救いの手

「気に入らない…」

私は一人、図書館に来ていた。
異様に早く目が覚めてしまい、食堂に集まる時間よりも一時間以上早かったため、暇潰しだ。
当たり前だが、図書館には誰もいなかった。
だからいつも十神くんが占領している机に、書庫から電気スタンドと適当に手に取った本を持ってきて置いた。
分厚い本を開いてみると、今まで読んだことのない内容ばかりで驚いた。
十神くんはいつもこんなものを読んでいるのか。
さすが御曹司なだけあって、ただの高校生な私とは格が違う。

「…つまんない」

十神くんが読んでいたのと同じ本を読めば十神くんの考えていることが解るかと思ったが、この程度で解るわけがなかった。
どれを読んでいても難しくて、本の中身より十神くんのことで頭がいっぱいになってしまう。
これは重症だ。
私は何より本が好きだったのに、どうしてこうなった。

「つまんないつまんないつまんないっ…」

私は超高校級の学級委員として希望ヶ峰学園に入学した。
下らない才能であり、生徒である内しか通用しない才能だ。
こんなの、ただ真面目で模範的であるというだけだろう。
それなのに、それだけが取り柄だったのに、希望ヶ峰学園に閉じ込められてコロシアイを強いられて学校生活を失った今、私に価値が無くなっている。
唯一、真面目さが残っていたものの、十神くんのせいで何かに集中することができなくなったので不真面目同然だ。
私はクズだ、このメンバーの中で一番クズだ。

「私みたいな劣等生が、入学したのが間違いだったんだ…!」

どうせ私は役立たずでクズで何もできないし、十神くんに話しかけることすらできない。
あの腐川さんでも十神くんにしつこく付きまとっていけるのに、私には何もできやしない。
何もできないし何の役にも立たないのに、どうしてまだ生き残っている?
いつになったら私を殺してくれる?
学校の外で意味の無い私がここから出る意味が無い。
学校生活の無い学校内で生きる意味が無い。
私の希望がどこにも無いのに、生きる意味が無い。

「…絶望」

もう何も見たくなくて、眼鏡を外した。
周りがぼやけて、焦点が合わなくなる。
何も考えたくなくて、本を枕にして机に伏せた。

「おい…誰だ?そこで何をしている?」

背後から十神くんの声がした。
顔を上げて振り向いても、眼鏡をしていないせいで顔を確認できなかった。

「十神くん、だよね?」
「横島か?こんな時間に図書館に何の用だ」
「十神くんこそ」

机の上にあるはずの眼鏡を探してみたら、どうやら手に当たったようで、床の方からカシャッと音がした。
眼鏡を落としてしまったらしい。

「先に俺の質問に答えろ」
「今そこに十神くんしかいないなら答えるけど」
「俺以外に何が見える?もしくは何も見えないのか?」
「眼鏡落としちゃったから見えないの」
「そうか」

拾ってくれもしないのか、まぁ十神くんだしね。
私なんかのためにそんなことしてくれないよね。

「十神くんがよくここに来て本読んでたから、私も読んでみたくなったの。でも集中できなくて自己嫌悪してたらつまんなくなっちゃった」
「お前のような凡人に理解できるものが奥の書庫にあるわけがないだろう」
「…十神くんと同じものが読みたかったんだよ」

全く意味は無かったけど。

「だけどもう、どうでもよくなっちゃった。私の才能は価値が無くなったし、外に希望は無いし…この学校内だって、思い通りにいかないから、面白くない」
「面白くないならこのゲームを楽しめばいいだろう?まだ誰もクリアしていない卒業をお前がするとかな」
「じゃあ十神くんが私に殺されてよ…私もう十神くんのこと見たくない」
「ほう…何もしていないのに嫌われていたとはな」

嫌いなんかじゃない。
私はただ、十神くんと腐川さんが一緒にいるところを見たくないというだけだ。
あんなもの見るくらいなら、せめてもの嫌がらせとしてジェノサイダーよりも先に十神くんを殺したい。

「ねぇ十神くん、私さ、下らない才能だけど、人望は厚いんだよ。それで、頭脳明晰だしスポーツ万能だし性格も悪くないと思ってるし、見た目もそれなりに整ってると思ってるんだけど、どうかな」
「質問の意味が解らないな」
「腐川さんと私…どっちが、十神くんの好み?」

こんなこと普段なら聞けるはずがない。
でも今は、十神くんの顔がよく見えないせいか何でも言える気がする。

「なぜそこで腐川が出てくる…」
「いつも一緒にいるでしょ」
「勘違いするな、あれはあいつが勝手についてくるだけだ」

だったら今日から私も同じことしよ。
勝手に十神くんについていこ。

「それで、質問の答えは?」
「答える義理は無い…が、腐川のような陰気で不健康な奴に興味は無い」
「…私に興味はある?」

十神くんは答えてくれなかった。
どうせその程度だよね、私なんか。

「もういいや、十神くん眼鏡拾って」
「俺に命令するな」
「お願いだよ」

十神くんは命令するなとか言ったくせに、ゆっくりと足音は近付いてきた。

「暗くてよく解らなかったが、近くで見れば割りと整った顔だな」
「…今さら?」
「こうして二人で話すのは初めてだからな。それにお前は俺を避けていただろう?」
「…腐川さんの邪魔になると思ったから」

嫉妬ばっかりして、醜いな。
そんな理由でクラスメイトを避けるなんて学級委員のすることじゃない。

「そんな理由ならこれからは俺の傍にいろ」
「えぇ?な、なんで?」
「腐川避けだ…。殺人鬼になっている時が特に煩いからな」
「なにそれ、殺されそう…」
「あいつは男しか殺さん」

いや、でも、だからって…
腐川さんに嫌われそう。

「でも、十神くん…私なんかが傍にいたら、嫌じゃないの?」
「俺がわざわざ嫌いな奴にそんな話を持ちかけると思うか?」
「…思わないけど」
「じゃあ決まりだな」

そんなことを言っていたら、朝のモノクマアナウンスが流れてきた。
もう七時になったのか。
食堂に行かなきゃ。

「食堂行くから、眼鏡拾ってほしいんだけど…」

十神くんは無言で眼鏡を拾ったようだが、それを私に渡すことはなかった。

「…十神くん?」
「何だ」
「眼鏡下さい」
「断る」
「なんで!?」

十神くんは部屋の奥に行ってしまったが、すぐに戻ってきた。
どうやら椅子を持ってきたようで、私の横に座った。

「あの、食堂に集まらないと…」
「なぜ俺があんなものに集まらなくてはならんのだ」
「…みんなで決めたんだから、守らないと。本は後でも読めるし、今しかできないことからやろうよ」

十神くんはしばらくしてからため息をついた。

「これだから学級委員や風紀委員は面倒なんだ…」

吐き捨てるようにそう言って、十神くんは扉の方へと歩いて行った。
眼鏡を返してもらってないのに行かれては困る。

「待って、どこ行くの」
「食堂へ行くと言い出したのはお前じゃないか」
「…うん」

見えもしない足元に気を付けながら十神くんのところまで近付いた。

「行くぞ」

図書室を出てからも、足元が不安だった。
見えないのをいいことに、十神くんの服の袖を掴んだ。

「眼鏡返してくれないと、離してあげないんだから」
「好きにしろ」

そう言われては離すことはできない。
しかしこのまま食堂に行ったらみんなにどう思われるのだろう。
朝日奈さんや葉隠くんあたりにひゅーひゅー言われてしまうのだろうか。

「…わかった、好きにする」

当たって砕ける精神で十神くんの手を握った。
多少は驚いたようでビクッとしたが、十神くんは何も言わなかった。
嫌がられると思ったのに、受け入れてもらえるだなんて。

「…いいの?」
「お前が十神財閥の一人に加わる気があるのなら構わん。何の考えも無しにこんなことをして俺を辱しめたいだけだとしたら今すぐ離せ」
「十神財閥の…雑用?」
「雑用係がこの俺と手を繋ぐことを許されると思うか?」
「えっ、だったら…」

手を繋ぐことを許されて尚且つ十神財閥の一人になるって、それってもう妻的な何かにしか思えないんだけど。

「私でいいの!?」
「嫌なのか?」
「いや、嫌じゃない!嬉しい!」

希望ヶ峰に入学したら将来を約束されたも同然。
あの話は本当だったんだ。
将来を十神くんと、大好きな十神くんと約束できた。

「ならこのまま食堂に行っても文句無いな?」
「…文句は無いけど…」

十神くんが良いって言うなら甘えてしまおう。
手を繋いでいるところをみんなに見せつけてしまえば、私と十神くんの関係を認識してもらえる。
…私と十神くんの関係?

「と、十神くん!」
「何だ騒々しい」
「…もしここから出られても、この先ずっと、腐川さん避けとかいう理由じゃなく、ずっと、傍にいていいんだよね?」

隣を歩く十神くんを見上げても、表情がよく解らない。
ぎゅっと手に力を込めると、十神くんは口を開いた。

「生きてる限りはな。但し、俺より先に死んだらお前のことは綺麗さっぱり忘れてやる。それが嫌なら、生き延びろ」
「…うん。十神くんが寂しがらないように長生きするね」
「誰が寂しいなんて言った」
「顔に書いてあるよ」
「裸眼で人の顔が見えるほど視力が良いならこの手を離しても問題無いな?」
「え、離しちゃやだ」

つい恥ずかしい本音を言ってしまったが、十神くんも繋いだ手を離すことはなかった。

「…そのうち、十神くんに好きって言って貰えるくらいの人間になるからね」
「そうか」
「だから言って貰えるまでは私が言うね。十神くん好きだよ」

不意打ちで言ってみたら、驚くべきことに十神くんの顔色が変わった。
裸眼でも解るくらい、十神くんの頬は赤く染まっていた。

「十神くん可愛すぎ…」
「黙れ」

そう言われても、十神くんのおかげで私は救われた。
生きる意味を、生きる希望を貰えたんだ。
私は何が何でも生ききってみせる。
十神くんのために、私のために。