笑顔の裏側

俺の知ってる横島は、いつも明るくてずっと笑っている元気な奴だった。
コロシアイ生活が続くたびに暗くなる皆に冗談を言って笑わせるような奴だった。でもそれは、澪田のような考えの無いただのばか騒ぎとは違う気がして気になった。

「なぁ日向。横島って何考えてんだろーな」
「…さぁ?何も考えてないんじゃないか?」

賢い日向がそう言うんだから本当にそうなのかもしれない。だが俺は真偽を確かめるため、朝食を済ませた後に横島の後をつけてみた。
横島がとぼとぼと歩きながら辿り着いたのは砂浜だった。特に何もする訳でもなくただ遠くを見つめているだけだったので近寄って話し掛けようか迷っていたら、横島は何を思ったのか服のまま海の中へと歩き出した。
止まる様子も無く進んでいくので、俺は焦って海に入って横島を追いかけた。

「お、おいっ!横島!!」
「え…」

横島の腕を掴んで振り向かせると、普段の横島からは想像もできないような悲しそうな顔で泣いていた。ぎょっとして逃げたくなったが、横島の両肩を持って向き合った。

「お前、死にたいのか!?」
「…そんなわけ、ないじゃん」

そうは言うけど、水面はもう横島の胸が隠れるほどの高さだった。一人でここまで来ておいて死ぬ気が無いってのもおかしな話だ。

「このままここにいたら、殺されるかもしれないし、殺すかもしれないんだよ?死にたくないけど、そんなの見るのも、嫌なんだもん…」
「…皆のこと、信じてねぇの?」
「だって、信じたって人数は減ってくばっかだよ?私がどんなに頑張っても、どんなに皆を信じても、状況が悪化してくんだもん。それが嫌だから人目の付かないところで、迷惑にならないように消えようと思ったのに…」

やっぱり死ぬつもりだったのか。日向の言うこともあてにするもんじゃねぇな。

「どうして止めたの?…って、聞くまでもないね。死ぬつもりの子がいたら、殺してあげればその子のためになるし、脱出も出来るかもしれなくて一石二鳥だもんね」
「は?」
「いいよ、左右田くん。いつも優しくしてくれたから、殺されてあげるよ」

横島は涙を流しながら、いつものような笑みを浮かべた。けどいつものような清々しさが無く、不快で堪らなかった。

「ざけんな…」

壊れかけの横島を引き寄せてきつく抱き締めた。いつも明るかったくせに、こんなに考え込んでるだなんて想像も出来なかった。俺はいつだって泣いて逃げているばっかで、何にも向き合ったりしてこれなかったのに。

「あんまり、寂しいこと言うなよ…」
「…寂しい?どうして?」
「知らねーけど、お前がそういうこと言うと、すげぇ苦しい」

いつも横島のこと見てたのに、何にも気付いてやれなかったのが悔しい。明るい横島をこんな卑屈な考えにさせるまで何もしてやれなかったことが悔しい。

「…横島に、死んで欲しくない。殺す気なんてもっとない。俺はまだ、お前と一緒にいてぇよ」

横島が居なくなる。考えただけでもゾッとして、気持ち悪くなった。
横島は俺にとっての希望だというのに、それが無くなったらこんな狂った中で生き続けられる気がしない。

「でも私、皆のこと信じられないし、明るくさせることも笑わせることも、もうできないと思うの。今まであんなにしてきたのに、私がこんなに落ち込んでるところ、見せられない…。暗い姿見せるくらいなら、いっそのこと消えた方が皆のために…」
「笑顔じゃねぇからって横島のいる意味が無くなるわけじゃねぇだろ!俺は、横島が居てくれるだけで生きる希望になってんだよ!」

横島が消えるのが嫌過ぎて、視界がぼやけてきた。これでも男なのに自分が情けなくなって、横島から離れることができなかった。

「だから、お願いだから消えないでくれよぉ…」
「…左右田くん、泣いてるの?」
「うっせぇ…、一人じゃこんな生活耐えられないんだよ」
「…私も、耐えられない」

絶望したように呟かれて、余計に涙が溢れてきた。俺の力じゃ横島の気持ちを動かすことがしてやれないのか。

「泣かせてごめん、泣いてくれてありがとう」

横島は震える声でそう言うと、嗚咽を漏らしながら俺にしっかりと抱きついてきた。自分の腕の中でだけ弱みを見せる横島を、手離したくなかった。

「一人じゃ耐えられないなら、私が居てあげる。だから、左右田くんは泣かないで」
「…もう、消えようとしないよな?」
「うん、消えたら左右田くん泣いちゃうもんね」

自ら消えようとするまで切羽詰まっていたくせに、まだ他人のことを考えてこの世に留まろうとしてくれる。

「私からも、お願い。私も左右田くんに希望を託すから…居なくならないで」
「任せとけ。俺、逃げるの得意だから絶対殺されたりしねぇし。もちろん、クロにもならねぇ」
「…じゃあ、約束しよっか」
「約束?」

横島の腕の力が緩んだので、俺も力を抜いて横島を離す。汚い泣き顔を見られる前に腕で拭ってから横島の顔を見下ろした。

「二人で一緒に頑張ろ?それで、絶対に生きてここから出よう」

いつものような笑顔ではなく、至って真面目な顔でそんなことを言ってきた。横島の真面目な顔なんて普段見ることがなかったから緊張した。

「あぁ、約束する」
「…ありがとう」

横島は柔らかく微笑んでからまた抱き付いてきた。
こんな約束をしたんだから、俺は絶対に生き残ってやる。何があったってこの島から出てやる。

「頼りないかもしれねぇけど…お前のこと、守るから」

誰にも横島を殺させたりしない。絶対に俺が守るんだ。横島のことも、横島の笑顔も。