好きじゃない

「罪木さん、僕ちょっと気分が優れないんだけど……」

保健室までついてきてほしくて声をかけたけど、何を勘違いしたのかコイツは僕の顔を見るなり青ざめた。

「ごごごごめんなさい!わ、私がいるからいけないんですよね、私が吐いた空気なんて吸ったら気分も悪くなりますよね、今すぐ呼吸停止するんで許してくださぁい!」
「そんなことより、保健委員の仕事してよ……」
「え?あ、もしかして保健室行くんですか?ごめんなさい、すぐに気付けなくて…なんでもするので許してくださいぃ」
「だから仕事しろって……」

罪木の腕を掴んで立たせたのだが、包帯を巻いている部分を掴んでしまって罪木は痛みで顔を歪めた。

「あ、ごめん…」
「い、いえ、いいんですぅ……私が怪我なんかしてるのが悪いんですから……それより、保健室行きましょう?」

罪木はえへえへと笑って歩き出す。
怪我してるのなんて誰かに殴られたか何かだろう。
可哀想な奴だ。


「あれれ……先生居ませんね、呼んできましょうか」
「罪木が居れば先生なんか要らないだろ」
「そ、そうですかぁ?えへへ…」
「僕は寝る。入室用紙書いといて」

罪木は雑に扱っても後腐れがないから好きだ。
たとえ暴言を吐いて殴ったとしても、先生にチクられることもないし、警察にチクられることもない。
罪木がなぜか謝って、それで終わりだ。

「寝る前に、体温はかってもらえますか?」
「あー、うん」
「今日、朝ごはん食べました?」
「うん」
「今、食欲ありますか?」
「あんまり」

体調のチェックだろうが、正直めんどくさい。
一時間でいいから寝させてくれればこのくらいのダルさなんて無くなるってのに。
すぐ寝れるようにベッドに腰かけて待っているのに、体温計もなかなか鳴らなくてイライラする。

「寝不足ってことないですか?」
「寝不足だよ。昨日は彼女が寝させてくれなくてさ」

大嘘をついてみれば、罪木はきょとんとした後に顔を真っ赤に染めた。
彼女なんかいないってのに、罪木は僕と誰が一緒に夜更かしした想像をしているんだ。

「勝手に僕でえっちな想像して赤面しないでくれる?」
「すすすすみみせぇん!その、あの、野暮なこと聞いてしまってごめんなさい……」
「罪木は本当にえっちだな。そこまでえっちなら僕の友達全員集めて罪木にえっちなことして写真撮ってばらまいてあげようか」
「ややややめてくださぁい!許してくださぁい!恥ずかしいのは嫌ですぅ!」
「嫌なの?僕のこと嫌いなの?残念だなぁ」

罪木は慌てながら、真っ赤だった顔を一気に青くする。
ころころ顔色の変わる罪木が可愛くて、少し体温が上がるのを感じた。

「嫌いなわけないじゃないですかぁ……わ、わた、私、横島さんのこと……」
「あ、体温計鳴った。37.2度だってさ」
「はわわ!?熱があるじゃないですか!今すぐ寝てください!すぐおでこ冷やしますから!」

罪木は水道に駆けて行って、タオル一枚と水を汲んだボウルを持って近寄ってきた。
なんとなく嫌な予感がしたら的中して、罪木は転けて僕に水をぶっかけた。

「わあああ!ごめんなさぁい!!い、今、今すぐ拭きますから!!嫌わないでくださぁい!」

罪木は泣きそうになりながら僕をタオルで拭いていく。
制服はびしょ濡れで、着替えた方が早そうだ。

「自分で拭くから適当にジャージでも出して、着替える」
「はいぃ!」

罪木は慌ただしく動きながら着替えを用意してくれる。
早く寝たいのに煩わせやがって。

「本当にごめんなさいぃ……悪気は無かったんですけど、私がドジでクズでノロマだから……」

ジャージを受け取りびしょ濡れの服を着替えていたのだが、罪木がうじうじ言い出してイラついた。

「言い訳してないで早く僕のご機嫌でもとったらどうなの?」
「そ、そうですよね、すみませぇん……どうしたら許してくれますか?海ガメの産卵のモノマネですか?脱いだらいいですか?体にラクガキでもしますか?」
「もうそれ飽きた。たまには犬のマネでもしてよ」
「犬……ですか、」
「犬のくせに人語でしゃべるなよ」
「わ、わん」

罪木は目に涙を浮かべて床に座り込む。
さっき溢した水が罪木の服に滲んでいった。

「ほら、三回回ってわん」
「はうぅ…………、く…、わんっ」

罪木がどうして僕にここまでしてくれるのかさっぱり解らない。
嫌われたくない、怒られたくない、許して欲しい。それだけのために、ここまで恥を晒せる意味が解らない。

「この犬いい子だなぁ、ほーら蜜柑、いい子いい子」

名前で呼んで頭を撫でてやるだけで、罪木は嬉しそうに頬を染める。
犬扱いされて何がそんなに嬉しいんだ。

「蜜柑、お手」
「わんっ」
「蜜柑、おかわり」
「わんっ」

こんな扱いでも、構ってもらえることが嬉しいのか。
僕だったら犬扱いされたら自殺するよ。

「あれ?蜜柑、犬なのにどうして服なんて着てるの?犬が夏に服なんて着たら暑いだろ。脱いでいいよ」
「わ……」
「蜜柑?僕の言うことが聞けないの?もしかして、僕のこと嫌いになった?」
「嫌いになんか、」
「喋るなよ」
「……わん」

罪木はまた悲しそうな顔で鳴き、シャツのボタンを一つずつ開け始めた。
嫌われたくないというのは、僕だって同じだ。
僕はいつだって罪木に嫌われたくないと思ってる。
でも罪木は何をしても何を言っても僕を嫌わなくて、僕のわがままを聞いてくれる。

「いい子だ」
「くぅん……」

目に溜めていた涙は頬を伝い、罪木は肩を震わせていた。

「蜜柑、何を怖がってるの?僕が怖いの?」
「こ、……わん」

罪木は首を振りながらポロポロと涙を溢した。
別に罪木を泣かせたい訳じゃないのに、泣かれると僕も悲しくなる。

「嫌なら嫌って言っていいんだよ」
「……わん」
「わんじゃ解らないよ」
「……嫌じゃ、ないです」
「嫌じゃないなら泣くなよ」

罪木の太い太ももを踏みつける。
ベッドに腰掛けたままだからそこまで体重はかからないはずだ。

「泣かれると傷付くんだけど」
「ご、ごめんなさいぃ…」
「なんで泣くの」
「すみませぇん……私、弱虫で、泣き虫だから……」
「泣くなよ」

泣き止んで欲しくて罪木の顔に手を伸ばしたら、罪木はビクッと震えて僕を怖がった。
僕はただ罪木の涙を拭いたいだけなのに。涙を止めたいだけなのに。怖がらせたくない。悲しませたくない。嫌われたくない。

「すみま、せん、私……」
「……ねぇ罪木、僕が怖い?僕が嫌い?」

女の子は泣いているときに優しくされると惚れてしまうって漫画で読んだ。
罪木の頬を両手で挟み、真っ直ぐ目を見つめてみても罪木の目には恐怖しか写っていなかった。

「そんなに怖いなら、いつもいつも僕の相手なんかするなよ!」
「す、すみませ、」
「謝るなよ!僕は罪木のすぐ謝るところが嫌いだしすぐ脱ぐところも嫌いだしグズでトロいのも嫌いだし、いじめられてもへらへらしてるのが嫌いだし全部全部全部全部大嫌いだ!」

罪木は口をポカンとあけて、しばらく固まっていた。
嫌われるのが嫌いな罪木のくせに、しばらくすると嬉しそうに笑い出した。

「大嫌いなのに構ってくれるだなんて、横島さんはやっぱり優しいです」
「……そういう気持ち悪いところも嫌いだ」
「えへへ、ありがとうございます」

罪木は嬉しそうに照れ臭そうに僕を見上げる。
その目にはもう恐怖なんて無かったのに、最高に不快な気持ちになった。

「罪木……お前、もしかして、構ってくれれば誰でもよかったのか?」
「ふぇ?だって私は、無視されるのが一番嫌いなだけですから……」

踊らされていたのは罪木ではなく僕だった。
僕のストレス発散でも、罪木は構ってもらえて喜んでいただけだったのだ。
こんな風に二人きりで虐めて、喜んでいたのは僕だけじゃなく、罪木も喜んでいたのだ。
他の皆に集団で虐められるのも、構ってもらえて喜んでいただけ。
構ってもらえるなら、僕じゃなくてもよかったんだ。

「罪木……僕のこと、嫌いか?」
「嫌いじゃないですよ」
「好きか?」
「えへ、好きですよぉ」

構ってくれる人間は誰であろうと好きなんだろう。
どうせそういうことなんだろう。
僕は罪木だけが大好きで、大好きだからこそ二人きりで虐めて脱がせて辱しめてたというのに、罪木は誰でもよかったんだ。

「僕は罪木なんか大嫌いだ……」
「うふふふふふふ」

僕だけを好きでいてくれない罪木なんか、大嫌いだ。