貴方の代わり

「ねぇ、黒崎、今日さぁ」
「断る」

横島の言いたいことは嫌でもわかった。なぜかというと、最近毎日同じことを言ってくるからだ。

「せ、せめて最後までしゃべらせてくれない!?」
「いっつも同じことしか言わねぇ奴が何言ってんだ」
「…わかった、言い方を変える」

横島はゴホンと咳払いをする。

「今日も黒崎くん家で…いっぱい、あんなことやそんなこと…したいな」
「人聞きの悪いこと言うな馬鹿!」
「黒崎が言い方変えろって言ったくせに」

不貞腐れたような顔で横島は文句を言う。周りがこっち見てんだろうが。

「それで、遊びに行っていいの?ダメなの?」
「ダメだ」
「なぜ!?私のこのあり余った愛情はどうすればいいの!?こんなにも好きだというのに!」

横島の言葉で更に周りがざわついてこっちを見る。啓吾は羨ましそうに見てくるけど別にこれは嬉しい状況なんかじゃない。こいつが好きなのは俺じゃなくて、

「妹をそっちに目覚めさせる気はねぇんだよ!そんなに女がいいなら本匠でいいだろ!」
「人聞きの悪いこと言わないで!?私はレズじゃなくて、ただ夏梨ちゃんを愛してるの!」

シスコンとかいう訳ではないが、こいつからは妹を守りとおしたい。妹がこいつの毒牙を受けてしまったら俺の責任だ。

「とにかく俺は帰る」
「私も行く!」
「ついて来んな」

足早に教室を出るのだが、横島はどこまでもついてきた。しかも足が遅いからとか言って、いつも俺の服の袖を掴みやがる。人の気も知らないで。

「ただいまー」
「ただいま!」
「てめぇの家じゃねぇよ」
「いいでしょ、いつかこの家の子になるんだから」
「女同士で結婚できると思うなよ」

横島はさも自分の家にでも帰ってきたかのように振る舞う。

「優ちゃんおかえり〜!」
「あっ、ただいまおじさん!」
「夏梨ちゃんならまだ帰ってないぞー」
「ええええっ」
「残念だったな、帰れ」
「やーだ、帰ってくるまで待つもん」

そう言って家に上がり込んできた。夏梨がこの時間に居ないってことは誰かと遊んでんだろ。待っててすぐに帰ってくるもんじゃねぇってのに。

「シュークリームあるけど食べるかい?優ちゃんが来ると思って用意しといたんだ!」
「わぁい、ありがとうございます!おとうさんって呼んでいいですか!?」
「モチロンだ!こんなに可愛い娘ができたと思うと嬉しいよ!」

親父と横島のハイテンションな仲の良さはいつも通りのことだが夏梨が居ないといつまでも続くからうるさい。

「そろそろうるせーよ」

めんどくさくなったので階段をのぼって自分の部屋に向かった。「待ってよー!」と言いながら横島は階段を駆け上がってきた。
何だかんだ言いながら俺は横島を部屋に入れてしまうし、横島は何も考えずについてくる。妹を獲られまいと思いながらもこいつに心を許してしまう。

「さて、夏梨ちゃんも居ないし、ベッド下でも漁ってみましょう!」
「帰れ」
「嫌!」

横島はバッグを置いて俺の椅子に座った。しょうがないから俺はベッドに腰かけた。

「あれ?そういえば私って黒崎の部屋入るの初めてじゃない?部屋中の匂い嗅いでいい?」
「…てめぇ本気で追い出すぞ」
「いやーん」

横島はおどけながら椅子でくるくると回転を始めた。

「黒崎ってさー」
「あ?」
「あんなに可愛い妹が身近にいるのに手出したりしないのかな〜」
「しねぇよ!」

なんでそんなに夏梨がいいんだ。可愛い可愛いとか言うが別に可愛くねぇだろ。なんか俺と似てて目付き悪くて愛想無いし、男っぽいし。

「あぁぁ、そこらの小学生男子なんかに夏梨ちゃん渡したくないよぉぉ」

横島は上を向いて、回転するスピードを上げた。回って風がおこるせいで、短いスカートがパタパタと揺れ、太股やそれ以上に奥の普段見えないところが見えてしまっていた。本人は上なんて向いてるせいで気付かないが、ここには二人しかいないんだからそのくらい気にしろ。俺が男ってわかってんのかこいつ。まぁ、男として見てないってことか。…帰れよ。

「おい横島」
「ん」

こっちを向くために動いたせいでバランスを崩し、椅子ごと倒れやがった。頭でもぶったら危険だと思い、急いで横島を受け止めにいった。

「馬鹿…大丈夫か」

ギリギリで肩を掴んで、背中や頭を打つことは阻止できたようだ。

「く、黒崎… 」

なんて、か細い声で名前を呼ばれドキっとする。そしてしばらく俺を見つめ、頬を紅潮させていった。

「…横島」
「黒崎…今の険しい顔、夏梨ちゃんそっくりだった…」

甘い雰囲気だったのに、今の一言でぶち壊された。

「てめぇなぁ…」
「…でもやっぱり、夏梨ちゃんより、…」

横島はそこまで言って口を閉ざしてしまった。

「何だよ」
「…いい。言っても馬鹿にされるだけだもん」
「言えよ」

夏梨より、何だよ。気になるとこで止めやがって。

「…夏梨ちゃんより、」
「より?」
「か…っこいい…」

消え入りそうな声で、恥ずかしそうに目をそらしながらそんなことを言われた。夏梨より、とかいう基準がおかしいが、純粋に嬉しかった。

「…ごめん」
「いや、べつに…」

変な雰囲気になったがとりあえず横島を起こしてやった。俺も横島も床に座り込むことになってしまった。

「あのさ、黒崎…せっかく二人きりだから、私の話聞いてくれる?」
「お、おう」

横島が頬を染めたままそんなことを言う。期待してしまい、心臓がバクバクとうるさくなってしまった。

「…私、夏梨ちゃんが好き」
「…は?…今さら何だよ」
「ち、ちゃんと最後まで聞いて?」

一言目のせいで心臓は通常通りになった。最後までって何だよ、夏梨への気持ちをか。

「わ、私ね、夏梨ちゃんが黒崎と似てるから、最初は黒崎の代わりとして夏梨ちゃんに絡んでたの」
「…ん?」
「でもそしたら、いつの間にか夏梨ちゃんのことも好きになってて、だから、本当の気持ち隠してこの家に、遊びに来てたの」

夏梨のこと、も?

「でもやっぱり、夏梨ちゃんは女の子でしかなくて、今ので全部、我慢できなくなっちゃった。黒崎はやっぱり黒崎でしかなくて、誰かを代わりにすることなんかできないんだなって思ったの」

落ち着いていた心臓も、また激しく動き出した。いつになく女の子らしい横島を見て、生唾を飲み込んだ。

「…私が本当に好きなのは、黒崎…なんだよ」

横島は顔を真っ赤にしてうつむいた。初めて見る、真面目な横島。

「本当は…黒崎と一緒に居たくて、しゃべりたくて、だから…」

親父や夏梨なんかに嫉妬してイライラしてた俺が馬鹿みたいだ。横島は初めから夏梨ではなく、俺のことを

「俺だってそう思ってたから、たとえお前が夏梨目当てだとしても家に呼んでたんだ」
「…え?」
「…好きなんだ、ずっと前から」

恥ずかしい。言うつもりなんかなかったのに。なんでこんな流れになってんだ。

「…黒崎」
「何だ」
「私と付き合って」

さっきまで消えそうな声でしゃべってたくせに、きりっとキメ顔で言ってきた。

「す、少しは恥じらえよ…」
「告白以上に恥ずかしい訳じゃないから良いかと思って…」
「だからって、」
「もー、いいでしょ!これでも恥ずかしいんだから早く答えて!」

横島はぐいぐい詰め寄ってくる。夏梨に詰め寄るところはよく見ていたが、自分がやられるとたまらない。

「私の彼氏になってください」
「…喜んで」

よくこんなに恥ずかしいこと言えるな。今さらだがいろいろ攻められていた夏梨の気持ちがわかった気がする。

「…恥ずかしいからそろそろ帰る」
「そ、そうか」

横島はいきなり立ち上がった。たしかにこのまま居られてもどうしていいかわからない。

「明日…またここに来ていいかな?今度はちゃんと、黒崎に会いに」
「あぁ、もちろんだ」

俺も外まで見送ってやろうと思い、立ち上がる。そのときちょうど、誰かが階段を上がってくる足音が聞こえた。すると横島が過剰に反応し、部屋を飛び出した。
まさかと思ったが、廊下に顔を覗かせると横島に抱き締められている夏梨がいた。

「おかえり夏梨ちゃん!待ってたよ!」
「優ちゃん!ただいま…って、外で遊んできたとこだから汚いよっ」
「いいのいいの!私はどんな夏梨ちゃんでも大好きだよ!早く私と結婚できる年齢まで育ってね!」

相変わらず横島は夏梨にべた惚れだった。しかし夏梨のことを俺の代わりと思ってた、とか言ってたな。ってことは、夏梨に言ったりしたりしてたことは、本来俺に向けられるべきだったものなのか?と考えると、だいぶ恥ずかしくなってきた。

「残念だけど私そろそろ帰るね、また明日も来るから!」
「じゃあ明日はまっすぐ帰ろうかな。優ちゃんと遊ぶの楽しいし」
「わーい!」

横島は夏梨の頭を撫でまくった。…べつに、うらやましくなんか。

「じゃ、また明日!」
「うん、またねー」

横島は階段を降りていくから、取り残されている横島のバッグを持って俺も一階へ移動した。

「おっ?優ちゃんもう帰るのか」
「はい、また明日来ます!」

横島は俺の手からバッグを受けとる。

「明日からは、遊子ちゃんとももっと仲良くしてみるね」
「おう」
「それじゃあさよなら!一護とお義父さん!」

満面の笑みでそう言い横島は家を出ていった。名前を呼ばれた余韻に浸っていたら、親父が肩に手を置いてきた。

「青春だな!」
「うっせぇ!」