くんかくんか

「や、やめろよ…ひぃ、っ…ぁ」
「うるさい、静かにしてて」

俺は女子に押し倒され攻められるのは初めての経験だった。
抵抗も虚しく床に抑えつけられ、つなぎのチャックを下げられる。
そんな薄い本みたいな展開が起こったきっかけは、数分前にこの女とすれ違ったことだった。


「よぉ横島、おはよー」
「うん、おはよ…う?」
「ん?どうかしたか?」

すれ違い様に挨拶を交わすと、横島は険しい表情で俺を見つめたまま立ち止まった。
何かと思って俺も立ち止まると、横島は距離を詰めてきた。

「左右田…ちょっといいかな」
「お?」

横島は俺の肩に手を置き、顔を近づけてきた。
俺にはソニアさんという心に決めた人がいるのに困る!と思いつつぎゅっと目を瞑った。
なのに何かが俺に触る感触が無い。
耳元で鼻息が聞こえてきてぞくっとして目を開けると、横島は俺の髪あたりの臭いを嗅いでいた。

「ななな、なに、何してんだよ!」
「うるさい」

ぼそっと呟かれてまたもやぞくっとした。
今度は俺の胸板に顔をつけて引っ付いてきた。
ソニアさん一筋という信念がねじ曲がるほどにドキドキした。

「左右田…くさい」
「は?…は!?」
「いや、左右田自体はいい匂いなんだけど、この服がくさい」
「あー…風呂は入ってるけど、洗濯はしてねぇからな」

それを聞くと横島はパッと俺の服から手を離した。
そんなに嫌がらなくてもいいのに。

「臭い左右田なんて嫌だ、洗濯するよ」
「いや、俺は別に気にしないし」
「周りが不快でしょ!」

と一喝され、手を引かれて俺の部屋まで連れ戻された。
部屋に着くと手を離されて、少し惜しいと思ってしまう。

「洗ったげるから脱いで」
「いやいや、女子にそんなことさせる訳には…」
「臭いの我慢するより楽だから」
「そんなに臭いか?」
「臭い」

ドアを閉められ逃げられなくされる。
俺の部屋なのに逃げ出したいだなんて。

「早く」
「脱ぐの恥ずかしいし…」
「左右田の体はもう海で見たから一緒でしょ」
「じゃあお前も脱ごうぜ。そしたらお互い様で」
「女子と男子の下着姿の価値を一緒にするな!」

男だからって女子と二人きりの密室でつなぎ脱いでパンツになるのはちょっとなぁ。
そんなことお構い無しに横島は俺のつなぎのチャックを掴んできた。
急いで横島の腕を掴んだけど、横島は不快そうに俺を見上げた。

「なんで脱ぎたくないの?」
「恥ずかしい!」
「男なのに」
「男がパンツ姿で女子と密室なんて、だめだろ!?何て言うか、その、だめだろ!!」
「…左右田えっちぃ」

説明しても印象は悪くなるばかり。
どうしろってんだ。
迷っていたら横島の手から力が抜けたから、俺も手を離す。
すかさず胸ぐらを掴まれ、足を払われ、尻餅をついた。

「いってぇ…」
「ごめん、後で撫でてあげるから今は大人しく許して」

打ったの尻なのに撫でるのかよ。
余計なことを考えていたら肩を押されて、背中と頭が床についた。

「横島さん、目が本気なんすけど…」
「それは左右田が本気で臭いから」
「うっ…泣くぞ 」
「そんな暇あるなら脱いで」

横島は俺の腕を抑えつつ片手でチャックを開けようとした。
それを防ぐために空いてる手で抵抗しようとしたら、その手を噛まれた。
横島は何が何でも俺を脱がせたいらしく、くわえた人差し指と中指に歯を立てて離さないようにしていた。
横島の口内は温かく湿っていて、舌の感触が直に伝わってくる。
俺が軽く興奮を覚えている隙に、片手でやりにくそうに少しずつチャックを下げていく。

「や、やめろよ…ひぃ、っ…ぁ」
「うるさい、静かにしてて…」

指をくわえたまま喋るので呂律が回っていなかった。
しかし喋るたびに俺の指が舐められ吐息が伝わってくるのが妙にエロかった。
このまま脱がされてもいいかとも思ったが、この軽い興奮状態で女子に脱がされたら俺はどうなるんだ。
耐えられるのか?

「いやいや、まずいだろ」
「…なにが」

度胸不足だから襲いかかることは無いにしろ、人として終わる展開になる可能性がある。
抵抗するべく、何の拘束もされていない足でどうにかしてやろうと動かしたら、横島の太ももを擦ってしまったのか、横島は小さく声を漏らして俺の指に再度歯を立てた。
おまけに俺の右足は横島の両足に挟まれて身動き不可能になってしまった。
せっかく横島は生足なのにそれを直に感じることができなくて残念だ!!

「えっち…」

だから指をくわえたまま喋るな。
というか喋ってる間なら噛まれてないから指抜けるな。
服を脱がすのに手間取っている間にもう一度喋らせれば手が空くから抵抗できるはずだ。
何か言わせるため、空いている指で横島の頬や唇を撫で回した。
柔らかいし滑らかで、癖になりそうだ。
あまりにもしつこく撫でていたら、指を思い切り噛まれた。

「いってぇ!!」
「ばか!くすぐったい!!」

大口を開けてくれたお陰で手が自由になった。
だが直ぐにその手も床に押さえつけられた。

「おいおい、両手抑えてたら脱がせらんねーだろ」
「だって左右田が…手塞いでなきゃえっちぃから…」
「お前が脱がせようとしてくるからだろ!」
「だって臭いんだもん…」

よく見たら、四つん這いの横島の胸元は隙だらけで下着が見えていた。
大人しそうな顔をしていながら、真っ黒な下着だった。
そして綺麗な鎖骨に釘付けになった。

「でも、左右田が臭いくらいなら、今脱がせて洗うまでの過程がどんなに酷くても大丈夫だもん…」

横島はなんと、今度はチャックを口にくわえた。
それで一番下まで下げられたらお前の顔の位置が俺のどこに来ると思ってるんだ。
絵面がひどいだろ!

「それはダメだって!」

もう強行手段をとるしか無いと思い、力一杯動いて横島を床に転がし、その上に俺が覆い被さった。
これだけの動きなのに、俺のチキンな心臓は口から飛び出しそうなくらい激しく動いていた。

「や、やめてよえっち…」
「うっせ!そもそも、なんでお前は…そんなに俺の服が洗いたいんだよ…」
「だって…こんな、こんなに胸がドキドキして張り裂けそうなシチュエーションになった時に、左右田の服が臭かったら萎えるじゃん…」
「…そんなこと考えて脱がせようと思ってたのかよ」

つーか、ドキドキしてんのはこいつもかよ。
なんだこれ気まずい。
解放してやった方がいいのか?

「でもね、一つ気付いたの。こんなにおいしいシチュエーションがきたら、臭いのを理由に脱いでもらえるってことに」
「…人前じゃ脱がねーよ」
「…でも今、私と二人きりだよ。だから…脱いでも、いいんだよ?」

頬を赤らめてそういうこと言われると、ぞくぞくする。
横島を押さえ付ける手に力がこもる。

「…これじゃ私も左右田も動けないからつまらないよ。座ろうよ」
「お、おう」

俺もこの体制で居続けるのは死にそうだったから、横島から手を離して起き上がった。
続いて横島も起き上がると、また俺との距離を詰めてきた。

「脱いでくれないから、強行手段をとるよ」
「さっき以上の強行手段なんかあんのかよ…」
「ある」

横島は突然、俺に抱きついてきた。
ふわっと良い香りがして、体に柔らかいものが押し付けられる。
首に顔を埋めてきたと思ったら、首筋を舐められた。

「おい!?」
「左右田…早くぅ」

襟元からつなぎの中に手を入れて脱がせようとしてくる。
やられっぱなしも癪だから、横島を思い切り抱き締めた。

「…左右田臭い」
「もう我慢できねぇっての」
「…左右田は我慢できないけどチキンだからこれ以上のことすることもできないでしょ」
「うっせうっせ!」

完全になめられてる。
でも事実だからどうしようもない。

「だから…チキンじゃない私が、ハグ以上のことしてあげるよ」
「あ?」

大胆にも、横島は俺の唇をあまがみしてきた。
ここまできたら確信するしかない。
横島は俺のことが好きだ。
そうでなきゃこんなことしないだろ。
悶々と考え事を続けていたら、布の擦れる音と共に俺のつなぎが脱がされた。

「ふふ…これでやっと左右田本体の匂いが嗅げる」
「え…えっち!」
「どこが?」
「お前、痴女かよ!ききき、キスして、脱がせて、匂い嗅ぐって…変態!スケベ!!」

何を言っても横島は大して表情を変えない。
俺がこんなに、赤面してるってのに。

「しょうがないでしょ。大好きな左右田が服洗わないせいで皆に臭いって言われるの嫌だもん」
「…大好きな?」
「大好きな左右田」
「…まじで?」
「本気じゃなきゃ今日の行動は何だと思うの?ビッチじゃないんだから」

俺にもやっと青春がきたのか…
感動しすぎて泣きそう。

「それじゃ、続き…しよっか」
「続き!?ままま待て待て待て!俺らまだ高校生だし!続きとか、そんな、まだ、健全なお付き合いでないと…」
「何を勘違いしてるの?続きって、洗濯のことなんだけど」
「…えっ」
「ほら早く。つなぎを完璧に脱がせるのは女子として抵抗があるから自分で脱いで」

期待して損した。
いや、損はしてないな、横島の気持ちが聞けたんだし。

「それに、誰が付き合うなんて言った?」
「は!?だってお前、大好きだって…」
「左右田の気持ちを何も聞いていないのに、私が好きだから付き合うってのは自分勝手すぎるでしょう」
「…お、俺は」

自分の気持ちを伝える。
横島も真剣な顔で待ってくれているのだが、言葉が出てこない。
俺はどこまでチキンなんだ。

「まぁいいや」
「は?」

またもや簡単に押し倒され、ずるずるとつなぎを完全に脱がされた。
恥ずかしい。

「洗濯したら戻ってくるから、それまでに返事考えて綺麗な服着て待ってて」
「う…うん」
「良い返事…期待してるよ」

横島は俺のつなぎを抱え、スカートをひるがえしながら去っていった。
横たわっている俺の横を通っていくものだから、スカートの中の真っ黒い下着がよく見えた。
横島を驚かせるくらいの決め台詞を今のうちに考えといてやらなきゃな。