奪いたい

「ソニアさーん!」

アイツはまたしてもあの子の名前を口にする。
私のことはいつも名字で呼ぶくせに。
私のことは見向きもしないくせに。
いつもいつも、あの子のことばかり。

「ちぇ…田中め…」

そしていつものように、あの子はハムスターに目を輝かせながら去っていく。
余り者のアイツはその流れでいつも私のところにやってきて、当たり前のように私の隣に座ってくる。
未練がましく、目はあの子の姿を捉えたまま。
その内に、あの子たちは公園から姿を消した。
あの子しか見ないようなこんな目は潰してしまいたい。
でも私はあの鋭くて弱々しい目が大好きだから、潰すことなんてできやしない。
腹が立って傷付けたくもなるのだけど、好きなものを傷つけることができるほど、私は馬鹿じゃない。

「いつまでソニアソニア言ってるの」
「そりゃあ好みドストライクな女性がいたらお近づきになりたいだろ?」
「ソニアは迷惑してるってのに」
「迷惑なんかしてねーよ!」

この馬鹿は変にポジティブで現実を認めようとしない。
下心を持ったやつがソニアと仲良くなれるわけないだろう。

「迷惑してるから田中のところに逃げるんでしょ」
「あ、あれはハムスターが好きだからそっち行っちゃうだけだ!」
「左右田はハムスター以下ってことだよ」
「んぐっ…」

素直に現実を認めてソニアを諦めてくれればいいのに。
ソニアの何がそんなに左右田の心を縛り付けるというんだ。
王女と言えどもソニアは私と同じ高校生だ。
私はそんなにもソニアに劣っているというのだろうか。

「私だって迷惑だよ。いつもいつも、ソニアにふられた左右田の相手しなくちゃいけなくて、ソニアの話ばっか聞かされて、田中の悪口聞かされて…。なんで私がふられた左右田なんか慰めなきゃいけないの」

好きな人の好きな人の話なんて聞きたくない。
一緒に居られて会話ができるのは嬉しいけど、それだけが辛くて堪らない。

「そ、そんなに言うならお前も誰かと遊んでればいいじゃねーか。他に友達いるんだしよぉ…。いっつもちょうど良いタイミングでお前が居てくれるから絡みに行ってたのに…迷惑かよ…」

左右田は驚くほどに悲しい顔をした。
私なんかが迷惑と言っただけなのに。
左右田が私のために悲しんでいると思ったら、凄く興奮した。

「…なんか、悪かったな。迷惑なのに話しかけちまって。俺はお前と喋るの楽しかったんだけど」

喜ぶのも束の間、左右田は立ち上がりそのまま立ち去ろうとした。
このままだと左右田と話せなくなる気がして、急いで左右田の服を掴んだ。

「…どこ行くの」
「だって…迷惑なんだろ?」
「最後まで話聞いて」

無理に引っ張って隣に座らせる。
どさくさに紛れて手でも握ってやればよかった。

「私はただ、ソニアの話されるのが嫌なだけ」
「ソニアさんのこと嫌いなのか?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ何で」
「何で解らないの」

思わず舌打ちをしてしまう。
ビビりな左右田はビクッと肩を震わせた。

「どうしてソニアしか見ないの」
「ソニアさんが、す、すす、すき、だから…」

またしても舌打ちが出る。
自分の醜さにも腹が立つ。

「どうしてソニアがいいの」
「金髪美女が好みだし、綺麗だし、性格良いし…」
「ソニアと付き合えると思うの?」
「可能性が無いわけじゃないだろ!?」
「どうしてそう思うの?」
「…だって俺男だし」
「こんなに女々しいのに?」
「女々しくねーし!」
「ソニアは左右田のこと見ないのに?」

左右田が私を見ないように、ソニアも左右田のことを見ていない。
みんな自分のことで手一杯で、誰が自分を見ているかなんて全く気にしていないんだ。

「俺をいじめて楽しいかよ…ちくしょう…」

左右田は軽く涙目になっていた。
ごめんと謝るにはまだ早い。

「左右田が無関心だから、いじめたくなっただけ」
「何に無関心なんだよ」
「無関心だから何に無関心なのか気付かないんでしょ」

左右田は私に興味が無い。
そんなこと、初めからわかっていた。

「私は左右田のことずっと見てた」
「は?なんで」
「左右田がソニアを見るのと同じ理由だよ」
「…は!?」

想像通り、左右田は驚いた声を出す。
やっぱり私の気持ちなんか、気付くわけないよね。

「派手なところはあんまりだけど、左右田の造形は好きだし、性格も好き。ソニアソニアって言ってるとこ以外は全部好き。女だから、左右田と付き合える可能性もちょっとくらいあるかなって思ってた。左右田は私のこと見てくれないけど…」

こんなに好きなのに、それでも左右田はソニアがいいんだろう。
私が思いを伝えたところで叶うはずもない。
この程度で私に飛び付くような軽い男だったとしたら、私の方から願い下げだ。
たとえ相手がソニアだとしても、私は一途な左右田が好きなんだ。

「お、俺、横島のことそんな目で見たことねーよ…」

解っていたことなのに、心にグサリと突き刺さる。
でもそれはきっと、ソニアが左右田に対する気持ちと同じなんだろう。
左右田がそれに気付くのはいつだろう。

「知ってるよ。そのくらい、見ればわかる」
「…それに、俺が好きなのソニアさんだし…」
「それも、知ってる。見ればわかる…」
「…ごめん」

左右田は今にも泣きそうなほどに目に涙を浮かべていた。
どうして振る方がそんな顔をするんだ。

「なんつーか、俺が何言っても、ソニアさんも俺のことこう思ってるんだろうなーとか思ったら、辛くなってきた…」
「…そうだね。ソニアも左右田のことそういう目で見てないし、左右田よりハムスターが好きだからね」
「お、追い討ちかけんなよぉ…」

弱虫な左右田。
泣きたいのは振られた私の方だというのに。

「左右田のこと見てくれないソニアのこと、いつまで追いかけるつもりなの?」
「…」
「私だったら…左右田のことだけ見てあげる。左右田のことだけ愛してあげる。それでも…私は左右田の視界に入ることはできないのかな」

左右田の手に触れ握ってみる。

「ねぇ、私じゃだめ?」

左右田の顔を覗きこんでみると、鋭い目と視線が交わる。
きっと左右田は困っているんだろう。
受け入れたら、ソニアさんを完全に諦めることになる。
断ったら、私との関係が気まずくなるし、ソニアが振り向かない現実が残る。
弱々しい左右田にこの難問はまだ早かったかな。

「今すぐ決めなくていいから、私が左右田を好きなことは覚えておいて」

押しに弱そうだから強引な手に出てみよう。
嫌われるのは嫌だから抵抗する間を与えながら慎重にゆっくりと左右田の体に腕を巻き付け抱き付いた。
いつ誰に見られるかは解らないが、私としては見られてしまった方が左右田に逃げ道が無くなって都合がいい。

「私、待ってるから…」

どんなに時間がかかっても左右田を振り向かせてみせる。
ここまできたら後には引けない。
左右田の心からソニアを消してやる。
左右田に興味の無いソニアなんかに、左右田を渡してやるものか。
いつか絶対に、左右田を私のものにしてみせるんだから…。