大嫌い

私はあいつが大嫌いだ。
女々しくて弱々しくて度胸が無くて頼りなくて頭が弱くて。見ているだけでイライラした。イライラして頭に血が上って動悸が激しくなる。

「聞いてよ日向!愚痴らせて!」
「またか…今度は何だ」
「左右田の奴がさぁ…」

毎日毎日、私は左右田の愚痴を日向にぶつけていた。日向と左右田が仲が良いのは知ってる。だからこそ、だ。
女子同士で愚痴を言うと解りもしないくせに同意して一緒になって愚痴を言ってくる。別に、他の奴の愚痴まで聞きたいわけじゃない。
日向なら、私の愚痴を聞いて左右田のフォローをしてくる。それでちょっと言い過ぎた気になって反省して落ち着く。私は気を静めたいだけなんだ。

「私とソニアで喋ってると邪魔してくるし、んで睨むとビビるくせにきゃんきゃん吠えてくるし。ソニアとの話は中途半端で終わっちゃうし、鬱陶しい」
「左右田も仲良くしたいんだろ」
「そんなにソニアが好きなら早く告って振られろっつーの」
「いや、ソニアじゃなくて横島と」
「あ?」
「だから、話を聞く限りだと左右田はソニアじゃなく横島と喋りに来てるようにしか思えないぞ」

日向は変わったことを言い出した。そんなわけ無いだろうが。私は左右田が嫌いなのになんで左右田が私と仲良くしたがるんだ。

「頭大丈夫か?」
「横島に言われたくないな」
「どういう意味だよ」
「解らないなら考えろよ」

日向はたまに全てを見透かしたような態度で意地悪を言う。だけど答えは考えても解らない。

「この前な、左右田に言ってやったんだ。横島が毎日左右田の話ばっかりしてきてうんざりしてるって」
「お前…愚痴ってること本人に教えんなよ」
「悪いな、でも左右田、喜んでたぞ」
「は?ドMなの?ますます気持ち悪いな」

左右田に対するマイナス評価が増えていく。こりゃもう命助けられるくらいのことされてもプラスにはならないな。

「まだ気付かないのか?」
「何に」
「横島、毎日左右田の話してるんだぞ?」
「そんなのアイツが毎日気にくわないことしてるからだ」
「なんで毎日左右田のことばっかり見てるんだよ」
「そんなの、アイツが私の目につくような苛立つ行動するからだろ」
「お前、左右田のこと見すぎだぞ」

言葉が出てこなかった。反論ができなかった。

「嫌いなら見なければいいだけだろ?なのになんでそんなに左右田が気になるんだよ」
「…何が言いたいんだよ」
「胸に手当てて考えてみろよ」
「なんだ日向、やっと胸筋触らせてくれるのか」
「自分の胸に決まってんだろ」

言われるがままに胸に手を当てる。胸が無くて空しくなった。

「じゃ、しばらくそこで考えてろ」

日向はさっさとどこかへ行ってしまった。暇なのに一人にされても困るのに。

「なんだよ日向、行っちまったのかよ」
「あ?」

日向と入れ替わりで左右田が現れた。左右田なんかと喋りたくないのに、左右田は私の横に座ってきた。

「横島、日向と何喋ってたんだ?…つか、なんで自分の胸触ってんだ」
「関係ないじゃん…相談してただけだ」
「あー…日向の奴、胸囲あるもんな」
「殺すぞ」

胸から手を離す。男が女子の胸について勝手にコメントすんな。

「じゃあ何の話だよ」
「左右田に関係無いだろ」
「関係有るんじゃねーの?横島が俺の話ばっかしてくるって日向が言ってたけど」

左右田はにやにやしながらそんなことを言ってきた。内容が愚痴だとも知らずに暢気な奴だ。

「お前見ててイライラするから、日向に愚痴ってただけだ」
「イライラするなら見んなよ」

ほら、また反論できない言葉をぶつけられる。私だってなんでそこまで左右田を見てるか理解できない。

「そこまでして見たいってことは俺に気があるんじゃねぇの?参ったなー、これがツンデレってやつかー」
「それは違う!!」
「お、大声出すなよ…」

そうやってまたビクビクする。その弱そうなところが大嫌いなんだ。

「てゆーか、お前ソニアに惚れてんだろ?鬱陶しいから私がここにいる間にソニアんとこ行ってこいよ。いつもいつもソニアと喋ってると割り込んできて迷惑なんだよ」
「め、迷惑…鬱陶しい…」

左右田はちょっと涙目で、泣きそうなのか知らないけど帽子を深く被り直した。さすがに男を泣かせるなんてことしたくないからあんまり悪く言えない。

「つーか、確かにソニアさん綺麗だから近付きたいけど、割り込むのはソニアさんじゃなくお前目当てだっつーの…」

ベンチの上だというのに左右田は体育座りをして縮こまった。
というか、私目当て?じゃあソニアはどうした?

「どういうことだ、説明しろ」
「…だってよぉ、お前、俺のこといろいろ誤解してるみたいだし。誤解されたままは嫌だから、話せば解ると思って話に割り込んでみたんだけどよ…なんだよ迷惑って…泣くぞ…」
「何が誤解だ。女々しいのは今話してはっきり解ったぞ」
「それじゃねぇよ!てか女々しくねぇよ!だから、その、あの、えっと…」
「はっきり言えよ、そういうところが嫌いなんだ」
「俺はべつにソニアさんに惚れてるわけじゃねぇってことだよ!…ってか、俺のこと嫌いなのか!?」

左右田がなんでソニアに惚れてないってことを主張するのか。なんで私に嫌われてると知って驚くのか。
ますます左右田のことが解らなくなってきた。

「…混乱するから今後話しかけないでくれる?」
「はっ!?いや、なんでだよ!」
「お前が女々しくてはっきりしなくて訳解んないから混乱するんだ」
「俺解りやすいってよく言われるんだけど、何が解んねぇんだよ」
「…全部」

左右田なんかと話していたくないのに、この場から離れる気が起きない。相変わらず頭に血が上って思考回路はショート寸前で、動悸が激しい。

「…まぁいいや。俺、本格的にお前に嫌われてると思ってたから今だって逃げられると思ってたけど話できてるし。問題無いな」
「本格的に嫌いだけど」
「でも逃げねぇじゃん。俺さ、お前と仲良くしてみてぇんだよ」

珍しく左右田がはっきり物を言いやがった。これだけ嫌いだと伝えてるのに仲良くしたいだなんて。

「日向と仲良くできるってことはお前良い奴なんだろうし」
「…物好きな奴だな」
「お前こそ。嫌いとか言いながら俺のことばっかり見てたくせに」
「変な言い方すんな」
「事実だろ?だからさ…って、顔赤いぞ?」

日向の言いたいことがよくわかった。私が左右田を見るのは嫌いだからじゃないということだ。
仲良くしたいと言われてこんなに気が晴れたのは、左右田が嫌いじゃないからだ。左右田のこと見すぎという事実をぶつけられ困るのも、左右田が嫌いじゃないからだ。
嫌いというよりむしろ…。

「左右田うざいけど、しょーがないから友達になってやる」
「おっ、そうか!じゃあ早速だけどどっか遊びに行こうぜ!」
「ふっ、二人でか!?」
「二人じゃなきゃ誰が居るって言うんだよ」
「い、いや、良いんだ。行こう」

あんなにも嫌いだったはずなのに。遊びに誘われるだけで楽しくて嬉しくてしかたがない。

「せっかくだし日向でも誘うか!さっきまで居たんだしその辺にいるだろうし!ついでにソニアさんも誘って…」
「やっぱりお前なんか嫌いだ!」
「なんで!?」