可愛い君が

いつもは皆同じような時間に寮のお風呂に入って仲良く過ごすんだけど、今日は違った。私が個性の特訓のために一人で残って頑張ってから、一人で大浴場に入った。それが珍しくて新鮮で楽しかったのは確かなのだが、それ以上に珍しくて新鮮で胸が高鳴るものに、出くわしてしまった。

「わ、横島、風呂上がりだ」

飲み物が欲しくて共同スペースへ行くと、上鳴たち男子数名がソファで談笑していた。上鳴の「風呂上がり」という単語に反応したのか、皆してこっちを向いた。特に峰田くんの反応速度が尋常じゃ無かった。切島くんも風呂上がりなのか、いつもの固そうな髪が全て降ろされていた。それが珍しくて、なんだか可愛くて胸が高鳴った。

「一人なんて珍しいな!」
「特訓してたら遅くなっちゃってさ」
「せっかくだしちょっと話さねー?」
「えー、うん、まぁ、いいよ」

どうせ暇だし。とりあえず飲み物を用意しようとキッチンに向かうと、背後で「上鳴ナイス!」と峰田くんの声がした。何がナイスなのか知らないけど、峰田くんの横には座らないでおこう。
紙パックのリンゴジュースを持ってソファの方へ行けば、上鳴くんの横が空いており、そこに座って欲しいのかポンポンとソファを叩かれたから、大人しくそこに腰かけた。

「みんなで何の話してたの?」
「ん?恋バナ!」

上鳴くんは笑顔でそう答えた。しかしこの場にいるのは上鳴くん、峰田くん、切島くん、爆豪くんだ。どうも恋バナをしていたとは思えない。

「……ちなみに、誰の恋バナだったの」
「秘密!横島が教えてくれたら教える!だから教えてくれよ、なっ?」
「なっ?じゃないでしょ」

どうせ恋バナなんて嘘だろう。この中でまともにそういう話をしそうなのは切島くんと、強いて言うなら上鳴くんだ。

「横島好きなやついねーの?」
「それをよくこの人数居るなかで聞けると思ったね」
「どうせ轟とかだろ、顔的に」
「上鳴くんほんとは私の恋バナ興味無いでしょ」

確かに轟くんは顔が良い。恐らくクラスで一番イケメンだし、女子はみんなああいうの好きなんだろうなぁ、と思わせるような顔をしている。

「顔だけで判断するわけないじゃん」
「おっ、そういうの聞きたかったんだよ!ちなみに横島は男をどこで判断すんの?」
「……熱いハート」
「見えねぇ!!」

だから見た目で判断しないんだってば。

「具体的にはどういう男が好きなん?」
「そんなこと聞いてどうするの」
「へー、って思う」
「それだけ!?暇なの?」
「おう!」

知っては居たけど上鳴くんはアホだ。暇だからといってどうでもいい女子の曖昧な恋バナを聞いて何が楽しいんだ。爆豪くんそのうち飽きて帰っちゃうんじゃないの。

「ちなみに俺は、可愛い子が好き!」
「でしょうね」
「オイラは顔より体だな」
「最低」

このままだと恋バナではなくゲスい話になりそうだ。ていうかどうせ聞くなら爆豪くんや切島くんの話を聞きたい。爆豪くんはあくびをしていたから切島くんに目をうつせば、ぼーっとこちらを見ていたその瞳と視線が交わった。

「切島くんは?」
「へ?何?」
「何じゃなくて、好みのタイプ」
「お、俺も言わなきゃいけないのか!?」
「教えろ教えろ!」

急に話を振られて焦る切島くんは少し可愛い。いつもと髪型が違うのと、いつもの元気で男らしい時とのギャップで余計に可愛く見えた。

「俺は、優しい子かな」
「フツー!」
「普通って言うな!」

普通のことしか言っていないのに照れて頬を染める切島くんは可愛い。なんだろう、さっきから切島くん可愛いな。

「ば、爆豪はどうなんだよ!」
「あ?興味ねぇ」
「つまんね!」

無理矢理爆豪くんに話を振っていたけど、まぁそうなるでしょうね。恋愛に興味あったらもう少し人に優しくしていそうなものだ。

「それで、横島は?」

しまった、私の番が回ってきてしまった。

「……可愛い子」
「……は?横島、女子好きなん?」
「や、そうじゃなくて、」
「可愛いってもしかしてオイラのことか!?」
「峰田くんはサイズが可愛くても男らしい熱いハートが見られないので残念ですが」

丁寧に拒否したら峰田くんは黙って空を見つめるようになってしまった。申し訳ない。

「可愛くて男らしい熱いハートってどんなだよ」
「どんなだろう、好きな人居ないからイメージ湧かないんだよね」
「まず男で可愛いって何?」
「えー。たとえば峰田くん見た目は幼くて可愛いでしょ?上鳴くんだと、えーと、笑顔とか可愛い。あとかっこつけてるくせに自分の電気でアホになるとこ可愛い。爆豪くんは…………えっと、か、可愛くは、ないかな?」
「当たり前だろうが」

あ、よかった、怒られずに済んだ。

「あと切島くんだと、今のお風呂上がりの髪型いつもと違って可愛いし、上鳴くん同様笑顔とか可愛い。恋バナで照れちゃうとこ可愛いし、B組の人と個性かぶって気にしてたとことか、目のとこの傷跡ついちゃった理由とかも可愛いなって思う」
「お前どんだけ切島のこと可愛いと思ってんだよ」
「え」
「茹で蛸みてぇになってんぞ」

爆豪くんにそう言われ、私別に顔熱くないけどと思って爆豪くんを見れば、私ではなく切島くんに目を向けていた。切島くんの顔は、普段見たことの無いような赤色に染まっていた。

「おいおい、男らしさ求めてる男が可愛いって言われて照れていいのかよ」
「や、だって、可愛い男が好きって話のあとに可愛い可愛い言われまくったら、て、照れるだろ!」
「あ、たしかに。横島って切島のこと好きなん?」
「そうなの!?」
「いや自分のことだろ聞き返すなよ」

現在進行形で照れて真っ赤な切島くんは確かにめちゃくちゃ可愛いわけだが、好きなの?たしかに切島くんは可愛いし、それに男らしく熱いハートも持っている。私がなんとなくあげた好みにぴったりあてはまっている。

「好きとか、解んないけど、とりあえず切島くん、一番可愛いと思う……」
「おおー!ちなみに切島は!?横島可愛くて優しいしタイプなんじゃね!?」
「ほ、本人目の前にして言わせんのか!?」
「横島は切島の目の前で可愛いって言っただろ!ここは切島も男らしく、な!」

どんなそそのかしかただよ。誰も恋していないからってこの場で無理矢理恋愛感情を作り出そうとするなんて。

「いや、まぁ、横島は可愛いし優しいと思うけど」

うわ、ちょっと待って、切島くんの口から可愛いって言葉聞こえたけど幻聴じゃなくて?上鳴くんならまだしも、切島くん?え?

「リア充するならよそでしてくれよぉ!!」
「横島も茹で蛸だな」

可愛いだとか言われたせいか、顔がめちゃくちゃ熱くなってきて上鳴くんに指摘された。そのせいか、峰田くんは叫んで飛び出して行ってしまったし、何この状況。

「よし!恋のキューピットになれたっぽいし、爆豪!部屋戻ろうぜ!」
「チッ」
「は!?ちょ、おめーら仕組んでたのか!?」
「まぁまぁ!俺らは消えるからあとはお二人でごゆっくり!」

上鳴くんと爆豪くんも共同スペースから出ていってしまって、広い空間に二人ぽつんと残されてしまった。上鳴くんが居なくなり静かになったせいで、自分の心臓がうるさくなっていたことに気付かされた。


「な、なんか、ごめんな?巻き込んじまって」
「いや、別に……大丈夫、うん」

お互い真っ赤になってしまったせいで、恥ずかしくてうまく目を合わせられない。どうしよう。

「……ほんとは、横島から好みのタイプ聞き出して終わるはずだったんだけどな」
「…聞き出す予定は立ててたんだ?」
「あっ」
「……それって、その、なんというか、あの……」

もしかして、私のことが好きだから、私の好みを知りたかったとか?自惚れかとも思ったが、切島くんは言いにくそうに手で口許を覆った。

「こんな聞き方まじで男らしくねぇと思ったけど…ちょっとでも、横島のこと知りたくて」

切島くんがそう思ってて、恋バナを振ってきたのが上鳴くんてことは、そういう相談を上鳴くんにしてたってことだよね。

「……その、自惚れだったら笑って欲しいんだけど、私が来る前、もしかしてほんとに恋バナしてた?」
「えっ、や、それは、」
「…ふぅん」

聞いた私が悪いが、気まずい沈黙が流れてしまう。だけどドキドキしながらの沈黙は、嫌じゃなかった。

「なんか、ほんとごめんな、俺まじでこういうの慣れてなくて、全然男らしくねぇよな」
「…すごく、可愛いから良いと思う」

男らしくなりたがっている切島くんに可愛いと言うのは、全く嬉しくないかもしれない。それなのに楽しくなってしまうのは、私の一言で切島くんが頬を染めてくれて、私のせいで照れていることが解るからだ。

「横島ほどじゃねーよ」

私もまた切島くんの一言で嬉しくなって照れてしまうので、これから少しずつ、切島くんのことそういう目で意識しても良いのかも、と思ってしまった。