相思相愛

「なんで今日の採集が海なのかな〜。誰が割り振ったのかな〜??」
「俺だけど…しょうがないだろ、材料足りないんだから。それに、悪いと思ったからこうして俺も来てるんだよ」

今日は私と横島さんと日向さんが海に採集に来ています。
二人はとても仲が良さそうで、私なんかが話に入るのは申し訳なくて、数メートル後ろを歩いて海に来ました。
私も一緒に話したいけど、そこまで望むなんて身の程知らずなのでやめておきます。
二人が私をいじめないだけでも幸せなことなのです。
二人と同じ空間に居させて貰えるだけでも幸せなことなのです。

「せっかく可愛いサンダル履いたのに、砂浜じゃ歩きづらいしさー」
「採集って解ってるんだからスニーカーくらいにしとけばよかっただろ」
「服装に合わせてんの!それにほら、可愛いでしょ?可愛くない?」
「う、うん……いいんじゃないか?」

なので幸福者の私は二人の迷惑にならないように、足手まといにならないように、たくさん材料を集めたいと思います。
黙って作業をするのに二人よりも集めた量が少なかったらきっと二人は私を怒るでしょう。
きっと私を許してくれないでしょう。
だから私は頑張ります。

「つまんないの。日向くんに可愛いって言われたくて可愛い格好してんのにさ」
「は!?な、なんだよそれ……」
「日向くんのバーカ。早く作業しろっての、バーカ」

横島さんは可愛いです。
横島さんのたった一言で日向さんが照れてしまうくらいに可愛いです。
見ているだけで私まで照れてしまいそうなやりとりを、羨ましく思います。
暴言を吐いても憎めない可愛さをもつ横島さんを羨ましく思います。
人に愛されることのできる日向さんを羨ましく思います。
私は暴言を吐くことも人に愛されることもできない、ただのゲロブタなのです。
あぁ、そんなこと思ったらブタさんに失礼ですね、ごめんなさい、許してください。

「あっちの方探してみよっかな」

横島さんは砂浜を歩きにくそうなサンダルで歩きます。
今にも転んでしまいそう、なんて思っていたら本当に転んでしまいました。

「おいおい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だし!ちょっと擦りむいちゃったけど…」
「あーあ、傷口に砂もついてるし、採集は諦めて戻ろう。立てるか?」

やれやれ、と日向さんが横島さんに向かって手を差し出します。
そう言えば私は保健委員なので、こんなこともあろうかと救急箱を持ってきていました。
消毒してあげたら横島さんは喜んでくれるはずです。
日向さんも感心してくれるはずです。

「はわわわ……横島さん、大丈夫ですかっ!?」

久々に喋ったので変な声を出してしまいます。
それもいつものことなので気にせず横島さんの元へ駆け寄ります。

「怪我しちゃってますね、消毒薬持ってるので、手当てさせてもらいますね」
「さすが罪木、用意がいいな」
「えへへ……そんなこと無いですよぉ」

日向さんが誉めてくれました、ありがとうございます。
私は救急箱を開けて消毒液とティッシュを取り出します。

「染みるかもしれませんが、ちょっとだけ我慢してください……」
「……んっ」

傷口についた砂を落とすように消毒液をかけました。
やはり染みるようで、横島さんは少し声を漏らします。
我慢せずに痛いと言ってくれていいんですよ。
横島さんの痛みは全て受け入れる覚悟で手当てをしているんです。
横島さんに触れることができて声を聞くことができて一緒に居られるだけで幸せなんです。
だから痛かったら痛いと言って、その痛みを私にぶつけてくれてもいいんです。

「ひとまずこれで大丈夫だと思います…。また夜になったら、貼り変えた方がいいです」
「ありがとな、罪木」

日向さんはまた喜んでくれました。
日向さんは私に笑顔を向けてくれました。
でもそれよりもっと優しい笑顔で、また横島さんに手を差し出しました。

「あ、ありがと」
「礼を言うなら俺じゃなくて罪木にだろ?」

横島さんは頬を染めながら日向さんの手を握ります。
日向さんも少し照れながら、横島さんの手を引いて立たせようとしました。

「いたっ」

でも横島さんは顔を歪めて足首を抑えました。
転んだときに捻ったのでしょうか、足首は少し赤くなっています。

「捻挫だと思います……もう無理しないで、ホテルに戻って冷やした方がいいですよぉ」
「それもそうだな……横島に無理させたくないし」
「日向……」

日向さんは横島さんのことが大事なようです。
私もそう思うので、横島さんには安静にして欲しいです。

「罪木、申し訳無いけど横島をホテルまで送ってくれないか?」
「へ?」

私と横島さんの間の抜けた声が重なります。
あ、間抜けなのは私だけでしたね、すみませんでした、許してください。

「海での採集を罪木一人に任せるのは悪いし、それに俺なら罪木より多く採集できるだろ。横島をホテルに送ってから正しい手当てをできるのは罪木だから、お願いしてもいいか?」
「は、はいぃ!私にできることならなんでもします!」
「そうか、ありがとう。じゃあ後は頼んだぞ」

日向さんは材料を集めに離れて行ってしまいました。
今は横島さんと二人きりです。

「それじゃあ…行きましょうか」
「……そうだね」

先ほどの日向さんのように、私は横島さんに手を差し伸べます。
ですが横島さんは私の手に触れずに、痛んでいない左足を軸にして自力で立ち上がりました。
そうですよね、私みたいな女の汚い手なんて触りたくないですよね。

「早く肩貸してよ」
「ひゃいっ、すみませぇん……」

横島さんの横に並ぶと、横島さんの細くて綺麗な腕が私の肩に回ってきます。
横島さんに負担がかからないよう、横島さんの細い腰に手を回します。
呼吸の音が聞こえてくるほどのこの距離で、自然と私もドキドキしてしまいます。

「なんで邪魔したの」
「ふぇ……?」
「日向くんが私のために動いてくれようとしたのに、どうして来たの。誰も罪木ちゃんのこと呼んでないよね」
「ご、ごめんなさい……私、横島さんの役に立ちたくて」

私は横島さんにとってお邪魔だったようです。
横島さんは喜んではくれませんでした。
私は横島さんに喜んでもらいたかっただけなのに。
この気持ちはただの私のエゴだったんですね。

「なんとなくさ、感じないの?甘酸っぱい雰囲気っての?邪魔しちゃいけない空気とか、読めないの?」
「ごめんなさいぃ……」
「謝ったら済む訳じゃないよね。罪木ちゃんさえ出てこなければ、今頃私を支えてるのは日向くんだったんだよ。それを罪木ちゃんは奪ったんだよ、わかってる?」
「すみませぇん……」

ごめんなさい、貴方を支えているのが私でごめんなさい。
貴方を支えることができて幸せに感じてしまってごめんなさい。
貴方の幸せを奪って私が幸せになってしまってごめんなさい。

「私が怒ってたなんてこと、日向くんとか他の人に言わないでよ?そのくらいのことなら罪木ちゃんでも理解できるよね?」
「はいぃ……」

やっぱり怒ってるんですね。
私が怒らせてしまったんですね。
謝っても許して貰えそうにないですね。
それでも横島さんは私が居なければホテルまで戻ることができないし、私に頼ることしかできないんです。
どんなに怒っていようとも、今は私しかいないんです。
私が必要なんです。

「ごめんなさい、許してください……」
「……許さないし」

そうですか、許してくれないんですか。
だったら許してくれるまで謝り続けるしかないですね。
ずっと謝り続けたらきっと横島さんも許してくれますよね。

「あぁ、だからって手当てしたくないなんて言わないでよ?してもらわなきゃ困るし。ていうか、しなかったら罪木ちゃんが日向くんに嫌われるだけだけどね」

日向さんに嫌われるのは嫌です。
でもそれより、横島さんが手当てを必要としてくれているので私は横島さんを手当てしてあげます。
私が必要だとわざわざ言ってくれているのだから、手助けしてあげるべきなんです。

「はいっ、私が手当てしますので任せてください!」
「……なんで嬉しそうなんだよ」
「すみません…」

大好きな横島さんに頼られて、嬉しくないわけないじゃないですか。
ホテルまで同行することを許されて、手当てをすることまで許してくれた横島さんに必要とされて、嬉しいに決まってるじゃないですか。

「責任を持って、治るまで私がお世話してあげますねぇ」
「は?いらないし」
「あれあれあれぇ?じゃあ誰にお世話して貰うつもりなんですかぁ?日向さんですかぁ?採集の指揮も取ってる日向さんの負担を増やしていいんですか?日向さんだって、スニーカー履けばいいのになんて言ってたじゃないですか?転んだのは横島さんの自己責任なのに、迷惑をかけるつもりですかぁ?」

責めてしまってごめんなさい。
それでも私は事実を伝えただけなんです。
日向さんにはやるべきことがあって、保健委員の私のやるべきことは怪我人のお世話なんです。
どう考えても私が横島さんのお世話をするべきなんです。

「ちくしょう……」
「大丈夫ですよ、保健委員の私に任せてくれればちゃんと治りますからね」

だから毎日、横島さんの部屋に行ってあげますね。
毎日会いに行ってあげますね。
私の身勝手じゃないんです、これは横島さんのためなんです。
横島さんのためにできることをやることが、私のお仕事なんです。
横島さんと日向さんの邪魔をしてしまった、私の罪滅ぼしでもあるんです。
だから私は横島さんのために頑張るんです。

「罪木ちゃんなんか大嫌い……」
「うふふ、そんな照れなくてもいいですよぉ」
「は、はぁ…?」

大嫌いなんて言っても私を頼るだなんて、照れ隠しにしか思えませんよ。
本当に私のことを大嫌いな人たちは、私の悪口を言ったり私に痛いことをしたりしてきますもん。
でも横島さんはそんなことせず私を必要としてくれる。
大嫌いだったら私なんか切り捨てるはずなんです。
だからきっと、本当は横島さんは私のことが好きなんです。
恥ずかしいから大嫌いだと言ってしまうだけなんです。

それに、私がこんなにも横島さんを好きなのに、横島さんが私を嫌いなわけないじゃないですか。