黒崎とぶつかる


いっけなーい!遅刻遅刻!
脳内でそんな台詞を再生しながら、菓子パンを食べながら登校していた。もちろん遅刻だ。
どうせ遅刻なら何分遅れても一緒だと思って、駅前の美味しいメロンパンを買ってから学校に来た。欲張って二個も買ってしまったせいで、二個目がまだ食べ終わっていないのに学校に着いてしまったし、もうすぐ教室に着きそうだった。
さすがにパンを食べながら授業中の教室に入る訳にはいかないので、廊下でぼーっとしながらパンを食した。皆が授業を受けているのに私だけこんなに美味しいメロンパンを食べているなんて、贅沢だ。
至福を感じていたのも束の間で、走る足音が近付いてきているような気がする、と思ったときにはもう廊下を曲がってきたその人に思いきりぶつかられた。

「うおっっ」

衝撃で食べかけのメロンパンを手離してしまった。落とさないようにと無理な体勢で手を伸ばしかけたのだが、ぶつかってきた人に阻止された。私が倒れないようにと気を使ったのか、抱き止められていた。
固い胸板から解るのは、この人が男だということと、心臓の音がうるさいということだった。しかも、男の癖にいい匂いがした。

「わ、悪い!大丈夫か?」

すぐに解放されたものの、私のメロンパンは無惨に床に転がっていた。ひどい。
文句を言ってやろうと顔を上げたら、その人は私の見知った人だった。

「黒崎じゃん」
「横島かよ」
「私じゃ悪い?ていうか、パンが無駄になった!私の朝ごはん!私の幸せ!」
「ばか、騒ぐなっ」

ああそういえば今は授業中だった。

「どうしてくれんの?」
「あー、まぁ、悪い、今急いでるから」
「はぁ?そんな漏れそうなの?小学生か」
「便所じゃねぇよ、急用!」

黒崎は早くこの場を離れたそうだし、そわそわしてるし、どう見てもトイレじゃないのか。

「私のメロンパンより大事な用とか許せないんだけど」
「じゃあ帰りに同じの買ってやるからそれで許してくれよ、な?」
「そんなにメロンパンばっかり……」

黒崎は本当に急いでいるようで、喋りながらも階段を降り始めていた。
メロンパンばっかりもういらないとも言いたかったけど、よく考えたら一緒に帰る口実になることに気が付いた。黒崎と二人で、メロンパン買って、美味しいねって言い合って、なんだかデートみたいじゃないか。

「じ、じゃあ帰り、約束だからね!」
「おう!」

あぁ嬉しい。黒崎とデートの約束をしてしまった。
嬉しさを隠しきれず、にやにやしながら教室に入ったら、遅刻を反省しろと怒られてしまった。今怒られてつらくたって、帰りの時間には黒崎の横を並んで歩けるんだ。あぁもう、早退して今すぐ黒崎と帰りたいくらい、下校時間が楽しみだ。