死なせはしない

「あ…あぁあ……」

彼は彼女を殺し、処罰を受け殺された。
死刑といえばそれまでだが、目の前で起こった惨劇は死刑なんていう単純なものではなかった。
殺人犯をいかに苦しめて殺すのか、それを重点に置いたオシオキだった。
私も犯人を決めるべく、ボタンを押したうちの一人だ。
自分が死にたくないがために、桑田怜恩を死の道へと導いたのは私なのだ。
生きるために舞園さやかを殺した桑田怜恩と、生きるために桑田怜恩を殺した私たちに、なにか違いがあるだろうか。
あるわけがない。
みんな自分が可愛いから、自分が生きるために他人を殺すのだ。

「横島さん…」

苗木くんの声はたしかに私の耳に届いていた。
だがあのオシオキを目の前にして、私は声を出せずにいた。
声を出したら、つられて叫び声や涙を出してしまう気がした。
だから私は苗木くんの声も、みんなの嘆きや泣き声も、何も聞かずに裁判所を後にした。

自室に戻ってベッドに倒れると、一気に不安が押し寄せてきた。
皆でこの数日間仲良くしていたはずなのに、何が私たちをこうさせたのか。
モノクマからの動機で、友人に殺意を抱くなんて。
私もいつか、きっと今も、脱出のためだけに殺害対象になっているのではないか。
このまま眠ったら殺されるのではないか。
舞園さんの死体を思いだし、寒気がした。
気が付いたら私は叫び声をあげていた。

寒気と動悸のせいで、一睡もできずに朝を迎えてしまったらしく、モノクマのアナウンスが聞こえてきた。
石丸くんの言い付けを守っていつも約束の五分前には食堂に行っていたが、今日はそんな気分ではなかった。
みんなで仲良くすることに意味があるのか、仲良くしたからといって殺されない理由はない。
それにもう、仲良くなった人物が、あっさりと死んでいく姿を見たくなかった。


突如、インターホンを鳴らされた。
何回も何回も鳴らされたけど、どうにも動く気がしなかった。
どうせ誰も入ってこれないし、部屋にこもっていれば誰も私を殺せない。
私を殺すことができるのは、ただの空腹による餓えだけのはずだった。
だがしかし、部屋の扉が開かれる音がした。
昨日部屋に戻ってから鍵をしめていないのだと、すぐに気が付いた。
殺される恐怖はあった。
だが、今殺されればもうこれ以上誰の死体も見なくて済むのだという解放感もあった。
大人しく殺されてやろうと思い狸寝入りをしていると、目覚ましよりも煩い声が私を現実へと引き戻した。

「大丈夫かね!?生きているのなら返事をしてくれないか!!」

私を呼び起こしたのは、規則に厳しい石丸くんだった。
私が食堂に居ないから呼びにきてくれたんだろう。
目を開けて彼を見てみると、ひどく青ざめて私を心配そうに見つめていた。

「よかった、生きていたのだな…!部屋の鍵が開いていたから、何かあったのかと思って勝手に入らせてもらった!すまない!」
「…ぁ」

朝食はいらない。
ただそう伝えようとしたところ、喉が痛くて声を出せなかった。
泣き叫んだのが響いたらしい。
更に心配した石丸くんは、私の小さな声を聞き取るために屈んで距離をつめてきた。
それでもまだ遠いと思い、彼の胸ぐらを掴んで一気に引き寄せた。
私の吐息が彼の耳にかかる距離で、喉に支障が無い程度の声を出した。

「しばらく…ほっといて…」
「そ、そうはいかない!仲間が落ち込んでいるのを無視するわけにはいかない!」
「…だったら、石丸くんが私を殺してよ」

彼は私の言葉で身を震わせた。
更に離れようとするので、私は手に力をこめて彼の胸ぐらから手を離さないように気を付けた。

「私は、あなたの言う通り落ち込んでるの。だから、これ以上落ち込みたくないから、殺してよ」
「僕にそんなことできるわけないだろう!?」
「石丸くんは強いから…だから今も、こんなに元気で私の相手をしているんでしょう。その元気で私を殺してくれたら、あなたは卒業できるし私は現実から逃避できる。だからね、お願い」

石丸くんにそんなことできないのは解っている。
解っているからこそ、こんなお願いをしてしまうんだ。
私は死にたいけど死にたくない。
馬鹿みたいなわがままを石丸くんにぶつけているだけだった。

「…わかった」

だが石丸くんの返事は、私の想像を越えていた。
今彼は何と答えたのか、何に了承したのか、何を受け入れたのか、私には理解できなくて手が震えた。
まさか私を殺せという無茶ぶりを了承したわけではないだろうか。

「君はこの生活を現実だと認めたくないだけだろう?僕もそうだ、認めたくない。だがしかし!僕たちの目の前で、既に三人も尊い命を失ったのだ!認めたくないが、認めなければ前に進めないだろう!?僕たちの中に、まだ殺人を犯すような人間がいると思うか!?僕は思わない!もうあんなことが起こらないように、今こそ我々が団結しなければならないのだ!」

耳元で叫ばれて、頭が痛くなる。
団結なんて言いながら、何日過ごせば団結できるのか。
あの中にはまだクロになる人間がいるはずだ。
石丸くんだってきっと、そう思いながらも、そう思いたくないという思いがあるに決まってる。
こんなに真っ直ぐ他人を信じるなんて、石丸くんこそ現実を見たくないだけなのではないか。

「…あなたは、私には眩しすぎるよ」

この淀んだ学園の中で、石丸くんだけは常に真っ直ぐ前だけを見て立っている。
コロシアイなんて嫌なものを受け入れられずに視界の外に掃き捨てて、もう殺人は起こらないなんて言いやがる。
平和な日常だけを見つめている石丸くんの愚鈍さは私も見倣いたいくらいだった。

「私にはみんな仲良くできる明るい未来なんて想像できない。三人欠けた時点で明るい未来なんて存在しないも同然なんだよ…。私に未来は見えないから、もう生きていないのと同然だよ」
「明るい未来はあるはずだ!もう誰も、仲間を殺したりしない!そんなことは僕が決して許さない!」
「…私はもう死んでもいいと思ってる」
「勝手に死ぬことも許さない!自分で自分を殺すなどもってのほかだ!僕は君を死なせない!!」

会って数日の人間によくそこまで熱く語れるものだ。
こんなに熱い人間の前で私が命を絶ってみたら、彼はどんな顔をしてくれるのだろう。
私は彼の、私だけのためにしてくれる表情を見てから死ぬことはできるだろうか。

「どうして…そこまで言ってくれるの?」
「君は僕の仲間であり、友人であるからだ!仲間のために言う言葉に、嘘偽りも無ければ恥じらいも無い!」

愚直だと言えるほど純粋で真っ直ぐな言葉に、私に芽生えかけた淡い気持ちはぶち壊される。
馬鹿正直であるからこそ、何も気付かず私の心を砕いていく。
私と彼はただの仲間であり、ただの友人である。
それ以下でもそれ以上でもない、そこらじゅうにありふれている答えは私の支えにすらなり得ない。

「私はあなたの仲間でも友人でもいたくないんだけど…それでもあなたは、私を死なせたくないなんて思えるの?」
「横島君がどう思っていようが、僕は君を大切な友人だと思っている!だからこそ僕は君と共に生きていきたいのだ!故に、何時如何なる時も君を支え、君を守りたいと思っている!」

桑田くんと舞園さんだって友人だったはずなのに殺しあっただろう。
友人なんて言葉で私が揺れ動かされると思うなよ。
胸糞が悪くなって彼の胸ぐらから手を離すと、彼は少し距離をとり、見ても全く楽しくないであろう私の顔を見下ろした。

「…だから、死にたいだなんて言わないでくれないだろうか」

彼は私の言葉のせいでボロボロと涙を溢れさせていた。
頬を伝う滴は私の頬に雨を降らせた。

「日本男児が、こんなことで泣いてどうするの…」
「君が死ぬことは『こんなこと』では済まされないのだ」
「…そっか」

この男は私のために、私のせいで泣いてくれている。
きっと私が死んでも同じように、もしくは今以上の涙を見せてくれるのだろう。
胸が苦しくなるくらい嬉しくなって、私は彼の涙を指で拭い、彼を抱き寄せた。
彼は驚いて身を強張らせ、言葉にならない動揺の声を漏らしていた。

「ねぇ石丸くん、私を支えてくれるんだよね?」
「も、勿論だ!君が何と言おうと、僕は君が生きていけるように努力する」
「それなら、私も死なないように努力してみる。だから石丸くんも…毎日、生きて、私を抱き締めて」
「抱きっ…、な、何、何を言っているのだね!?」
「怖いの。寂しいの。だから、人の温もりが欲しいんだよ…」

多少の下心が沸き出てくるのを抑え、素直な気持ちを石丸くんにぶつけてみる。
先程から行き場を無くしていたであろう彼の腕が、力強く私を抱き締めた。

「こっ、これで良いのだろうか!?」

彼の言葉にはロマンの欠片も見当たらなくて、彼が喋るたびに甘い気分が消されていくようだった。
それでも彼も緊張しているらしく、私たちしかいない静かな部屋で、煩くなった心臓の音が伝わってくる。
生きていなければ聞くことの無いその音は、私を幸福へと誘った。
先程までの寒さと震えが嘘のように消えていた。

「あったかい…」

石丸くんが誰かを殺すという心配が無い安心感。
どうしてそんな確信を持てるのかは自分でも解らないが、彼がそんなことをする人間ではないと、そう感じた。

「不純異性交遊ではないか…」
「…石丸くん、不純な気持ちでこんなことしてるんだ?」
「そそそ、そんなわけないだろう!!僕はただ、君が生きるための助けになりたくて、それで、」
「なら問題無いよね」
「ううむ……」






石丸くんは誰も殺さない。
私の頭にはそのことしか考えが及ばなくて、彼が殺される可能性など微塵も考えていなかったのだ。