とろける

「嘘だろ…?」

俺は目撃してしまった。横島が弐大のコテージの中へと姿を消すところを。気になったがその後の夕飯の時には何てことない顔で二人とも現れたから、何か話をしていただけだろうと考えた。
だがしかし、今日もまた、同じところを見てしまった。しかも、周りを気にしながらこそこそと弐大のコテージへと入っていった。それが何を意味するのか解らない俺ではない。こそこそするってことは、人に知られたくないということだ。普段、特別仲良くしているような二人ではないため、二人きりで何をしているのか、気になってしまった。
こっそりコテージに近付いて扉に耳をくっつけると、中の声がなんとなく聞こえてきた。

「んっ、ああっ…や、んぅ…」

聞き間違いだと思いたかった。だが喘ぐような女の声はどう聞いても横島のものでしかなくて、思わず、息をのんだ。

「くっ……弐大、くん、いっっ…そこ、だめ…」
「この程度でダメとは、まだまだじゃのぉ!」
「待って、痛、あぁっ」

ギシギシとベッドの軋む音もするし、どう考えても、男女の営みにしか思えない。あの二人、いつの間にそんな関係になっていたんだ。自分でびっくりするくらい、ショックだった。



翌日、真相を確かめるべく、横島におでかけチケットを渡して二人きりになった。真っ先に横島の元へ向かう俺を見て日向たちが驚いていたような気もするが、今はそれどころではなかった。

「左右田くん…私でよかったの?今日、田中くん、日向くんと牧場で和むって話してたから、ソニアちゃん、暇だったかもしれないのに…」

そういうことは早く言ってほしかった。けど横島を誘ってしまった手前、それを蹴ることができるほど俺は冷たくはない。

「いいんだよ、たまには横島とも喋りたかったし」
「そ、そっか」

今まで何回か横島におでかけに誘われることはあったが、ちょうど日向と約束があったり澪田に絡まれたりしていて、おでかけが実現することがなかった。
今日みたいに俺から横島を誘うのは、初めてだった。

「どこ行こう?」
「行きたいとこあるか?」
「んー……、お喋りできるところなら、どこでも…」

それもそうだ。俺も横島と話をするために誘ったのだから。

「適当に菓子でも買ってレストランとかでだべるか」
「うん!」
「んじゃ、買い出し行くか」

嬉しそうににこにこと笑う控えめな横島。こいつが弐大みたいながたいのいい野郎と部屋で二人で…と考えると、人は見た目で判断できないなと思う。

それから、当たり障りのない世間話をしながら菓子とジュースを調達して、レストランへ向かった。今日は運良く花村も居なかった。

「誰も居ないね」
「そーだなぁ」

よく考えたら、これって二人きりなんだよな。でも、デートじゃあないよな。友達だもんな。そうそう、デートじゃないんだから、緊張なんかする必要は無い。

「お菓子どれから開けようね」
「時間あんだから好きなのどんどん開けてこうぜ」
「そうだね」

横島は早速チョコ菓子の箱を開け始めたから、俺も真似してスナック菓子の袋を開けた。

「あの、別に、理由とか無かったら無いで全然いいんだけど、その、今日、なんで私のこと誘ってくれたの?」
「…だから、言っただろ?喋りたかったんだって」
「え、あ、そっか、」

すぐに本題に入っていいのか迷ったけど、聞いておかないと他の話を上の空で聞くことになりそうだった。

「…聞きたいことが、あったんだよ」
「へ?なに?」
「その……、さ、横島ってよ…、…」
「……うん?」
「……付き合ってる奴とか、いるのかよ」

これじゃ変な誤解を生みそうだったが、俺には直接聞くような度胸がなかった。

「いないよそんなの!」

横島はびっくりした様子でそう答えた。だとしたら、何だ。弐大とはどういう関係なんだよ。そういうことをするだけの関係だってか?いやいや、この横島においてそんなわけがない、と思いたい。

「びっくりしたぁ、左右田くんにソニアちゃん以外の恋話を振られるなんて思ってなかったよ」
「いや、ちょっと気になることがあってよぉ」
「気になること?」
「…誰にも言わねぇから、答えてほしいんだけど、」
「なに?」

こんな汚れの無い瞳で俺を見る横島が、恋人でもない弐大とほんとにヤってたのか?俺はあのときの自分の目を疑いたくなるが、あれはどう見ても横島だったしな。

「…弐大と、どういう関係なんだ?」
「な、なんで知って…」

なんだよその反応は。じゃあ本当に弐大と、そういう関係なのかよ。

「こそこそ部屋に行くとこ見ちまったんだよ」
「そっか…」

横島は気まずそうな顔で、ぐびっとオレンジジュースを喉に流した。

「私…普段、運動してなくてさ。ここ最近、ずっと採集とか掃除で体使ってたでしょ?だから、筋肉痛はひどいし、疲労はたまるしですごいだるくて、だからマネージャーの弐大くんに相談したの。そしたら、マッサージしてくれるって言うから頼んだら、すごい気持ちよくて、つい、通っちゃって…」
「マッサージ…?え、、えろいことしてたんじゃねぇのかよ?」
「すっ、するわけないでしょ!?」

横島は俺の言葉で赤面した。ということは、本当に違うのか。あんな声を発していたのに、えろいことではなくマッサージだったのか。本当に?

「そうやって、変に勘違いされたら嫌だったからこそこそしてたの」
「…」
「信じてないね!?」
「や、だ、だってよぉ…」

マッサージでそんな漫画みたいにえろい声出すか普通?簡単に信じろってのに無理がある。

「…だから、知られたくなかったのに」

だが横島は本気で落ち込んでいるように見えるし、何が何だかわからない。俺は何を信じればいいんだ。

「それに私、好きな人いるから弐大くんとそんなことしないよ」
「好きな人!?だ、誰だよ?」
「私のこと信じてくれない左右田くんには教えてあげないもん」

横島は拗ねたように、お菓子のやけ食いを始めた。

「じゃあほら、信じてやるし俺の好きな人も教えてやるから、」
「ソニアちゃんでしょ、知ってるし」
「んだよ、つれないこと言うなよなぁ」

弐大とヤったかもしれないとか、好きな奴がいるかもしれないとか、そんなことばっかりが頭を巡って何故か落ち込む。俺が落ち込む理由なんか、無いはずなのに。

「…本当に、弐大くんにはマッサージしてもらっただけだよ」
「あ?あぁ、そうか」
「…なんで左右田くんがテンション下がってるの」
「なんでって…なんでだ?」
「知らないよ」

たぶんだけど、好きな奴がいるのに弐大と二人きりで妖しいことをする横島に不信感を抱いてしまったせいだ。こうなったら、テンションを上げるためにも好きな奴ってのを暴くしかない。そしたら何か、納得できることがあるかもしれない。

「好きな奴って、この修学旅行に参加してる奴か?」
「…まぁ」
「男だよな」
「そりゃあね」
「誰だ?」
「言わないよ。それよりお菓子食べようよ」

言われた通り、お菓子を口にする。

「弐大じゃないんだよな?」
「違うってば!もう!」

横島を怒られてしまった。怒ってはいるものの、帰ろうとはしないみたいだから少しだけ安心する。

「左右田くんには絶対言わない」
「な、なんでだよ」
「今好きな人いなくなった」
「は?今?」
「左右田くんなんか嫌い!」

横島は俺に背を向けて、押し黙ってひたすらお菓子を貪った。

「なぁ、おい、その好きな人って、」
「もう嫌い!」
「今嫌いになった好きだった人ってさ、」
「うるさい!私のこと信じてくれない左右田くんなんかもう好きじゃないもん、ばか、嫌い」

嫌いと言われているはずなのに、俺の心のモヤモヤは嘘のように晴れていった。そうか、俺のことだったのか。

「なぁ、横島のこと信じるから、ひとつだけ聞いてもいいか?」
「…弐大くんと変なことなんかしてない」
「それじゃねーよ」
「…じゃあ何?」

弱々しく聞いてくるから、罪悪感が沸いてくる。信じられなかった俺が悪いのは後で謝るから、そんな声出さないでくれ。

「俺が弐大のことしつこく聞いたの、横島のことが好きだからかもしれない、って言ったら信じてくれるか?」

横島は驚いて勢いよく俺に振り向いた。その顔は信じられないくらい真っ赤で、不覚にも可愛いと思ってしまった。

「…妬いてた、の?」
「かもしれない」
「…かもって何」
「…自分の気持ちがわかんねーから。でも、横島が俺を好いてくれてんのは、すっげぇ嬉しい」

素直に告げれば、横島の目に涙が溜まった。え、泣くの?俺のせいか?

「ごめん、やっぱ左右田くんのこと嫌いになれない、好き」
「こ、告白として受け取っていいんだよな?」

横島はこくこくとうなづいた。

「なら…その、横島のこと、好きになっても…そういう目で見ても、いいんだよな?」
「うん、」
「そ、そうか」

俺は俺の好きな人はソニアさんだと思っていた。いや、もちろん好きだ。でも今、横島のことを好きかもしれない自分がいるのもたしかだった。

「…ソニアちゃんより私のこと好きになる時がきたら、教えて。私、左右田くんのこと待ってるから。もう、弐大くんのとこにも行かないから」
「…いや、行けよ。ただのマッサージなんだろ?だったら、止めねぇよ。横島が筋肉痛になりやすいのも体力無いのも解ってるし、もう、横島の言うこと信じるから」
「ほ、ほんと?」

横島の顔がやっと明るさを取り戻した。俺が信じると言って喜ぶんだから、やっぱり横島の言葉は真実なんだろう。もう疑うのはやめよう。

「でも、やめる。弐大くんじゃなくて、赤音ちゃんとトレーニングして、マッサージなんか必要ない強い肉体を手に入れれば、左右田くんも心配ないよね」
「…それはそれで、きつそうで心配だけどな」

あんな筋肉の固まりみたいになられたら、いや、でもスタイル良くなるのか?って、俺は何の心配をしてんだよ。

「全部喋ったらすっきりしちゃった。これからもまた、おでかけ誘ってもいい?」
「いいぜ。…俺からも、誘うからな」
「うん…!」

照れ臭い雰囲気を感じながら、二人で喋って過ごした。だいぶ、距離が縮まったように感じた。いつか、このままもっと仲良くなっていけるのかなと考えると、わくわくしてしまう自分がいた。