続・絶望病

横島が俺の元に来た夜に2つの事件が起こったらしい。
正常だった西園寺と、絶望病だった澪田が殺された。
もし横島の発症が早くて病院に入っていたら。
もし俺の元じゃなく別の場所へ向かっていたら。
考えるだけで寒気がした。

捜査が始まってから狛枝と終里の調子がよくなって、ほぼ正常に戻っていた。
だが横島は、熱は下がったようなのだが終始無言で青ざめていた。


裁判が始まって、一つ困ったことがあった。
犯行時刻のアリバイだ。
俺は横島と二人でいた。
朝だけ横島が俺を起こしに来たなんて言って、嘘だとバレたら疑われる。
夜からずっと一緒だったなんて言おうものなら、それはそれで別の何かを疑われる。
どうしようなんて思っていたら、先に横島が口を開いた。

「昨日の夜から、朝ライブハウスで死体発見するまでの時間の記憶が無い……」

あいつが覚えているはずがなかった。
絶望病にかかっている間の記憶が無いなんて、狛枝と終里を見れば解ったことだ。
ということは、昨日の告白も覚えていない?

「ど、どういうことですか!?まさか、横島さんがお二人を……!?」
「わ、解らない、覚えてないんだよ!た、ただ……夜に、部屋から出たとこまでは、覚えてるんだけど……」

横島は自分が犯人だと思っていたらしく、だからあんなに青ざめていたんだ。
しかも病気の反動なのか、また泣きそうな顔をしている。

「違いますよソニアさん……横島は犯人じゃない」
「え?何か知っているんですか?もしかして、左右田さんが犯人なのですか?!」

ちくしょう、俺が横島のアリバイを証明してやるしかない。
ソニアさんに引かれても、それで横島の容疑が晴れるなら安いもんだ。

「昨日の0時頃、横島は俺の部屋に来た。それで……朝まで、ずっと一緒にいた。横島より先に出てライブハウスへ行って死体を見たから、横島は絶対に犯人じゃねぇ」
「二人は一夜を共にした…ってことだね、なるほど」

七海が誤解を招くようなまとめかたをしたせいで周りがざわついた。
というか事実だから否定のしようがない。

「私はそんなの覚えてない!いいい、一夜を共にって、そんな不純なことするわけない!」
「ああ覚えてないだろうな!オメーは絶望病にかかってたんだからよォ!俺の部屋まで来て倒れやがったから看病してやったんだぞ!」
「わ、わた、私が左右田のとこに行く理由が無いし!確かになんか、昨日も今日もダルくて頭痛かったけど、でも、でも……」

本当に何も覚えていないらしく、昨日の告白が嘘か本当かも判断がつかない。
だから俺は、賭けることにした。

「それ以上否定するなら、大声で論破するけど…問題無いか?恥ずかしがるなよ?」
「……覚えていないことは、否定も肯定もしません、黙ります」
「つー訳で、俺と横島のアリバイは成立したはずだ!」
「でも、横島さんが絶望病にかかってたって証拠はどこにも無いよね?もし絶望病だったとしても、横島さんに記憶が無いなら、左右田クンのアリバイも成立しないよね」
「はぁ…?」

狛枝がトンでもないことを言いやがった。
せっかく恥ずかしい事実を言ったのに、これじゃ無意味じゃねぇか。

「おいモノクマ!横島は絶望病だったよなァ!?」
「左右田くんの言う通り横島さんは絶望病にかかっていました!狛枝くんが嘘つき病、終里さんが泣き虫病、澪田さんがクソ真面目病、そして横島さんは……恋愛依存病なのでした〜!!」
「恋愛……?」

横島がぽかんと口を開けて俺を見る。
途端に顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「いや〜二人の熱ぅ〜い一夜は見ものでしたよ?横島さんってば感染させたら左右田くんの部屋に押し入って熱烈アピールしちゃうんだもん!是非とも映画館での上映をしたいくらいだよ!朝チュンは君たちには早いから、18禁でね!ぶひゃひゃひゃひゃ!!」

モノクマの笑い声と共に俺や横島に視線が集まる。
せっかく言葉を濁して隠したのにばらしやがって。
誰かが何か言う前に、俺がこの空気を変えてやる。

「オメーら今の言葉聞いたよな!?俺と横島が一晩中一緒に居たっていう証言をしてくれた!」
「しまった!?」
「しかもモノクマ、横島を『感染させた』って言ったか?わざとだな?隔離してたのに感染したからおかしいとは思ったが、テメーの仕業か!」
「珍しく左右田がマトモなこと言ってやがる……」
「俺はいつでもマトモだよ!とにかくアリバイ成立しただろ!」

まさかモノクマの失言に助けられるとは思わなかった。
死ぬかと思った。

「では左右田さんは犯人ではないというわけですか…残念です」
「そ、ソニアさーん?」

残念なんて言われると思わなくて泣きたくなった。
するとガタッと音がして何かと思えば、横島が復活していた。

「ソニアてめーいい加減にしろ!左右田が嫌いなのは解るけど、犯人じゃないからって残念とか言うな!左右田は人殺しするような奴じゃない!王女だからって何言っても許されると思うな!!」

何も隠すことが無くなった横島は自棄になっていた。
俺のことを思って言ったのかもしれないが、複雑な気持ちだった。

「オメーそんな言い方……」
「左右田さん、ごめんなさい。確かに私が言い過ぎでした。なので、横島さんを責めようとしないでください」

返す言葉も無かった。
横島がどんなに俺のことを思っていようが、俺はソニアさんの肩を持とうとしてしまった。

「そろそろ本題に戻っていいか?三角関係の拗れは左右田個人で勝手に解決してくれよ…」
「日向ァ!?」
「待ってよ日向クン、まだ話は終わってないよ」
「……何が言いたいんだ?」
「横島さんは、部屋を出てからまっすぐ左右田クンの部屋に向かったのかな?朝のモノクマアナウンス以前ってことは……夜でも充分にあり得るんだよね。ねぇ横島さん、何時に部屋を出たか覚えてる?それでそのあと、どこへ向かったかは覚えてないんだよね?」

狛枝が淡々と横島を追い詰める。
やめろ、横島がそんなことするわけないだろ。
記憶が無いからって、その間に殺人なんかするわけないだろ。

「覚えてないって言ってるでしょ!狛枝お前、さては私のこと嫌いだな!?狛枝だって絶望病だったなら解ると思うけど二人も殺すような体力があった?なぁ左右田、私はそんなに元気だった?」
「ぶっ倒れるくらい弱ってたよ」
「でもそれってさ、殺人で体力使った結果、疲れて倒れたってことはない?」

狛枝はどうしても横島を犯人にしたいらしい。
横島は堪忍袋の緒が切れたのか、とんでもないことを言い出した。

「なぁモノクマ、お前聞いてたんだよね、私が、絶望病で、熱烈アピールしたとか言ったよね?」
「バッチリ聞いて録画録音もしておいたよ?見たい?聞きたい?上映する?」
「それって私の黒歴史になるくらい恥ずかしいもの
だった?」
「うぷぷぷぷぷ!そうだね、普段の態度からは想像できないほどにね!」
「そうか、大体わかったよ……病気中の私の失態が」

思い出すだけで俺の顔が熱くなってくる。
やめろ、裁判中に思い出させんじゃねぇよ。
だが横島はそんな俺の表情を見て何かに納得したようで、狛枝に視線を戻した。

「私はな、左右田が大好きなんだよ……左右田と生きていくことが、私の希望なんだよ。だから、そんな左右田を置いて澪田と西園寺を殺して脱出しようだなんて思うわけがない。しかも私が完全犯罪なんかしたら左右田は死ぬし、犯行がばれてクロだったら自分が死んで二度と左右田に会えないんだよ?私が、左右田に依存する絶望病にかかってる間に、左右田に二度と会えなくなる道を選ぶと思う?そんなことするくらいなら左右田と一晩中イチャイチャする方選ぶに決まってんじゃん」

恥ずかしいことを真顔で言いやがった。
狛枝はぽかんとしているし、ソニアさんは目を輝かせているし、あの九頭龍ですら気まずそうに頬を染めてやがる。
そんな感情論で狛枝の説得なんか、できるわけ……

「じゃあその大好きな左右田クンに、彼女たちを殺せって命令されてたとしたら、どうなのかな?」
「はぁ!?」
「そ、左右田がそんなこと言うわけないだろ!!」
「ねぇ、狛枝くん、ちょっといいかな」

静かに、七海の声に静止された。

「横島さんと左右田くんはずっと一緒にいたってモノクマも言ってたよね?話が拗れたからややこしくなったけど、さっき左右田くん言ってたよね。横島さんより先に部屋を出てライブハウスへ行って死体を見た、って。ていうことは、壁紙のトリックを行うことが横島さんには不可能なんだよ。モノクマは録画も録音もしたってあんなにはしゃいでるくらいなんだから、一晩中一緒にいたことは確かだと思う」

最初に言った通りだった。
あのトリックを行えないことは証明できていたんだから、横島が犯人扱いされること自体おかしかったんだ。

「七海ありがとう、でももっと早く言ってよ!わ、私が、恥ずかしい思いしただけじゃんか……!」
「ごめんね、話をまとめるのに時間がかかっちゃって」

それでも横島の容疑は晴れたんだ。
七海が女神に見えた。

「狛枝……私、お前のこと許さないからね。狛枝なんか大嫌い」
「あれれ、嫌われちゃった?でもまぁしょうがないね、大好きなんて言われても、困っちゃうしね」
「っ…うるさい、ばか!」
「それじゃあ今度こそ、左右田クンの色恋沙汰はおいといて、議論に戻ろうか」

この裁判が終わったら横島に言わなければならない。
公開告白までされて、このまま無視してソニアさんを追っかけ続けるなんて不誠実すぎてできやしない。
狛枝め、余計なことしやがって。
これじゃあ自分の気持ちに向き合わない訳にはいかないだろが。