記念日


私には恋人がいる。高校の頃からずっと大好きで、ずっと付き合っててずっと愛している人だ。私も彼もヒーローになって、毎日ほとんど幸せだって思ってる。ほとんど、に含まれない不幸な日が、今日もまた訪れていた。

「今日こそ許さない…!!」

今日は付き合って4年目の記念日だ!とか思って愛する電気の家で家事をこなしてご飯の準備に取りかかっていたのに、最悪の気分だった。
テレビを付ければ私のものであるはずのチャージズマの、女優との熱愛報道が流れてくるし、スマホを見ても同じニュースで持ち切りだった。
チャージズマの熱愛報道は、今回が初めてではなかった。ヒーローになってから、数ヵ月に1回は撮られていて、毎回別の女が相手なせいで、生粋のチャラ男だとも噂されていた。私もそう思って毎回聞くけど、毎回相手の女とは何にもないだなんて言うから、電気が言うならと思って受け入れてきた。

「たっ…ただいま、帰りました」

鍵と扉の開く音がして、弱気な電気の声も聞こえてきた。今日こそ徹底的に怒ってやらないと気がすまない。言いたいことをまとめるために深呼吸していたら、居間に電気が入ってきた。

「…怒ってる?」
「はぁ?」

なかなか怒気の含んだ声を出してしまい、自分でも引いた。電気もびくっと震えるし、あぁもうごめんなさいね。

「って、待て!早まるな!!俺まだ死にたくない!包丁は置け!!」

何を焦っているのかと思えば、私の手に包丁が握られていたせいだった。料理の途中なだけで電気のこと刺すつもりなんか無いわ、これでも私ヒーローだぞ。

「私も電気のこと刺したくないから答えて。今回の女は何?」
「この前録ったバラエティ番組の打ち上げで、家の方向一緒なの俺だけだったから送ってあげました」

ほら、電気優しい。そういう優しいとこが大好きで付き合ったようなものだけど、そういう誰にでも優しくしちゃうところは嫌い。本当に嫌い。

「なんで断れないの」

私は包丁は置いて電気に近付いた。電気は叱られている子供のように弱々しく眉尻を下げていた。

「…酔ってふらふらな振りされて、他のタレントに押し付けられました」
「何それ、酔った勢いで手出されてないよね?」
「されてない!ほんとに家の前で降ろしてバイバイしただけ!」

信じたいけどさ、これでもう何回目だと思ってるの。メディアが熱愛でばか騒ぎしたいのは解るけど、電気のこと見張りすぎ。そのくせ私のことはばれないし、なんで私だけ電気の恋人として報道されないの。

「…あんまりこんなこと続くと、私つらい。こんなのやだ」
「えっ…いや、待って、考え直して、俺優と別れたくない」
「私だって別れたくはないけど。電気のこと好きだし」
「俺も優のことめっちゃ好きで大好きで愛してるよ!捨てないで!」

捨てるつもりもないけど、電気は泣きそうな顔で抱きついてきた。

「私さ、一生電気のこと捨てるつもりもよその女にあげるつもりも無いからさ、結婚しよ」
「けっ…何!?」
「結婚して。私のものになって。結婚したって発表して」

これで考えると言われたら、悲しいけど別れるつもりだった。でも電気は驚いた顔で私の顔を見たまま、頬を染めていった。

「…うん、する。でもごめん、俺からプロポーズしたかった」
「遅いよ」
「だって今日記念日じゃん?今日こそプロポーズって思ってたのにニュースでデマ流されて、なんか言いづらくて…」
「日頃の行いが悪いからそうなるんだよ。ばか」

電気の熱い頬に手を添えて、唇を寄せた。泣きそうなくらい目を潤ませる電気がほんとにかわいくて、私も電気の体に腕を回した。

「あー、もう情けなくてごめん、好き。俺いつ愛想尽かされるかすっげー不安で、余計に結婚しよって言えなかった」
「…何回も撮られるし呆れてはいるけどさ、電気私のこと好きじゃん。私も電気大好きだもん。もう結婚するしかないじゃん」
「俺もそう思ってたけど、自信無かった」
「電気馬鹿だし情けないけど、私だけは死ぬまで面倒見てあげるからいい子にしてて」
「うん、する」

ぎゅうう、ときつく抱き合ってひどく安心した。勢いで言ってしまったけど、喜んでもらえて本当によかった。これで本当に、ずっと電気といられるし、電気に近寄る女も減るだろう。

「なぁ優、これ貰って欲しい」

電気は私から体を離し、ポケットからごそごそと何かを取り出した。ドラマでよく見るような高そうな箱を目の前に出され、その箱が開かれると、きらきらと輝く指輪があった。

「今日プロポーズするつもりで、前から用意してた。不甲斐ない俺だけど、それでも良ければ、結婚してください」
「…うん。指輪も、電気も、大事にする。ありがとう」

結婚したいくらい好きだったのが、私だけじゃなくてよかった。嬉しいのとほっとしたので涙が溢れてきた。

「俺も、優のことめっちゃ大事にする」

電気は優しく私の涙を拭ってくれるけど、電気も私と一緒で泣いていた。だから私も、濡れた電気の頬を撫でてあげた。