飛び込んで

ドッキリハウスを脱出してから、俺は気が気では無かった。
脱出後の空腹と渇きを癒してから、しばらく一人で部屋に籠りきりだった。

田中が弐大を殺してくれたお陰であの場所から脱出はできた。田中のお陰で、なんて言ったら弐大に悪いし他の皆にも軽蔑されるだろう。それでも俺は、殺されたのが俺でなくて良かった、生きて出られて良かった、なんて不謹慎なことを考えてしまうクズでしかない。
田中が居なくなったからといってソニアさんが俺に振り向く訳もなく、俺ももうソニアさんがどうだとか悠長なことを言ってられるほどの余裕が無かった。

布団にくるまったまま過ごして何時間経ったのだろうか、扉がノックされる音が聞こえてきた。頭に被っていた布団をどかすと、窓の外に見える景色はもう夕暮れで空が赤かった。

「左右田、寝てるのか?」

扉の向こう側から、心配そうな横島の声が聞こえてきた。
外に出るのが怖い。このまま寝たふりを続けてやろうかと考えた。

「生きてる?」

今日あんなことがあったばかりでまた殺人を犯すような奴がいると思ったのか。それとも、耐えきれず俺が自殺でもしたと思ったのか。

「生きてるよ」
「あ、よかった。もし良かったら、開けてくれないかな」
「…」
「…そこまで信用してない、か」

横島のことを信用してない訳じゃない。この島に来たときからずっと他人のことばっか気遣っていたし、優しいことも解ってる。
それでも扉に近付けないのは、ただ俺が弱いからだ。

「でもいいや、私はただ左右田が泣いてないか確認しに来ただけだからさ」
「…泣いてねーよ」
「そう?ならよかった。体調はどう?」
「万全ではねぇけど、だいぶ良くなった。…てか、体調なんて聞いてどうすんだ。みんな不調に決まってんだろ」
「罪木が居ないから、誰かが代わりに皆の体調気にしないとって思って」

そんなこと言ったって、横島だって元気じゃねぇだろ。それなのによくやるよ。

「今皆のとこ順番に回ってるんだけど、心配なのはソニアと終里…ってとこかな。弐大なんてこれで二回目になる訳だから…本当に、終里は大丈夫なのか心配だ」
「…よく、人の心配なんかしてられるな」
「全員くよくよしてたら前に進めないから、私はしっかりしてたいんだ。嫌な話だが、今生きてられるのは田中と弐大のお陰なんだ。あの二人に助けられた命を、無駄にする訳にはいかないだろ」

俺が怖くて口にできないことを、横島は簡単に言ってみせた。しかも俺のような卑屈な考えではなく、横島は前だけを見ていた。

「だから私は、残りの皆にも生きていて欲しいから心配する。それだけだ」
「お前…怖くないのかよ」
「私が怖いのは殺人が起こってから裁判が終わるまでの間だけだ。クロが存在している時間は怖い。でも今は、クロなんていない。だから怖くない」

皆のこと信じてるってことだろうか。だから何も起こってない今を怖くないなんて言えるんだろう。
俺は怖い。今でも、また知らないところで事件が起きているんじゃないかとか、考え出したらキリがない。
どうして横島はこんなに強くいられるんだ。

「…皆のとこ回ってる途中なんだろ、もういいから次行けよ」
「左右田で最後だから次は無いんだ。煩いようなら帰るけど」
「いや…待てよ」
「ん?何か用でもあった?」

俺は扉に近付いて、ゆっくりと扉を開けた。そこにはやっぱりいつも通りの平然とした顔の横島がいた。

「顔色悪いけど、大丈夫?」
「…うっせぇ」

横島の腕を掴んで部屋に引き込み、扉を閉めて横島を床に押し倒した。暴れられないように跨がって、 上から横島を見下ろした。

「…どういうつもり?」
「なんでお前…怖くないんだよ。どうしてそんなに普通の顔してられるんだよ」
「それはさっきも言った通りだ」
「解ってる。俺も解ってるつもりなのに、しっかりしなきゃいけねぇって頭では思ってても、体が動かねぇんだよ…。怖くて逃げ出したくて堪らねぇ。今だって、自分が何するか解んなくて怖い」

早く逃げ出したい欲求ばかりが募って、横島の首にでも手をかけるのは時間の問題だ。そんなことを考える自分のことまで殺してしまいたいくらいだ。

「私は怖くないよ。左右田が手遅れになるようなことをするとは思えないから、怖くない」
「…俺のことなめてんのか?」
「違う。見れば解る。そんな真っ青で泣きそうな顔で震える声で、何ができるの」

何だよその、俺が何もできないみたいな言い方は。
確かに俺は横島みたいに強くないから出来ることなんて少ししかない。でも、こんな女になめられるほどクズじゃねぇ。

「左右田…強がらなくていいんだよ」
「っ…、うっせぇ!!」

横島はこの状況だというのに俺に向かって手を伸ばしてきた。横島の優しさが苦しくて、その手を叩き払って転がっていたバールを掴んで振り上げた。

「なめんなよ!!」

振り上げたにも関わらず横島は全く動じずに真っ直ぐ俺を見続けた。横島の真剣な眼差しにすら恐怖して、振り上げたバールは床に放り投げることになった。

「…なんで、逃げねぇんだよ。なんでそんなに冷静でいられるんだよ」
「今逃げたら、左右田が一人になっちゃうでしょ」

行き場の無くなった俺の手を、横島は優しく握ってくれた。そんなことされても、胸に湧くのは罪悪感だけだった。

「左右田、そんな辛そうな顔しないで。別に怒ってないから」
「…でも俺、今…」
「何も起きてないよ。強いて言うなら、押し倒されてることが気になるだけだよ」

指摘され、握られていた横島の手を離して横島の上からどいた。横島も起き上がったが、俺は後悔でいっぱいだった。

「…ごめん」

度胸が足りなかったが、横島を殺そうとするなんて。最低だ。

「もう、嫌だ…どうせ俺なんか、何もできねぇ意気地無しだ…」

人を殺して脱出することも、現実逃避のために自分を殺すこともできやしない。俺には何もできることなんか無いんだ。

「そんなに自分を追い込まなくていいんだよ」
「うっせぇ…」

横島の顔なんか見れるわけもなく、帽子を深く被ってうつむいた。俺はいつだって下を向いて生きることしかできないんだ。

「左右田…」
「…俺は、どうしたらいいんだよ…。こんな生活、生きた心地がしねぇよ」
「でも生きてる。私も左右田も。だから私たちは最後まで生き続けるだけだ」

俺は横島に殺意を向けたというのに、それでもまだ俺に向き合ったまま、更に手まで握ってきた。さっきまで手が震えていたのに、それは次第に治まってきた。

「左右田が壊れそうな時は私が支えてあげるから。辛くて泣きたくなったらいつでも私の胸に飛び込んでおいで。怖いことなんて何も無いから」
「…お前の、優しさが怖ぇよ」
「?よく解らないな」

横島が首を傾げている内に、俺はお言葉に甘えて横島に飛び込んだ。男らしく頼もしくて怖いもの知らずなくせして、抱き締めたその体は女の子らしく柔らかかった。

「躊躇わず飛び込んできたのは左右田が初めてだ」
「…他の奴にも同じこと言ってんのかよ」
「女の子にはね」
「…俺男なんだけど」

俺が女みたいにか弱いとでも言いたいのかよ。

「解らないならいいけど、特別扱いしてることに気付いてくれると嬉しいな」

横島は俺を包み込むように抱き締めた。思った以上に安心できて落ち着いた。

「男でこんなに優しくするのは、左右田だけだよ」
「そういうこと言われると、勘違いすんだけど… 」
「そっか、勘違いじゃないから安心して」

じゃあ特別扱いって、そういう意味でとらえて良いのかよ。だとしたら俺が殺意向けたのなんか、最低な行為じゃねぇか。

「あとね、左右田の脱出のために殺されるなら私は大人しくしてるから、さっきのも気に病まなくていいよ」
「気にしないわけねぇだろ…本当にごめん」
「構わないよ。こうして左右田が腕の中に居てくれるだけで何もかもどうでもよくなっちゃった」

横島は更にきつく俺を抱き締めてくる。

「この通り私は大歓迎なので、何かあったらいつでも飛び込んできていいからね」
「…だからって飛び込んだら、お前辛いだろ」
「全然?むしろ興奮する」

横島だって、俺がソニアさんにゾッコンだったのは知らない訳もない。
それなのに興奮って何だよ、略奪愛みたいな昼ドラ展開がお好みか?

「それに左右田、落ち着いたでしょ?」
「おう…」
「ほらね、左右田は落ち着けるし私は興奮できるし、一石二鳥だ」

優しく頭を撫でてくるが、くっつき過ぎて息が苦しかった。息を吸うと横島の甘い香りばかりで充たされて、頭が蕩けそうだった。

「という訳で、左右田だけ特別に、いつでもどこでも私の胸に飛び込んで来てくれていいからね」

俺は誘惑に負けて、横島の言葉に甘えることに決めた。