欲が強いから…死ぬまで毎日これ以上のことするけど、いい?」
「…優ちゃんになら、何されてもいいよぉ」

紅潮したまま息を荒くしていて、どう見ても誘っているようにしか見れなかった。

「性別、逆なら良かったね」
「…僕からもしたいから、男でよかった」

千尋ちゃんは柔らかく微笑みながら、背伸びをして私の唇を奪った。

「…しまった、モノクマに見られてるんだっけ」
「え…?あ…」
「どうする?もっと見せつける?」

千尋ちゃんの頬を撫でると、更に顔が赤くなった。
恥ずかしそうにうつむくものだからどうしようかと思ったが、一つ思い付いた。

「千尋ちゃん、こっちおいで」
「え?」
「全部脱ごうか」
「ええっ?」
「せっかくだから普通の高校じゃできないこと、しよっか」

私は千尋ちゃんの手をひいた。
監視カメラに向かって手を振り、シャワールームへと連れ込んだ。

「ここなら誰にも見られないね」

私はこれまでにない興奮に驚きながら、最高の笑顔で千尋ちゃんの服に手をかけた。