へそくり長谷部


「ごめんねー、刀なのにこんなことさせちゃって」
「いえ、荷物持ちでも主のためならば」

食材の買い出しに行くのに、長谷部に付き合ってもらって、荷物持ちまでさせてしまった。主のため、だなんて言って頑張ってくれるけど、良いように使ってしまっているような気がしてしまって罪悪感が沸いてしまう。

「御駄賃……って言うのもなんだけど、手伝ってくれたお礼も兼ねて、何か好きなもの買っていいよ」

長谷部はいつも文句を言わずに買い出しに付き合ってくれるから、毎回御駄賃をあげていた。もちろんそれは長谷部だけでなく、他の子が手伝ってくれた時にはその子にもちゃんと与えているものだった。
短刀たちなんかはその日にすぐお菓子を買ったりしてあげた分をほとんど遣いきってしまうのだけど、長谷部はそれとは違っていた。御駄賃をあげても、好きなものを買う様子は全く見受けられなかった。主主で長谷部には自主性というものが無いのかと言ってしまいたくなったが、それも個性だと思い言い留まった。

「いつも手伝ってくれるから、明日は長谷部の好きなご飯にしてあげよっか。何食べたい?」
「主のお作りする手料理ならば、何だって美味しく頂きますよ」
「そうじゃなくてさー、どうせ作るなら長谷部の好きなもの作ってあげたいじゃん。何かないの?」
「そう言われましても……」

私のために頑張ってくれる長谷部のために、私もお返しをしてあげたいのに。長谷部がどうしたら喜ぶのかいまいち解らない。この様子だと長谷部自身も、自分が何が好きで何が欲しいのかもよく解っていないのかもしれないけど。

長谷部の好きなものも解らず、長谷部に何もお返しができないままさらに2週間が経った。その頃にはもう、長谷部が買い出し係になったかのような雰囲気で、他の子があまり万屋についてこなくなっていた。ちょっとだけ申し訳なくて、私個人の財布からお菓子をお土産として買って帰ってあげたりもした。


「ね、鯛焼き食べたい。長谷部も食べよ」
「構いませんが……ご飯が食べられなくなっても知りませんよ?」
「お腹空いてなくても私が作ったものならちゃんと食べてくれるんじゃないの?」
「俺はたしかにそうですが、主のことを言ってるんですよ」

ああそうか。ご飯が食べられなくなりそうなのは長谷部ではなく私の胃袋の方だったか。

「それじゃ、半分こしよう」
「いいですよ。買ってくるのでここで待っていてください」
「お金…」
「財布ならあるので大丈夫です」

そうは言うが、長谷部にやったお金は長谷部が好きなものを買うためにとあげているのに。鯛焼きが好物だなんて言ってなかったし、こんなことで使わせてしまっていいのだろうか。まぁでも、毎回あげてた御駄賃を使っていないのだから余裕はたくさんあるはずか。って、お金のことばかりいやらしいな私。

「はい、頭と尻尾、どちら側がよろしいですか?」
「あたまー」

長谷部は買ってきた鯛焼きを半分に割り、頭の方を私にくれた。一つのものを分け合うのも、なかなか悪くない。私はこういうの好きだけど、長谷部はどうなのだろう。ほんとは丸々一つ分食べたかったりしたのかな。

「美味しい」
「主は鯛焼きがお好きなのですか?」
「好きだよ。長谷部は?」
「主と一緒に食べられるのなら、何だって美味しいですよ」

何を食べるかじゃなくて誰と食べるかが大事ってことか。もしかして長谷部の世界は私中心で回っているんじゃないか。まぁ長谷部の本業は戦闘だからそんなことはないだろうけど。

「ゴミ捨てて来ますよ」
「ん、ありがとー」

長谷部は鯛焼きの入っていた袋を持って私から離れていった。ふと見るとすぐ近くにゴミ箱があったのに、長谷部は気付かなかったのだろうか。なかなか帰ってこなくて心配だったが、数分経った頃やっと戻ってきた。

「遅いよ!」
「すみません、お待たせしました」
「ゴミ箱そこにあったのに」
「本当ですね、気付きませんでした」

なんだか白々しい気もするけど、お手洗いにでも行っていたのかもしれないし、これ以上聞くのはやめておいた。

「まぁいいや。早く食材持ち帰らないと光忠に怒られちゃう」
「奴が主を怒るようなことがあれば俺が全力でやめさせますよ」
「はは、本丸で喧嘩はやめてよねー」

買った品物を持って立ち上がれば、長谷部が私に手を差し出した。

「御荷物、お持ち致します」
「あぁ、ありがと」

危うく長谷部の手を握ってしまいそうだったが、そんなことしなくてよかった。私は荷物を長谷部に手渡した。


「ねぇ長谷部」
「はい?」
「長谷部は何か好きなものは無いの?」
「好きなもの……ですか」

好きな食べ物すら思い付かない長谷部には難しい質問だったのか、しばらく沈黙が続いてしまう。考え事をする長谷部の横顔は隙だらけで、ついつい触ってみたくなる。まぁ、変な風に思われても困るからそんなイタズラはできないが。

「主」
「へっ!?」
「主と、一緒に居られるこの時間、ですかね」

主とか言うから、私のことが好きとか言われるのかと思った。びっくりさせないでほしい。

「もちろん主のことも、ですよ」
「んっ!?」

勢いで長谷部の顔を見てしまった。だが長谷部はにこりと笑うだけで、それ以上のことは何も言おうとしなかった。
刀と言えど、今は人の形なのだから、そういうことを言われると私も意識してしまうし、戸惑ってしまう。長谷部はこれでも刀なんだから、好きと言ってもあれだ、ラブじゃなくてライクの方だ。そうに違いない。

「なので、日々のお礼の意味もこめて、主への贈り物があります」

長谷部は上着の内ポケットから小さな包みを取り出した。

「受け取ってくれませんか?お気に召さなければ捨てていただいて構いませんので」
「いやいや、捨てるなんてとんでもない…。…もしかして、さっきゴミ捨てにいくふりしてこれ買いに行ってたの?」
「ばれてしまいましたか。お恥ずかしい」
「…開けて良い?」
「ええ、もちろん」

包みを開いてみると、私にはもったいないくらい綺麗な石のついた髪飾りが出てきた。それは長谷部を連想するような綺麗な藤色で、これを付けたら長谷部色に染まるような気になってしまって少し照れ臭かった。

「ありがとね。本当に貰っていいの?こんなに高そうなもの…」
「値段など気にしないでください。財布が重くなってきていたところですし、主のため以外での金の使い道が無いので問題ありません」
「いやいやいや……もっと自分のためにお金使えばいいんだよ?これはプレゼントだし、嬉しいから貰っちゃうけど…美味しいもの買ってこっそり食べたりとかしていいからね?」
「では今度、一緒に美味しいものでも食べに行きましょうか。もちろん、二人で。俺がおごります」
「いや、あの……いいよ。いいけど、えーっと」

長谷部の気持ちは嬉しいけど、長谷部のお金が私のために消費されていくのは心苦しいというか、何と言うか…。

「俺が一番に望むのは、どんな物よりも、主の笑顔です」
「…ほぇ」
「厚かましくてすみません」

爽やかにそんなことを言うものだから、相手が刀だなんてことは忘れて胸が高鳴った。
私のスマイルなんてゼロ円なのに。こんなものが、長谷部が欲しいものだなんて。

「……欲しいのは、笑顔だけ?」
「はい。…と、言いたいところですが、そのように可愛らしく真っ赤に染まった顔を見せられてしまいますと、笑顔だけでは満足できなくなってしまいそうです」

そう言う長谷部の視線は熱っぽくて、私の顔は更に熱くなってしまった。