力は無くても

※原作全部読み終わった人向け






私はあの人の眼中には居ない。それは初めから解っていたことで、変えようの無い事実だった。
視界をうろちょろしてみても、草鹿副隊長と騒いでみても、宴会にお邪魔してみても、それはどうしようもなくて、本当に弱い奴には興味が無いんだと思わされた。

「更木隊長、お茶いれましたけど、のみます?」
「あぁ」

別に呼ばれたわけでも、頼まれたわけでもない。ただ、いつも通り、お菓子を買って十一番隊に遊びに来ただけだ。それなのにいつもと違うのは、お菓子で喜んではしゃいでくれる草鹿副隊長がいないということだ。
更木隊長は寂しいなんて言わない。ただいつもより、暇そうに昼寝する時間が増えただけで。

「…お菓子、買いすぎちゃったんで、更木隊長も食べてくださいね」
「食う奴もいねぇのにそんなに買うんじゃねぇよ」

文句を言いながらも食べてくれるのは更木隊長の優しさだろうか。それともただの暇潰しか。

「私、甘いもの好きなんです」
「そうかよ」

更木隊長のことも好きですよ、って言うなら今だと思う。でも言えなくて、そんな言葉は大福と一緒に呑み込んだ。言ったところで、きっと相手にしてもらえない。弱い私では、更木隊長を心から楽しませることなんてできやしない。

「んな辛気臭ぇ顔で居座るな」
「…笑顔の女の子の方が好きですか?」
「何の話してんだ」

それでも、たとえばいなくなった草鹿副隊長の代わりに、更木隊長の傍で騒いだり、怒られたり、可愛がられたりしたいなって、思っちゃうんだよ。子供扱いでもいい。草鹿副隊長の代わりでいい。いや、私なんかじゃ代わりにすらなれないかもしれないけど、少しでいいから、草鹿副隊長が居なくなったその心の隙間に、いれて欲しいなんて思ってしまう。弱味につけこむみたいでずるいのはわかる。悲劇を利用してるってのもわかる。すごく嫌な女みたいだけど、それでも、更木隊長の傍にいたい。

「…人肌が恋しくなる時ってありませんか?」
「ねぇよ」
「…私はあるんですよ」

ぐぐっとお茶を飲んでため息をつく。意を決して立ち上がり、更木隊長の大きな背中にぴたっとくっついて、抱き付くように首に腕を回した。草鹿副隊長の居ない今、突然の邪魔が入らないことを把握した上でのチャレンジだ。心臓がばくばく煩くて、手のひらに汗が滲む。

「私では…草鹿副隊長の代わりには、なれませんか?」

更木隊長の傍にいて、仲良しで、癒してあげる。そんな存在に、私もなりたい。

「あいつの代わりっつーことは、同じ部屋で寝るし着替えも手伝うし風呂も手伝うが、それでいいんだな?」
「…はい?」

更木隊長は私の腕を掴んだまま立ち上がるから、私は更木隊長の肩にぶらさがるような形になってしまった。

「あ、あの、」
「まぁ、やちると違って大人だしな。一緒に寝てどうなっても知らねぇぞ」
「ま、待ってくださ、私、あの、えっと」
「あぁ?人肌が恋しいとかほざいたのはてめえだろ」

そうです、私ですよ。それに応えて私と寝ようとしているんですか?それじゃすけべなのか優しいのか解んないですよ。

「俺も暇だしな、相手しろよ」
「…私でいいんですか?」
「誘ったのはてめぇだろ」

そのまま滅多に訪れることのなかった更木隊長の部屋に連れ込まれ、雑に畳に降ろされた。

「や、あの、お風呂…ていうか、まだ真っ昼間で…」
「真っ昼間から色目使ったのはてめぇだ。後悔するくれぇなら最初からやんじゃねぇ」
「…せめて、お風呂に、」
「待てるかよ」

電気も点いていない薄暗い部屋で、更木隊長の鋭い眼光が光った気がした。闘いじゃなくても、その獣のような目は見れたのか、と今更ながら気付かされ、ぞくぞくした。

「…体格差だけ、気遣ってくださるとありがたいです」
「気が向いたらな」

噛み付くようなキスをされ、獣に捕食されている気分になる。けれども粗雑なそれが心地よくて、支配されることに興奮する。
今は、更木隊長の目には私しか映っていない。きっとこれからも、更木隊長に抱かれるような物好きな女はそうそう現れない。だとしたら、こんな風に支配してもらえるのはきっと、私だけ。

「ふふっ…」
「笑ってんじゃねぇよ」

辛気臭い顔をするなとか笑うなとか、更木隊長はわがままだ。首筋に噛み付かれて、食い千切られるんじゃないかと怯えてしまう。怯えるなとでも言いたいのか、不機嫌そうに私を見下ろす。怯えてほしくないなら、毎日優しく構ってください。
せめて抵抗はしないように、されるがままに更木隊長を受け入れた。戦えない私でも、たとえ愛されていなくても、触れてもらえるだけで私は、幸せだから。