▼▲▼
私は貴方が大好きなので、ソニアさんを殺そうとしてしまいました、ごめんなさい。
でも殺せなかったから、誰も怒らないよね。
「きゃああああああ!!!」
大嫌いなソニアさんの叫び声が聞こえてきた。
ああもう、こんなときまで貴方の声なんか聞きたくないのに。
私の大好きな左右田くんの好きな人なんて、私の世界から早く消えて欲しかった。
貴方のせいで叶わない私の恋心は、一生消えることはないんだから。
「どうしたんですかソニアさん!?」
大好きな左右田くんの足音と声が聞こえてきた。
その大好きな声でソニアさんの名前を呼ばないで。
私のことは名字でしか呼ばないくせに。
可愛さ余って憎さ百倍とはこのことなのか、ソニアさんを呼ぶ左右田くんが少しだけ憎く思えてしまう。
「あ、ああ、あれ……」
ソニアさんのくせに、私をあれ呼ばわりして指まで私に向けてくる。
もう私をそんな眼で見ないでよ。
「なっ……、横島!?」
大好きな左右田くんはやっと私を見てくれた。
ああ、私の姿に釘付けになってくれるなんて。
「どうしちまったんだよ!!」
左右田くんは、震えるソニアさんなんてそっちのけで私に駆け寄ってきてくれた。
左右田くんがソニアさんより私を優先してくれるなんて、なんて嬉しいことなんだろう。
床に膝なんてついたせいで、左右田くんのつなぎが私の血で赤く染まってしまった。
「まだ生きてる……!ソニアさん、罪木呼んできてください!!」
「は……はい!」
ソニアさんは珍しく左右田くんの言うことを聞いてレストランから出ていった。
ソニアさんがいなくなったおかげで私と左右田くんはレストランに二人きり。
左右田くんの瞳には真っ赤な私だけが映されていた。
「オイ、誰にやられたんだよ……なんで死にそうになってんだよ……!」
左右田くんは汚れることを恐れずに、私の頬に触れてくれる。
なんて嬉しい状況だろう。
青ざめたはずの頬が赤くなった気がした。
「オメーがいなくなったら、俺……」
大好きな左右田くんの目から涙が流れて私の肌を濡らしていく。
泣かせてしまってごめんなさい。
泣いてくれてありがとう。
でもせっかくだから、今の言葉の続きを言って。
私がいなくなったらどうなるのか、最後まで言ってくれなきゃ気になるよ。
「もうちょっと早くレストランに来てれば…助けられたかもしれねぇのに、なんで……」
左右田くんは泣きながら私の手を握ってくれた。
そんなに力をいれたら痛いのに。
私に触れば触るほど、左右田くんが赤く汚れていった。
「左右田、くん……」
「横島……!」
左右田くんと二人きりだというのに、思うように喋れない。
嬉しいはずなのに、胸が苦しい。
泣いたら何も喋れなくなるから泣いちゃダメだ。
「…好き、だよ……」
私の言葉は左右田くんの耳に届いたのだろうか。
私の視界はもうぼやけてしまって、はっきりとは見えなくなっていた。
「そんな遺言残すくらいなら、犯人の名前言いやがれ……」
ああやっぱり返事は貰えないんだね。
だったらこのまま、左右田くんの目の前で無意味に死んでやろう。
クロの名前を言おうと口を開いたら、喉の奥から液体がせり上がってきて、口の中に血の味が広がった。
「……俺だって、横島のこと好きだったんだぞ」
「え……」
「恥ずかしがってまともに話せなくて、ごめんな、死ぬなんて思ってなかったんだよォ……」
あんなにソニアさんソニアさん言ってたくせに、今さらになってそんなこと言うなんて。
だったら私、まだ死にたくなかった。
まだ左右田くんと一緒に生きていたかった。
それがもう、私の勘違いのせいで終わってしまうなんて。
「ごめ…なさい……」
「横島は悪くねぇよ、俺が、俺が弱かったから……」
相思相愛だと判明したのに、私の青春はもう幕を閉じようとするなんて。
まだ全然左右田くんとの時間を過ごしていないのに。
でもきっと、私が死んでも左右田くんの心にはいつまでも私が、私の死に様が残るんだろう。
いつまでも、トラウマとしてでも、左右田くんの中に在り続けることができるんだ。
「ただの……自殺、だから……クロは、私……」
「……は?な、何言って……」
「左右田、くんが……ソニアさ…に夢中、なの……見たくなか…た……」
だから私はレストランにソニアさんが来て私に近づいてきたところで、私は私に包丁を突き立てた。
血飛沫はソニアさんにも飛んだはず。
だから、運が良ければみんながソニアさんをクロにしてくれるんじゃないかと期待した。
「お願い、だから……あなたは私を、指摘して……生き延びて……?」
左右田くんがソニアさんに付きまとうのを見たくなかった。
私の恋は叶わないと思った。
だから私は自殺を選んだ。
私の思惑通りソニアさんを、それか他の誰かをクロにすれば、全員オシオキで全滅。
自殺だと見抜いて私をクロにすれば、私だけがこの世界から消えて、左右田くんとソニアさんが仲良くするところをもう見なくて済むと思った。
だというのに、左右田くんの想定外の感情のせいで、私がただ死ぬだけの一番望んでいない結果になってしまうのだ。
「俺のせいで…ごめんな……」
ごめんなさい、もう泣かないで。
せめて貴方は、私の死を乗り越えてこの先もずっと生きてください。
馬鹿なことをした私を許してください。
私も反省して大人しく死ぬから、泣き顔ばかり見せないで。
そんなこと、泣いている私が言えるわけもなかった。
「横島のこと、忘れねぇからな……ずっと、覚えててやるからな……!」
「……っ、あり、がと……」
私も左右田くんのことは忘れない。
死ぬときまで、死ぬ瞬間ですらも、左右田くんのことだけを考えて死んでいくよ。
いつまでも大好きだよ、左右田くん。
そう伝えたかったけど、私の口からはもう言葉を発することができなかった。
ただでさえ力尽きて動かせない唇を、更に左右田くんが唇で押さえてきて、全く動かすことができなかった。
死んでしまう私に優しくしてくれてありがとう。
優しくすればするだけ貴方が辛いだけなのに、それでも優しくしてくれてありがとう。
私は死んでしまうけれど、貴方のおかげで死ぬまで幸せな人生だったと言うことができます。
あぁでももう口は動かせないんだった。
心のなかで思うだけにしておくね。
情けない顔で泣く左右田くんの口元は、私の血液で赤くなっていた。
生きてさえいればその唇をもっと堪能できたかもしれないのに。
血の味じゃなくて、もっと甘い味だったかもしれないのに。
考えるだけで胸が痛い。
傷口からは止めどなく、真っ赤な血と私の想いだけが溢れ出ていく。
これが止まったら私も終わってしまうんだろう。
「……大好き」
だから私は醜い顔を残さないように、左右田くんへの想いを口にして、微笑みとともに目を瞑った。
いつかまた、左右田くんと出逢えることを信じて。
▲▼▲