かかりきり長谷部


へし切長谷部がうちの本丸に来てから二日目。どうも長谷部の様子がおかしかった。一日目は人間の体での生活に慣れるため苦労しながら、近侍の歌仙に色々教えてもらったり、もちろん私も色々教えてあげた。長谷部は理解力もあり、すんなりと状況を受け入れ、初日から出陣に行くこともできた。

そして二日目、長谷部のことを知りたくて近侍になってもらい、出陣にも行ってもらった。初日は疲れる様子など全く見せなかったのに、今日はなぜかすぐに疲労状態になってしまい、出陣できなくなってしまった。大丈夫かと問えば、大丈夫ですと返事が返ってくるのみ。だが長谷部は昨日より明らかに調子が悪そうだった。

「長谷部、ご飯食べて」
「…主が、作ってくださったのですか?」
「そう。だから冷めないうちに食べて」
「ありがたき幸せ……。いただきます」

長谷部に執務をしてもらっている間に、私は私と長谷部の二人分の夕餉を用意した。僕らの分は?なんてにっかりに聞かれてしまったから、長谷部の様子が落ち着くまでみんなで協力しておいて、と丸投げしてしまった。
長谷部は器用な男で、みんなが苦戦した箸の使い方も一日とかからずにマスターしてしまった。
夕餉を終えて一休みしていたら、食器を片付けてくると言い長谷部は立ち上がった。だが、目元を抑えたかと思うとすぐに膝を折り床に膝をついた。

「長谷部、」
「大丈夫です、少しふらついただけです」
「…食器は割られても困るし私が片付ける。長谷部はゆっくり御風呂でも入っておいで。それで疲れはとれるだろうから」
「……はい、お気遣いありがとうございます」

危なっかしくて見ていられない長谷部を風呂へと送り出し、私は食器を洗ったり短刀たちを寝かしつけたりしてから風呂に入った。
風呂から出て自室に戻ると、部屋の外で長谷部が待機するように正座をしていた。部屋には既に布団が敷いてあり、寝る準備が万端であった。ありがたかったが、寝る前に少しだけ仕事を片付けようと思い机に向かった。だが、部屋の外にいる長谷部の陰がゆらゆらと動いていて気になった。

「長谷部?」

障子を開けて長谷部に声をかけてみる。返事が無いので顔の前で手をぱたぱたと動かしてみたら、やっとこちらに気が付いたらしく私の方を向いた。

「はっ、失礼致しました」
「長谷部、昨日はよく眠れた?」

よく見ると長谷部の目の下には隈ができていた。そんなに疲れるほど仕事をさせたとは思えないが、長谷部の真面目さと人の体に慣れていないせいで、余計な気苦労でもあっただろうか。

「いえ……お恥ずかしながら、眠るという感覚がいまいち掴めず、今日に至ります」
「んっ?じゃあ昨日寝てないの?」
「はい…」
「…人の体は寝ないともたないって、言ったでしょ?きっと今それ体感してるよね」

虚ろな目をする長谷部が心配で、頬を撫でてみる。男のくせに綺麗な肌だ。なんてことを考えていたら長谷部にその手を握られた。

「目を瞑ると暗闇で…意識が飛びそうになるのが、怖いのです。そのままずっと、ただの刀だった頃のように、動けなくなってしまうような気がして…」

今までも何人か、怖くて眠れないと訴えてくる子たちもいた。でもこんな、自分より年上に見えるような人から言われるとは思ってもみなかった。

「長谷部、おいで」

長谷部の手を引いて部屋に連れ込み障子を閉める。

「寝たら、朝には起こしてあげるから。長谷部が寝たまま目を覚まさなくても、絶対に私が起こしてあげる。だから、怖がらなくても大丈夫だよ」
「…主」
「一回寝てみればそんな不安消えちゃうし、疲れもとれるから」

無理矢理ではあったが長谷部を布団に押し込んだ。もちろんここは私の部屋なので私の布団だ。抵抗されたけど、主命と言えば大人しくなった。

「主は、どこで寝るのですか?」
「うーん、まぁ長谷部と一緒に寝ちゃおうかな」
「そんな、でしたら俺は出ます。俺なんかが一緒に寝たら、狭いし、主のお体が休まりません」
「長谷部が一瞬で寝てくれれば私も寝れるから、私のお体は充分休まるよ」
「しかし……」
「つべこべ言わないの」

拒絶されてるみたいで悲しくなるでしょ。素直に受け入れて欲しいものだ。

「私が傍にいてあげるから、安心して寝てよ」
「…俺が寝ている間に、どこかへ行ったりしませんか?」
「行かないから大丈夫。ほら、手握っててあげるからさ」
「…すみません、手間をかけさせてしまって」
「私は頼られるのも好きだから全然構わないよ。もう、こっち見てないで目瞑って」

話しながら私も布団に潜り込み、長谷部の手を両手で包み込むように握ってあげた。要領が良いから手はかからないと思ったのに、予想外だ。長谷部の綺麗な色の瞳は嫌いでは無いけど、寝不足で充血して怖かったし瞑ってもらった。

「長谷部、おやすみなさい」
「おやすみなさい、主……」

長谷部は私の手を少しだけ力を入れて握り返した。いつも刀を握るその手はたくましくて、今こんなにも弱々しいのが嘘みたいだ。
しばらくすると私の手を握る力が弱まり、寝息が聞こえてきた。どこへも行かないと言ってしまったからそれを守るのなら私はもうここで寝る以外の選択肢は無いだろう。私は長谷部の手を握ったまま眠りについた。


主、と呟く声。そして酸素が薄いような息苦しさにより目が覚める。よく寝たはずなのに視界が暗くて時間がわからない。目の前の壁を触ってみれば、それが人の体だと解った。

「……長谷部」
「はい、お呼びでしょうか。…おはようございます。目が覚めたのですね」
「あー……うん、そう、おはよ。それで、この腕はどういうつもり?」
「気が付いたらこのような体勢になっておりました。これが主の意思であるのならこのままでいることが得策かと思い、現状を維持させていただきました」

どう見ても長谷部が私を抱き締めているだけなのに、何が私の意思であろうか。まぁ長谷部も気が付いたらこうだったって言ってるんだし、寝相の悪さのせいなんだろうけど。

「それに、朝は主が俺を起こしてくださると仰っていたのにまだ眠ったままだったので、このまま目を覚まさないのではないかと不安でした」
「…そう、それはごめん。寝坊したね。でも長谷部、私はそう簡単に死んだりしないから、大丈夫だから、そろそろ解放してくれないかな」
「……主命ですか?」
「……うん」

長谷部は渋々私を解放してくれた。顔を見てみれば、なんとも名残惜しそうな表情だこと。それに、主命じゃなければ離してくれなかったのだろうか。

「主、人の体には解らないことが多く、何かと迷惑をおかけしてしまうかもしれません」
「そのくらいは承知しているから気にしないで」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「どうぞ、何なりと」
「主の傍に居られると落ち着くのですが、なぜか心の臓の動きが激しくなるのでとても不安です。これは、病気なのでしょうか?」

そんなことを長谷部は至って真面目な顔で聞いてきた。どんな感情によって体にどんな変化が出るかなんて、今まで肉体が無かった者に解るはずがない。だからと言って、そんなことまで私が直接長谷部に説明しなければならないというのは、少し難しいというか、恥ずかしいというか。

「長谷部は本当に手がかかる…」
「申し訳ございません。不治の病か何かなのであれば、戦いに支障が出る前に刀解していただきたく…」
「ばか、刀解なんかそう簡単にするわけないでしょ」

これだけ主主とうるさい長谷部のことだから、これが不治の病になってしまってもおかしくない。詳細を教えてあげたい気もするけど、何も解らないままの長谷部を見たいという意地悪な気持ちも働いてしまう。

「こんなに手がかかるなら、近侍でずっと傍に置いて私が直々に面倒見てあげるしかないかもね」
「主の手を煩わせてしまい、申し訳ありません。傍に居させてくれるのであれば、この長谷部、一生主に仕えさせていただきます」
「長谷部、それ謝るときの顔じゃないのわかってる?」
「はい、申し訳ございません。なぜか、抑えられなくて」

長谷部は心底嬉しそうな顔で笑っていた。そんな顔を見せられて、面倒を見てあげないなんてそんな酷なことできるわけがないじゃないか。

「浮かれるのは構わないけど、任務はちゃんとこなしてよね?」
「はい、主命とあらば」
「よし。じゃ、そろそろ活動始めましょうか」
「はい」
「……返事だけじゃなく、動きなさい」
「……はい」

長谷部は渋々起き上がる。私も続いて起き上がれば、長谷部がそっと手を握ってきた。

「なっ、なに」
「…昨夜は主のおかげで眠りにつくことができました。ありがとうございます」
「いえいえ…」
「それで、ですね。今夜もまた眠りにつけるかどうか、わからないので、また隣で寝させていただくのは、難しいでしょうか」
「えっと…長谷部さん、その、顔が……いや、別にいいです。じゃあ、眠りに慣れるまで、ということで特別に添い寝してあげます」
「あ、ありがとうございます!」

顔を赤らめながらそんなことを言われて、拒否できますか。たぶんここは拒否するべきなのだろうけど、こんな可愛い長谷部を無駄にするなんてできやしない。

「いい?みんなには秘密だからね?」
「二人だけの秘密…でございますか」
「ま、まぁ、そうなるね」
「この長谷部、命に代えても秘密は守り通してみせます」

眠りに慣れるまでなんて調子のいいこと言ってみたけど、きっと私はこの先ずっと長谷部と布団を共にするのだろう。にっかり辺りにバレたら何て言われてしまうだろう。やらしい顔でにやにや笑われてしまうんだろう。だとしても、嬉しそうな長谷部を見られるのなら、それでもいいかななんて思ってしまった。