希望更正

「左右田先輩!」

笑顔で駆け寄ってくる後輩、横島優。俺はこいつに告白された。仲良くなったきっかけはほんの些細なことで、横島が希望ヶ峰に入学すると決まったとき親にもらった入学祝の腕時計を、転んで壊して、それを俺に直してと泣き付いてきたことが始まりだった。あれからなついてきて好意をもたれたわけだが、告白された当時、俺はソニアさんが好きだった。だからせっかくの告白も断ってしまった。
それでもめげずに俺の元へやってきて好きだとアピールしてきたり時には色仕掛けをしてきたり、横島は積極的で、俺の心も次第に傾いてきていた。

「左右田先輩、お弁当作ってきたから一緒に食べよ」
「先輩には敬語くらい使えよな」
「いいでしょ、私と左右田先輩の仲じゃん」
「ただの先輩と後輩だろ」
「未来のお嫁さんと旦那さんでしょ」
「ばーか」

横島のアピールは、想い人に相手にされない俺には効果的で、いつしか愛しさが沸いていた。惚れさせられたと、気付いていた。だからいつか、好きだと告げて驚かせてやろうと思っていた。
だけどそれは、叶わなかった。

俺は、俺のクラスは絶望に落とされ、最悪の事件と共に俺らの存在は消されてしまった。死んだことにされたんだ。だからあいつとの関わりも無くなって、それどころか、あいつへの感情だって、わからなくなっていた。
そして世界を絶望に陥れることに没頭して、自分が自分ではなくなっていた。そんなことをしているうちに未来機関に捕まって、俺のクラスの奴らはジャバウォック島に閉じ込められた。未来機関の更正プログラムによって、俺らから絶望が取り除かれた。

正気に戻ると、ふとあの頃の恋心が戻ってきた。ついさっきまでプログラムの中でソニアさんにまた恋をしていたくせに、俺が思い出した気持ちはそれを上回った。

「横島…」

自分が何をされたのか、何をしてきたのか、何年経ったのか、全てを思い出して涙が零れた。絶望に落ちたせいで、好きな女に好きだと告げることもできなかったんだ。俺の記憶がたしかなら、横島は1回目のコロシアイに参加していたはずだ。それで誰が死んだとかそこまでの記憶は思い出せなくて、もしかしたら俺のせいで横島が殺されているんじゃないかと思うと、吐き気がした。


「左右田先輩」

ふいに、背後からきつく抱き締められた。懐かしい声と呼び方で、横島だとすぐにわかった。

「横島だよ、覚えてる?大丈夫?」
「い、生きて…」
「嬉しいよ。左右田先輩が起きて一番に私の名前呼んでくれるんだもん…。左右田先輩も、生きててよかった」

横島の手に自分の手を添える。ずっとずっと触れたかった、あの横島の手だ。

「…ごめん、苦しめてほんとごめん」
「左右田先輩のせいじゃない。先輩のクラスで何があったのかは、御手洗先輩に全部聞いた。先輩こそ、苦しかったよね、辛かったよね…」
「ごめんな…」

横島の温もりが身に染みた。俺はもう、絶望から帰ってきたんだ。横島を好きな気持ちも、取り戻したんだ。それなのに好きだと言えないのは、自分が犯した過ちのせいか。

「左右田先輩、私、左右田先輩のこと信じてたよ。あの頃の、私の大好きな先輩に戻るって信じてた。ずっと、待っててよかった」

俺を抱き締めていた腕を緩め、俺の視界の中へと移動してきた。久々に見る横島は一段と大人びて、綺麗になっていた。

「先輩も私も、もう結婚できる年齢になっちゃったね」
「…そうだな」
「結婚したときの練習として、優って呼んでみてよ」
「…できねぇよ」
「どうして?」
「俺と一緒じゃ、幸せになれねぇよ」

ばちん、と頬を叩かれた。ひりひりと左頬が痛んで、文句を言おうとしたら横島の泣きそうな顔が目に入った。

「やる気ないの?先輩が、私を、幸せにするんだよ。私に寂しい思いさせた償いとしてね。わざとじゃなくても、先輩は悪いこといっぱいしたから、今度は皆を幸せにしなきゃいけないの。先輩のせいで一番悲しんだのは絶対私だから、先輩は私のこと幸せにしなきゃだめ!」
「…わがままかよ」
「わがままだよ!先輩が私のこと幸せにしてくれるなら何年でも待つから、何年かかってでも、私は左右田優になって幸せになるの!!」

横島のわがままは余りにも自分勝手で、でもまだ俺を好きでいてくれるという安心感を与えられた。

「ソニア先輩に左右田先輩は渡さない!!」

俺なんかのことでガキみたいに騒ぐ横島につい笑ってしまって、なんだか愛しくなって、横島を抱き締めた。

「そそそ、そーだ先輩!?」
「何年でも待つんだよな?」
「ま、待つ、よ」
「じゃあ俺が、絶望の無い世界にできるよう頑張るから、それまで待っててくれ。必ず迎えに行くから」
「…ほ、ほんと?」
「それで、世界が落ち着いたら、左右田優にしてやるよ」
「左右田先輩…!」

ひしっ、と横島も俺の体に腕を回した。初めて、横島とこんな風に触れあった。
約束をしたのだから、俺はこの世界を変えなきゃならない。一人じゃどうにもならないかもしれないけど、俺には日向や九頭龍やクラスの皆がいるし、何よりも待ってくれると言っている横島がいる。


「大好きです!ずっと、誰よりも、私が左右田先輩を一番好きです!」
「オメー前より暑苦しくなったな」
「今まで言えなかった分!とにかく好き!愛してる!だから先輩も私を愛して!!」
「はいはい…」
「え、愛してくれるの!?」

愛する横島のためにも、俺は仲間たちと一緒に、絶望と戦おう。