泣かないで

常夏の無人島に連れてこられて、毎日わけのわからないものを作るために働かされて、運動不足の私には地獄の日々だった。自由時間は毎日あるけど、暑さと疲れにやられてしまっていて、今日は自分のコテージから出る気にもなれなかった。
ご飯の時以外は引きこもる覚悟で、暑苦しい服は脱ぎ捨て、下着姿で過ごすことにした。女子としてどうかとも思ったが、人に見られることもないだろうと思って考えるのをやめた。
しかし、それが私の大きな間違いだった。ベッドで大の字で転がっていたら、呼び鈴を何回も鳴らす音とドアをドンドン叩く音が鳴り響き、眠気がすっ飛んだ。

「横島!!助けてくれ!殺される!!」

いきなりの騒ぎに頭が追い付かず、でも泣きそうなほど必死で訴えてくる声のせいで判断力を発揮できず、とにかく起き上がって扉に近付こうとした。扉は私が開ける前に、外から開けられて、その人物と目があった。

「あれ、開いて…うおっ!?…ごめん!!」

私の姿を見て赤面したそいつは、謝りつつもコテージに入ってきて扉の鍵を閉めた。

「ちょっと、何勝手に開けて勝手に入ってきて…!」
「左右田おにぃー?逃げるとか男らしくないよ?これだから童貞はー」

外から聞こえてきた日寄子ちゃんの声を聞き、左右田くんは青ざめて私の口を骨張った手で覆い隠した。私は黙らせられることになり、しかも左右田くんの力加減が強すぎて後ろに押され、バランスを崩して尻餅をついた。

「いったぁ…」

左右田くんはまた慌てて、私の口と腕を手で抑えながら私を床に押し倒した。服さえ着ていれば私も冷静になれるのに、下着姿だということが私を徐々に混乱に導いた。

「優おねぇー、ここに左右田おにぃ来てないー?」

静かな部屋にぴんぽーんと呼び鈴の音が鳴り響く。いないのー?という声もして、続いてドアノブを回す音まで聞こえビクッとする。鍵が閉まっていて返事がないことを確認したためか、日寄子ちゃんの遠ざかるような足音がして徐々に消えていった。


「…んーー」

口を塞がれていて言葉を発することができなかったため、言葉にならない声を発した。すると左右田くんはハッとして、私と視線を交えた。

「わ、わわ、悪い!お、おれ、」

申し訳なさそうに私の口から手を離して眉を垂らして謝るが、私の目から視線をそらしてしまった左右田くんは、またもや顔を真っ赤にさせた。

「……左右田くん、」

赤面してただ固まるだけの左右田くんをどうすればいいのか解らなくて、とにかく名前を呼んでみる。あんまりじろじろ体を見られては、こちらとしても恥ずかしい。

「一から説明して欲しいから…とにかく、どいて」
「ごごごごめん、」

左右田くんは私の上からどいて、小さく縮こまって恥ずかしそうに帽子を深く被り直した。左右田くんがうつむいている間に、私はTシャツとハーフパンツを着て心を落ち着かせた。

「それで…殺されるって何だったの?日寄子ちゃんに?」
「…おう」

ぐすっ、と鼻をすする音が聞こえ、左右田くんが泣いていることに気が付いた。私のせいじゃないよね?

「…日寄子ちゃんに、何かされたの?」

左右田くんの横に座って背中をさすってあげる。小学生とその母親みたいだな、なんてことを思うが、口にしたらさすがに怒られそうで大人しく左右田くんをなだめた。

「…俺が、嫌だって言ってんのにアイツは…」
「うん」
「アイツは…俺に…」

日寄子ちゃんの意地悪はたまに精神的にきついこともあるが、男子をここまで泣かせるほどなのだろうか。顔は見えないからどのくらい泣いてるかは解らないけど。

「だから、俺の部屋に逃げても無駄だろうから、かくまってくれそうな横島のとこに逃げたんだよぉ」
「…だから、って、え?日寄子ちゃんに何されたのかが不明瞭なんだけど」
「…情けねぇから、言いたくねぇ」
「それじゃあ私が左右田くんに恥をさらしたことを許せそうにないんだけど…」

そう告げると左右田くんはビクッと震えた。

「ごめん…」
「…怒らないから話して」

これ以上泣いていて欲しくないし、左右田くんの頭を優しく撫でる。下着姿を見られて泣きたいのはこっちだというのに。

「…アイツが、映画見たーいとか言って、渋々ついてったらスプラッタ映画で…怖いし気分悪いのに、モノクマもアイツも途中退場許してくれなくて、半泣きで最後まで見せられて…」
「……」
「死にそうだから帰ろうとしたら、次は遊園地とか言われて…ジェットコースターとお化け屋敷どっちがいいか迫られて、でも俺両方苦手だから逃げたら、果てしなく追いかけて来やがって…」

殺される、ってそういうことか。少しでも心配した私が馬鹿みたいだ。けど泣くほど落ち込む左右田くんが可哀想で、怒ることなんてできそうになかった。

「そんな情けねぇ理由で横島に迷惑かけて、俺が慰められてるこの状況すら情けなくて…」
「…だから泣いてるの?」
「なっ…泣いてねぇよ!」

うつむいたまま言われても説得力が無いし、左右田くんの声は震えている。どう考えても泣いている。

「ほんと、ごめん…」
「もういいよ、全部話してくれたし、許してあげるよ」

ぽんぽんと左右田くんの頭を優しく叩くのだが、左右田くんの反応が無い。どうしたものかと不安に思っていたら、腕を掴まれた。

「…まだある」
「まだあるの?」
「…横島に迷惑かけて悪いって思ってんのに、優しくされて、すっげぇ嬉しいし、さっきの姿が目に焼き付いて、離れねぇ」
「……左右田くん」

その辺は素直に言わず黙っててくれてよかったよ。私の下着姿なんて今すぐにでも忘れて欲しいんだから。

「ごめん、俺、今すげぇ、横島に触りたい」

ド直球に言われ、私は赤面するべきか青ざめるべきかも解らなくなった。単純に嬉しいけど、左右田くんも男だ。微かに貞操の危機を感じてしまう。

「…何もしねぇから、抱き締めてもいいか?」

ちらっと顔を上げる左右田くんの目は涙でいっぱいだし軽く充血していた。それより何より、耳まで顔を真っ赤に染めていて、これ全部私のせいでなっていると思うと、不思議な感情が沸いてきた。私は思わず、うなづいていた。
左右田くんは恐る恐るといった感じで私を抱き締めてきた。背中に回された手が熱くて、私の顔も熱をもった。

「…左右田くん、日寄子ちゃんとデートしてたの?」
「デートって言うな…。振り回されてただけだ。嫌がらせ、したかったんだろ」

沈黙が苦しくて質問したけど、返事は簡潔にまとめられてまた静けさが訪れた。おかげで、左右田くんのばくばくとうるさい鼓動が聞こえてきて、手に汗が滲んだ。

「俺に…こんなことされて、嫌じゃねぇの?」

聞かれて、今度は私の心臓が跳び跳ねた。嫌じゃない。だから大人しくしてしまうし、左右田くんを拒むことができないんだ。

「嫌って言ったら、どうする?」
「…どうしよう。立ち直れない」
「嫌じゃない…って言ったら?」
「…毎日する」

欲望に素直な左右田くんが可愛くて、思わず吹き出した。

「ふふ、それじゃあ、毎日しようか」

私は左右田くんに応えるように、左右田くんの体に手を回した。

「い、いいのかよっ!?」
「うん、嫌じゃないからね」
「…そ、それって、す、」

左右田くんの言葉を遮るように、無理矢理左右田くんの腕を引き剥がして体を離した。真っ赤な顔が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。

「今日の分おしまい!また明日、ね」

名残惜しそうだったけど、左右田くんはこくこくとうなづいた。

「…また明日、約束だからな」
「うん。服着て待ってるね」
「……当たり前だろ」

恥ずかしそうに目をそらす左右田くん。だがいつまでも帰ろうとしないのが不思議で、左右田くんの視界に割り込んだ。

「まだ何かあるの?」
「…言わせんな」
「……さよならのキス?」
「ちっ…ちげぇよ!ばか!」
「じゃあ何?」
「っ…た、立てねぇ」

弱々しくそう言う左右田くんは前屈みで、男子特有の生理現象に襲われているようだった。

「…それは、私がどうにかできる問題じゃないよ」
「わ、わかってんよ…」
「…萎える話でもする?」
「…おう」

もしかしてこれのせいもあって余計に恥ずかしかったのかな。なんて頭の隅で考えつつ、私は左右田くんの大嫌いな怪談話をしてあげた。話終わる頃にはいつものうるさく半泣きになる左右田くんに戻ってくれて、安心した。泣かないで、と優しくすればまた赤面、の繰り返しで、怪談話をもう一周することになってしまった。