甘くて苦い

「お前…何だそれ、喧嘩売ってんのか」

今日は2月14日バレンタインデー。
女の子がどきどきわくわくしながら好きな男にチョコレートを渡す日だ。
だというのに、この女の机には可愛くラッピングされた数多くのチョコレートと思しき物体が置かれていた。

「可愛い女の子たちがくれたの!こんなに食べたら太っちゃいそう」
「テメーなんかぶくぶく太っちまえ!テメーのせいでチョコレート貰えない男子が増えんだぞ!」
「チョコレート貰えないのはその男子の力不足でしょ。私のせいにしないでくださーい」

女子の間では友チョコとかいうやつが流行っているらしいが、横島が貰った量は他の女子よりも多い。
後輩人気とかこっそりと本命だとかがあるんだろう。
俺も可愛い女の子からチョコ貰いたかった。

「お前それ本命が含まれてたらどうすんだよ」
「女子からしか貰ってないよ?」
「それでも、あるかもしんねーだろ」
「丁重にお断りするよ、可愛い女の子を傷付けないようにね!本当だったら私がこの手で全員愛してあげたいけど、ハーレム楽しそうだけど、一人に絞って一途に愛してあげないと失礼だし不誠実だからね…!」

横島は悔しそうにそう言い切る。
こいつに選ばれる一人ってのはどんな奴なんだろう。
この発言を聞く限り、性別を気にしなさそうだが。

「本命が複数あったら一人に絞って選ぶのか?」
「選ばないよ。私は愛されるより愛したいタイプだからね!告白されてただ付き合うなんてぬるいじゃん?それに追っかける方が燃えるし」
「そんな経験あんのか」
「うん。そんな馬鹿なことしてたお陰で彼氏いないし、そのせいでレズ疑惑浮上して女の子が寄ってくるわけだけど…ははっ…」

レズ疑惑ってことはレズじゃないのか。
じゃあこのチョコの中に本命があったとしても断られるのか、可哀想だな。

「ま、女の子からでも好かれるだけマシだけどね。どういう思惑だろうが手作りお菓子なんてそうそう貰えるものじゃないから嬉しいし!」
「糖尿病になっちまえ」
「妬んでるの?」
「うっせ、うっせ!」

俺が義理チョコすら貰えなかった話はどうでもいいだろ。

「ねぇ左右田、この中に解ってるだけで本命が一つだけあるから、当ててみてよ」
「俺への嫌みかちくしょう!」
「へへっ、早く早く」

机の上に置かれたチョコの山に目を向ける。
こんなに大量にあってそんなもの当てられる訳がない。
適当に、何となく目を引かれた濃いピンク色の包装紙で包まれた箱を手にとった。

「すごー…よく解ったね!」
「は?当たったのか?」
「大正解だよ!この量から当てるなんて左右田ってば相当本命チョコに飢えてるんだね!」
「うっせ!ってか当てたから何だってんだよ!誰に貰ったやつだこれ」
「貰ったやつじゃないよ」
「は?じゃあ何だよ」
「あげるやつだよ」

これから誰かにあげる本命のチョコ。
横島が選んだ、ただ一人の好きな奴。
これがその誰かの手に渡ると考えたら、なぜか胸がズキッと痛んだ。

「じゃあそれあげるから、おいしく頂いてね」
「は?ちゃんと渡してこいよ…本命なんだろ」
「いや、もう渡したい人の手に渡ってるし」

横島は頬を染めながら俺の手の内の箱を指差す。
ということは、本命を渡すつもりだったのは、俺ってことか。

「い、いいのかよ…?」
「うん。左右田のために作ったんだから、ちゃんと貰って」
「…本命?」
「…そう言ってるでしょ」

初めて貰った本命チョコ。
意識した途端に恥ずかしくなってきて、めちゃくちゃ嬉しくなった。

「き、今日一緒に帰ろうぜ?」
「うん!じゃあ荷物纏めるからちょっと待って」

横島は貰ったチョコを紙袋に詰め始めた。
まるで漫画のような光景で、紙袋が二つもいっぱいになった。
さっきまで死ぬほど羨ましかったチョコなのに、横島からの一つを貰っただけで全然羨ましくなくなっていた。

「帰り道で告白するから身構えといてね」
「先に言うなよ」
「もう解りきってることなんだから言っても変わんないでしょっ」

断るつもりは全く無いので、今日の帰り道で起こる出来事を忘れないようにしようと胸に誓った。