絶望再生

絶望的に頭が痛い。
私は何をしていたんだっけ。
長い夢を見ていたような、夢だったような現実だったような、不思議で不快で爽快で、臨死体験でもしていたのだろうか。
絶望的に体がだるくて重くて、このまま世界と共に死んでしまいたい。
なんで私は生きてるんだっけ。
なんでだっけ、あれ?あれあれ?

「横島…」

幽かな呟きが、私の気だるさを吹き飛ばし、一気に目が覚める。
ここは何処だろう。
知らない風景に、見覚えのある男が一人。
こいつ誰だっけ?
なんで見覚えあるんだっけ?
どこで見たんだっけ?

「ここ、どこ?」

そんなことより自分が置かれている状況を知りたくて、重い体に力を入れて起き上がる。
まるで何日も眠っていたような、筋肉の衰えを感じた。

「横島…やっと起きたんだな!俺や日向たちは大体一緒に目覚めたのに、お前だけ遅いから心配しただろーがよォ…」
「…日向」

日向って誰だっけ。
そんな名前のひと、私らのなかに居たっけ。

「…オイ、どうした?」
「私たち、何してたんだっけ。絶望再生プログラム…どうなったの」
「お、オイ、な…何言ってんだ?お前…もしかして、覚えてねーのか?」
「…何を?もしかして、プログラム失敗したの?じゃあ盾子ちゃんは復活しなかったんだね…残念」

ああ、なんて絶望的だろう。
カムクラさんの持ち込んだウイルスが効かなかったなんて。
そっか、私が私として目覚めたことでまず失敗だと気付かなきゃね。
私ってばやっぱり絶望的に頭が悪い。
なんて考えていたら、目の前の男は青ざめていた。

「そんな絶望的な顔してどうしたの?盾子ちゃんが復活しなかったの、そんなに絶望的だった?大丈夫だよ、私が、私たちがいる限り、盾子ちゃんの作ったこの世界は…」

そこで言葉は物理的に遮られた。
ただでさえ頭が痛かったのに、頬にまで走る痛みをくらった。
仲良くもないやつに平手打ちされるなんて、絶望…そんなに絶望的でもないか。
でもこいつは今にも泣きそうな顔をして私を見ていた。
悪いことをした子供を叱るような、優しくて生暖かい視線。
それが不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で不快で…

「横島、思い出せよ…」
「そっちこそ。絶望の生き残りのくせに、目覚めたのになんで何もしてないの?絶望再生プログラムがダメだったんだから、早く次のことしたら?あんなに大それた絶望的に素晴らしいオシオキマシーン作ったり可愛らしいミニ弐大作れるんだからなんだって作れるでしょ?」
「!!お、お前、今…!ミニ弐大のこと、覚えてるんだな!?」
「はあ?何そのダサい名前…」

そのダサい名前を先に口にしたのは誰だ、私だ。
そんなもの知らない、知らないのになぜ名前が出てきたんだ。
この記憶は何なんだ、いつ体験した記憶で、何があったんだ、わからない、わからないよ。

「いいか、よく聞け。俺は左右田和一、超高校級のメカニックだ。希望更正プログラムが実行されてから強制シャットダウンされるまで、俺たちはずっと一緒に生き延びてきたんだよ。コロシアイが起きて学級裁判があって、それでも挫けずに一緒に頑張ってきたじゃねーか…」
「…強制、シャットダウン…あぁ、そっか、そういえば、そのせいで盾子ちゃんは…。なんで私、卒業選ばなかったんだ…なんで…なんで、なんでなんでなんで、アバターの記憶が私に入ってきてんの?絶望に、戻るんじゃ…なかったの?希望が引き起こしたバグだったり…ははっ、つら…頭痛い。罪木ちゃんに看てもらっ…」

周りを見渡すと、隣にはまだ眠ったままの罪木ちゃんの姿があった。
盾子ちゃんに会うために死んだんだ、自分からクロになって、死んだ。
きっと彼女は目を覚まさない。

「ねぇ左右田…プログラム内で生き残った私たち以外、目覚めてないじゃん。本当にこれでよかったの?私たちは目覚めて何がしたかったの?こんな少人数で何ができるの?島においてけぼりで、何ができるの?」

私が今から頑張って皆殺しにして、私が一人生き残ったところでどうにもならない。
きっと未来機関の奴が私を殺して終了だ。
今まで以上の、絶望的な敗北感。

「左右田…私ダメみたい。一人じゃ何もできないクズだから、殺していいよ。私もう家族も友達もみんな殺して居ないから、せめてプログラム内で仲良くなった左右田じゃないと、私絶望的に死ねないよ…」
「…だったら、生きればいいだろーが」
「何のために?絶望の生き残りはみんな無力化して、私はこんなに絶望的にクズで何もできないし、この世界に影響を与えられなくなっちゃったのに、何のために生きなきゃいけないの?生き地獄?そっか、絶望的な気分のまま生き長らえなきゃいけないってのも、最高に絶望的かも…」

仮想現実で私が惚れた男は王女に惚れて、せっかく芽生えた恋心なんて所詮プログラム内で起こったバグでしかなくて、私は本当は左右田なんか好きじゃなくて、だってもし好きだったら絶望のために殺したくなっちゃうし、そんなに迷うくらいなら殺した方が早いのに、殺したくないくらい感情がコントロールできなくて、私は自分の気持ちが解らなくて…

「…左右田を殺すのとソニアを殺すのと私が死ぬの、どれが一番絶望的かなぁ?」
「なんでお前は…記憶が全部戻っても、そういう風なんだよ」
「私がこんな風で絶望した?なのに左右田は喜んでくれないんだね、大好きな絶望を味わえてるのに絶望しないなんて…。もう左右田の人格は超高校級の絶望なんかじゃないんだね」
「オメーの惚れた超高校級のメカニックだ。見りゃわかんだろ」
「…メカニックに惚れたのは、アバターの私であって、私じゃないから、今の私は、左右田のことなんか全然好きじゃなくて…だから、私は、ソニアに惚れた左右田を殺したくて…」

そもそもなんで左右田に惚れたって左右田が知ってるの。
日向に相談したから、そこから左右田に漏れたかな。
人の気持ちバラすなんて日向ってば悪いやつ。

「なぁ横島、俺は…」
「あ、でも私の好きな左右田は入学当時の純粋な左右田なんだよね…。この世界の左右田は絶望に堕ちて汚れた左右田で…左右田であって左右田でないんだ…。私の好きな左右田は、プログラムの中にしかいないんだ…」
「オイ、何言って…」
「あはっ、結局私には何も残ってないや。私には過去も未来も現在も、何も無い…絶望も、無い…」

盾子ちゃんもやるならやるで最後まできっちりやってくれれば、絶望に満ちた世界で絶望的に生きていけたのに。
そんな希望を盾子ちゃんに抱いたことが間違いだったんだね。

「何も無いなら、創ればいいだろ」
「ゼロからは何も生まれないよ…」
「俺がいるから、もうそんなことばっかり言うなよォ…」

左右田は泣き顔を隠すように私を抱き締める。
そんなに鼻をすすっていたら泣いていることなんてバレバレなのに。

「こんなことされたら、不快でたまらないんだけど」
「絶望的だろ、喜べよ…」
「うん…でもね、絶望的と思うほど嫌じゃないし、絶望的じゃないのに嬉しいんだけど、なんでかな…」
「嬉しいなら素直に喜べよ、お前はもう、絶望なんて求めなくていいんだよ…。絶望なんか無くても、生きていけんだよ」

絶望の無い、絶望を感じない私なんて、盾子ちゃんに会う前の私と一緒じゃないか。
でもその理論で生きている左右田はもう絶望なんかじゃなく、プログラム内と同じ、希望に満ちた左右田ってことで…

「私は、まだやり直せる…?」
「あぁ、俺がついててやるから、やり直そう」
「…アバターの左右田より、頼もしいね」
「惚れ直したか?」
「…調子に乗らないで」

絶望の生き残りの横島優として生きられないなら、その生き方を捨てればいい。
私は新しい私として、左右田を好きな私として、左右田に希望を託して生きてみよう。
嫌になったら死ねばいい。
辛うじて生かされたゴミみたいな命なんだから、絶望としてじゃなく、ゴミはゴミらしく、寿命で死ぬような平凡な人生を…