庶民の意地

「ちくしょう…」

なんだよ田中のやつ、ソニアさんにちょっと優しくされたからってデレデレしやがって。ソニアさんは誰にでも優しいんだよ。俺にはあんまり優しくないけど…。
ソニアさんだって田中とはすっげフレンドリーだしよォ。俺の入る隙は無……

「わっ!」
「ぎゃああ!」

砂浜に座り込んでいたら、突然後ろから脅かされた。バクバクと煩い心臓を押さえながら振り向くと、にやにやと笑っている横島がいた。

「おまっ、何すんだよ!」
「えへっ、びびった?」
「うっせ!」

ソニアさんのショックと今の不意討ちで本気で泣きそうになった。でも男として泣きたくなんかなかったから、せいぜい涙目までで我慢した。

「あれれ〜?左右田、泣いてるの?」
「泣くわけねぇだろ!」

深々と帽子をかぶって海の方に向き直る。
いつのまにか空が暗くなっていたから、これでもう泣いてることなんか見えないはずだ。

「またソニアちゃんのこと?」
「…関係ねぇだろ」
「左右田も頑張るねぇ、相手にされてないのに」

そんなのわかってる。でもあんなに綺麗な人がいたら、誰だって隣にいたいって思うだろ。

「諦めないの?」
「…諦めてたまるかよ」
「そんなにソニアちゃんが好き?」
「そりゃあな。お前と違って美人だし気品あるしスタイルいいし良い匂いするし優しいし」
「左右田には優しくないよね」
「うっせ、うっせ!」

とにかく手の届かない、まさに超高校級の王女だ。そんな人が俺に振り向かないことなんて、わかってる。

「ソニアさんしか見えてないんだね。 まったく残念な童貞だよ」
「な、なんで知ってんだ!」
「え、図星なの?」

しまった。

「左右田はさ、ソニアさんのこと、恋愛対象として好きなの?」
「は?そんなの…」

そうに決まってる。そのはずなのに、そうは言えなかった。なぜか肯定できなくて、呆然としてしまった。

「もし、もしもだよ?ただの庶民なんだけど左右田のことを誰よりも愛してるって子がいて、付き合って下さいってお願いしたとしても、それでもやっぱりソニアちゃんのことしか見えないのかな」

田中と良い雰囲気のソニアさん。
俺をとことん愛してくれる○○さん。

「…そんな子、いたら良いんだけどな。実際居ねぇし」
「ここにいるんだけど」
「どこだよ」
「…私」

は?と横島の方を見てみれば、今まで見たことないくらい女の子らしい表情で頬を染めていた。

「はぁ!?」
「私じゃ、だめ?」

思わず息をのんだ。
ただの友達だと思ってたのに、なんでいきなり女になるんだよ。俺が鈍感だっただけか?

「たしかにソニアちゃんみたいに美人じゃないし気品もないけど、スタイルと匂いと優しさは負けてないって自負しています!」

びしっと言い張って、思いきり抱きついてきた。抱きついてきたというか、俺の頭を包むように抱き締めてきた。
ふわっと良い匂いとともにする柔らかい感触。顔面が初めて触る柔らかい胸に埋もれていた。

「こういう感じなんだけど、どう?私にここまでさせておいて、ソニアちゃん大好きって言える?」

横島は離れて俺と目を合わせてくる。俺は今の出来事を現実だと受け入れるほどの耐性が無くて、前屈みになって目をそらしてしまった。

「…俺、初めてお前のこと女って認識したかも」
「失礼だなぁ」
「お前みたいなのが居てくれるなら、ソニアさんのこと諦められる気がする」
「本当?」
「…だから、なんつーか…」

うまく言葉が出てこない。ちらっと横島を見てみれば、希望に満ち溢れた目で俺の言葉を待っている。俺は横島の期待に答えたい。今からでも、こいつに惚れるのは遅くないのだろうか。

「横島のこと、もっと知りてぇ」
「やっと私を見てくれるようになったんだね」
「悪いけど、返事すんの、それからでもいいか?」
「いいよ。大好きな左右田が私のこと考えてくれる時間が増えるんだからね」

大好きな、とか言われると照れる。つか、女だって思うと急に意識するようになってしまった。

「それで、左右田は私の何を知りたい?左右田にだったら体重もスリーサイズもパンツの色も教えてあげるしホクロの数が知りたいっていうなら全身のを数えさせてあげちゃうよ」

ホクロの数なんて知りたかねぇが、全身の?数えさせてあげちゃうって何だ、まさか全裸で?

「でもとりあえず、もう一回胸触らせろ!」


このあと手に入れた右手の素晴らしい感触と左頬の激しい痛みは、今後忘れることはないだろう。

「いきなり触るなんてどうかしてるよ!女の子には優しくしてくれないかな!?だからソニアちゃんに嫌われるんだよ!」
「お、俺嫌われてんの!?つーか、お前的にはその方が都合良いんじゃねぇの」
「…それもそうだね。じゃあ左右田、もっと変態になってとことんソニアちゃんに嫌われちゃって!そんな可哀想な左右田のことも私が愛してあげるから!だからね、左右田もいつかそんな私を愛してね」

笑いながら抱きついてきて、砂浜に倒れこんだ。横島の甘い匂いと柔らかい体を、きつく抱き締めた。

「左右田の童貞は私がもらうんだからね」

などと小声で変なことを言われ、妙にどきどきしてしまった。
それと一緒に横島の鼓動も早くなっていた。




「まぁ、相思相愛でソニアちゃんなんか目に入らないってなったらの話だけど!」
「これからそうなる予定だから今からお前の部屋行くか」
「ヤりたいだけだろ、この童貞!」