悩殺

「左右田〜、今日の午後暇かい?」

暇かどうか、男に聞かれて暇と答えてやるほど暇ではない。
今日も採集が終わったらソニアさんをおでかけに誘う予定はある。どうせ誘うまでいけるかどうかは解らんが。

「暇だけど」
「女の子いっぱい誘ってあるんだけど、遊ばない?海で」

海で。女の子の水着姿が拝めるということか?つーことは、ソニアさんもいる?

「というか、全員誘ってあるよ。男も女も。だから他の男もいる」
「なんだ、俺だけじゃねーのか」
「当たり前だろ?なんで左右田ハーレムなんて作ってあげなきゃいけないのさ」
「そーだけどよ」

つーか、横島が居たら俺より横島のがかっけーんだから横島でハーレムできるだろ。

「でも女の子いっぱい来るんだから僕に感謝しなよ?後で誰の水着に一番そそられたか教えてよ」
「んなもん見なくてもソニアさんが一番に決まってんだろ」
「まだ私服姿しか見てない内に判断するのは良くないな。僕は罪木の水着姿に一番期待してる」

確かに罪木も服の上から解るくらいすごいからな。アレに期待とは、こいつなかなかスケベだな。

「というか、ソニアソニアって左右田はソニアが好きなのか」
「…そうだよ。そういうお前はどうなんだよ。罪木か?」
「…え?違うけど、言動で解らないの?」
「お前の言動なんか気にしたことねぇよ。つーか罪木に期待とか言うからそうかと思っただけで」

横島は深くため息を吐いた。しゃーねぇだろ、ソニアさん周辺しか俺は見てねぇよ。

「まぁ、一か八か…この後、僕の本気見せつけてあげるよ。全身全霊で好きな人悩殺してみせるから、よく見とけよ。そしたら嫌でも僕の好きな人は解るはずだからさ」
「悩殺って…。…ソニアさん狙いじゃねぇよな!?」
「違うし左右田の残念ぷりは解ったから黙っとけ」

じゃあまた後でな!と不敵に笑って横島は走り去って行った。そこまで興味がある訳では無いが楽しみだ。



そして午後になり、俺も水着になり砂浜で待機した。ソニアさんや澪田がきゃぴきゃぴと水を掛け合って遊んでいるのをガン見して待っていると、他の奴等も集まってきた。

「あ!横島さん、やっといらしたのですね!水着姿、とっても素晴らしいです!」

ソニアさんが目を輝かせながらそう言った。イケメン朽ち果てろと思いながら振り返ったら、そこに居たのはなんともセクシーな水着を着た横島が…

「あああ!?!」
「どうした左右田、さっそく悩殺されたか?」

今まで男らしく男の格好をしていた横島は、豊かな胸を突き出しながら腰に手を当てた。太陽に照らされる横島の体はどう見ても女のものであり、意味が解らなかった。

「お前、男じゃ…」
「誰がそんなこと言った?左右田の勝手な思い込みだろ」

横島は俺の隣に座ってきた。それでもやはりこの格好に慣れないようで、よく見ると頬を赤らめていた。隣に来られて解るのは、横島の抜群な体型だった。

「さて左右田、僕は言った通りに好きな人の悩殺にかかりたいと思うんだよ」
「そ、そうかよ。で、誰なんだよ」
「…誰だと思う?」

女の子らしく髪を耳にかけて距離を詰めてくる。まさかのまさか、横島は熱っぽい視線で俺を見つめてきた。

「ま、待て、俺にはソニアさんが…」
「ソニアさんなら田中と砂の城作ってるよ」
「何!?」
「でも僕…私には、左右田しかいないんだよ」

ぎゅっと手を握られる。日射しのせいか何なのか、暑くなってきた。

「それでね、日焼け止め…背中届かないから左右田に塗って欲しいの。前の届くところは自分でやるから…手伝ってくれないかな?」

そう言いながら日焼け止めと呼ばれる白濁液をいやらしく胸に垂らし始めた。胸を伝って流れていくそれを見ていたら、思わず生唾を飲み込んでいた。

「いいいい、いきなり女になられても混乱するだろダァホ!!」
「こ、これでも頑張ったのに…。…水着、そそらない?」
「そそるよ!エロすぎて過剰反応起こしてるよ!!うわああああああ」

見ていられなくなって俺は海に向かって駆け出した。もちろん横島が黙って見ている訳もなく、海の中まで追いかけてきた。

「待ってよ!悩殺するからちゃんと見とけって言っただろ!」
「ちゃんと見た!!」
「じゃあちゃんと悩殺されたの!?」
「うっせ、うっせ!されたよ!!お前の水着姿が一番そそるし、悩殺だってされた!」
「やった、成功!」

やたらと嬉しそうな顔でぴょんと飛び付いてきた。水着なだけあって、あり得ない密着だった。

「さて左右田、ここまで来たら僕…私の好きな人、誰か解るよね?」
「…うぅ」
「答え合わせ、したくない?」

答え合わせなんかしなくても、答えなんて解りきってる。この対応を見れば答えは俺でしかない。それでもここで答え合わせなんかしたら、返答を求められる。

「…僕は意地悪だから現実を突き付けるけど、ソニアなら楽しそうに目を輝かせて僕らを眺めてるよ」

チラッとソニアさんの方を見てみると、言われた通りだった。あの顔を見るにソニアさんは俺と横島がくっつくことを祈っているんだろう。どう考えてもソニアさんは俺に振り向く訳がない。

「こら左右田、目の前に左右田のこと大好きな少女が真剣な眼差しで左右田を見つめてるってのに、他の女の子のこと考えるのは失礼だよ」
「…答え自分で言ってるし」
「しまった!」

横島は顔を赤くして目を逸らした。認めたくなかったがもう無理だ、認めよう、可愛い。

「…それで、ソニアはああだけど、それでもまだソニアのことを想い続けてこんなにも左右田を好きな少女を振ってしまうのかな」
「じゃあ逆に聞くけどよ、今までソニアさんソニアさん騒いでた男なのにいきなり横島にデレデレし始めてもおかしくないか?それでもいいのかよ」
「僕に振り向いてくれたっていうなら、何も気にしないよ。悩殺されて振り向いてくれたの?」
「…そうだよ」

なんだかその言い方だと俺が体目当てで横島を選んだみたいで嫌だったけど、実際そうだからしょうがない。
男だと思ったら実は女でナイスバディでなぞりたくなるような骨格で美形で俺のことが大好きで、全く文句の付けようが無い。悩殺されて振り向かない訳がない。

「なら左右田、改めて言うよ。僕の彼氏になって」
「えーと、こんな俺でいいなら…よろしく」

女だってことに気付かないくらい残念な俺なのに、それでも俺を求めてくれる。こんな嬉しいこと他に無いぞ。

「これからは左右田のためにもう少し女の子らしくなれるよう努力するよ」
「どうやって?」
「んーと…服装変えたりとか?」
「ぜひとも骨格の見易い服装にして頂きたい」
「露出を求めてるの?変態だね」
「…そんなとこも好きなんだろ?」

調子に乗ってみたら横島は顔を真っ赤にさせて俺から離れた。

「ぞっこんだよ、ばーか」

余裕たっぷりの顔で笑って横島は砂浜に上がって走り出した。

「どこ行くんだよ!」
「服を着に行く!」
「なんで!?」

横島に近付いたら横島は立ち止まり振り返った。

「これ以上ここに居たら予定外の奴等まで悩殺しちゃいそうだからね」

そう言われ周りを見ると、狛枝や日向までもが物珍しそうに横島を眺めていた。

「だから…二人で抜け出そうか」

不敵の笑みで手を差し出され、誘惑に打ち勝つこともできずその手を握りしめた。握って改めて、横島の手が確かに女の物だということを認識した。

「どきどきしちゃうね」
「お、おう!」
「声裏返ってるよ?」
「ううう、うっせ!」