保護観察

「狛枝くん、顔色悪いけど大丈夫?」

いつも病んでるような顔をしている狛枝くんだが、今日はいつもよりも顔色が悪かった。
そしてだるそうだった。

「こんなゴミクズ以下の僕のことを心配してくれるなんて…横島さんは優しいね」
「質問に答えてよ」
「顔色が悪いのは元からだし、何ともないよ」

狛枝くんは力なく微笑む。
弱っている狛枝くんに萌えたりなんかしていない。
しかしこれだけ殺人事件が起きてストレスのかかる生活の中で、みんなから疎まれているのだから、相当な負担だと思う。
西園寺さんも不満を露にした顔で、ほっとけばいいんだよそんなクズ、などと言う始末だ。
他の皆もそんな様子で、狛枝くんに興味が無さそうだった。

「でもさっきからご飯進んでないよね」
「あぁ…全部食べないと僕なんかに残された食材や用意してくれた人に失礼だよね」

狛枝くんはゆっくりと箸を進めるが、ご飯は全然減っていない。
皆が食べ終わってレストランを出ていくのに、狛枝くんは半分も食べ終えていなかった。

「…私は狛枝くんが心配だよ」

弱っている狛枝くんはとても素敵だが、無理をする姿は見たくなかった。
狛枝くんに残されたご飯を、私が代わりに平らげてあげた。

「そんなことしたら、僕なんかの風邪がうつっちゃうよ」
「やっぱり風邪なんだね」
「あ…」
「ごちそうさま」

私は立ち上がって、食べ終えた食器を厨房へと運んだ。
そしてだるそうにしている狛枝くんの手を握って立ち上がらせた。

「…横島さんは優しいね」
「ただの下心だよ。コテージに戻ろう?寝て治すのが一番だよ」
「…ありがとう、僕なんかのために」

私は黙って狛枝くんの手を引いてコテージへと向かった。
狛枝くんの手は意外と大きくて、男だということを再認識させられた。


「お邪魔します」

コテージの中は狛枝くんの匂いでいっぱいだった。
吸った空気を吐きたくない気分になる。

「…ほら、殺すなら今がチャンスだよ」

部屋の扉を閉められる。
狛枝くんはいつものように笑っていた。

「何なら、証拠が残らないような殺され方を僕が考えようか、ちょっと頭の回転が鈍いから一番良い方法が思い付かないかもしれないけど…」
「…早く寝て」
「寝てる間に殺してくれるの?僕が恐怖と絶望を感じないようにしてくれるなんてありがたいね」

狛枝くんは私の手を離してベッドに寝転んだ。
一息ついた顔はやっぱり辛そうだった。

「残念だけど私は狛枝くんを看病したいだけだよ」
「看病…?僕みたいなゴミクズに看病なんかいらないよ、時間の無駄さ」
「無駄じゃないよ。狛枝くんと二人きりでいられる時間なんてそうそう取れないだろうからね。いつ殺されるかも解らないのに」
「…君はクラスメイトのことを信じていないんだね」
「私は私しか信じないよ」

狛枝くんの体に布団をかけてあげる。
夏だけど風邪を引いてるならちゃんとしないとね。

「僕を殺せばこの島から出られるかもしれないのに」
「モノクマの言葉なんか信じてない。出られるとは限らない」
「そっか、自分しか信じないんだったね」
「だったら、今目の前にある現実を、狛枝くんと過ごす時間を大切にしたい」
「…そんなの、大切にする価値なんか無いよ」

狛枝くんの額に手を乗せる。
熱があるようで、熱かった。

「ゴミクズの狛枝くんは私の価値観に口を出さないで欲しいね。この時間と空間は私にとってはとても価値のあるものなんだよ」
「…どうして」
「さぁね。わからないけど、ただ狛枝くんと一緒にいたいだけ」

額に乗せていた手を滑らせて狛枝くんの頬を撫でる。
男とは思えないような、すごく綺麗な肌だった。

「だから、頼まれても殺してあげない。そんな無駄なことをする暇があるなら狛枝くんを眺めていたい。たとえこの島から出られなくても、狛枝くんとずっと一緒に居られるなら構わない。だから私は意地でも生きるし、意地でも狛枝くんを殺させない」
「…こんな、ゴミクズなのに?」
「そう、こんなゴミクズなのにだよ」

狛枝くんは声をあげて笑いだした。
呼吸が辛いのか、咳き込んで笑い止んだ。

「もしかして横島さんは僕と同じで頭がおかしいんじゃないかな?」
「きっとね。普通の頭をしてる皆は狛枝くんなんか相手にしてないしね」
「ひどいなぁ…まぁ僕なんか虫けら同然だから視界に入ったところで嫌がられるだけだしね」
「もう喋らなくていいよ、早く寝て」
「せっかく気の合いそうな子を見つけたのに、寝るなんてもったいないじゃないか」

狛枝くんは私の手を握ってきた。
どういう訳か、とても懐かしい感じがした。

「…狛枝くんと見つめ合うの、初めての感じがしないなぁ」
「そう?僕はこんなに優しい目で見つめられるのは初めてだよ」

狛枝くんの冷めた目も、冷めた手のひらの感触も、匂いも、全てが懐かしく思えるこの感覚は何なんだ。

「じゃあ、こんなに狛枝くんで頭がいっぱいになるのは運命なんだね。私はもう狛枝くんしか見えないよ」
「告白みたいに聞こえて勘違いしそうになるけど」
「うん、ただの勘違いだよ。私は別に狛枝くんが好きな訳ではないからね」
「…そっか、残念」

狛枝くんは私の手を握ったまま目を瞑ってしまった。

「私はただ、狛枝凪斗の存在に依存して執着してるだけだよ。狛枝くんが居るから私は生きていける。狛枝くんは私の希望だよ」
「…まだ会ったばかりなのに」
「運命感じちゃったから」

きっと私の記憶がおかしいだけだ。
狛枝くんのどんな表情を見てもデジャヴが起こる。

「だからね、狛枝くんにできるのはただ風邪を治すことだけだよ」
「そっか、でも無力な僕に他にもできることがあったら何でも言ってよ」
「死なないでね」
「…考えとくよ」


それから狛枝くんは静かになった。
考えとく、なんて発言をして実行してくれる人なんてなかなか居ない。
きっと狛枝くんは、誰かが相談を持ちかければ喜んで踏み台になるだろう。
そんなこと絶対させない、誰にも殺させない。
そのためにも、狛枝くんには私がついてなきゃ。
四六時中、狛枝くんのことを見ていなきゃ。


「私が、守るから…」

いつまでも、見守っててあげるからね。