恋芝居



 忍術学園、学園長の思い付きは様々ある。
 饅頭が食べたいという簡単なものから、運動会をやろうという大掛かりなものまでその内容は多岐に渡る。その度に教師陣は頭を抱えるのだが、生徒たちはあんがいそれが日常で、今度は何を思い付くかと楽しみにしている変わり者まで居た。
 その変わり者のひとりである俺、久々知兵助は木にもたれかかって天を仰いでいる。
 ひらひらと落ち行く葉を目で追いながら待ち人を思い浮かべていた。

「……ハァ、ハァ。すみません、お待たせしました」

 思い浮かべていたらその人が来るものだから驚いた。
 息を切らしてきた女の子はかなり急いで走ったのだろう、胸に手を当てて息を整えている。

「大丈夫、俺も今来たばかりだよ」

 本当はそんなことないのだけれど、自分が学園を出るのが早過ぎたのだ。元より待ち合わせには早く行く方だが今日は一刻も早く出てきてしまったのである。
 だから彼女はいたって時間どおりなのだがすごく申し訳なさそうにしていた。
 その様子を見て、ぼんやりとここにいる経緯を思い出した。

 夏終わり、忍術学園は園田村とタソガレドキ軍の戦に協力した。俺は五年生でありながら火薬委員会委員長代理である。いつもあまりぱっとしない委員会活動も戦となれば別で、その活躍は他の委員会に全く引けを取らなかったと思う。
 戦も終わり、園田村の長老、手潟潔斎さんが改めて礼を言いに来た時だ。園田村では秋に収穫祭があると言う話を学園長にしたらしい。
大々的な祭りだと聞いた瞬間、学園長は顔を上げ笑顔で言ったのだ。

――そうだ、忍術学園も収穫祭に参加しよう、と

 目の前にいる女の子、そよちゃんは手潟さんの遠縁の娘さんだ。
 彼女は収穫祭に向けて大儀な役割を担っていた。俺は先の戦での功労を学園長に認められ、その手伝いを命じられたのである。

「いよいよ、三日後ですので今日は通しでお願いしたいのですが大丈夫でしょうか?」

「いいよ。じゃあ初めから行こうか」

 息を整えたそよちゃん、それから俺の手にはそれぞれ紙が数枚握られていた。しかしふたりともそれを見ることなく声を飛ばし始める。

「もしもし、お嬢さんお困りか?」

 そう発したのはそよちゃんの少し低めに作られた声だった。

「ええ、草履の鼻緒が切れてしまいましたの」

 俺も限りなく高い声を作って言葉を発した。
 園田村の収穫祭の目玉は芝居だった。
 それは男と女の恋愛劇で、なんとその役柄を男女逆で演じるのである。
 だからこの男女あべこべな台詞は間違っている訳ではない。

「まあ、なんて器用な方なのでしょう」

「このくらい、造作もねえでさァ」

 男役は村の女が、女役は外部の男が演じることが決まりになっていた。
 男女逆でやるからこそのあべこべが面白い……この芝居を見るために何里も先の里からもひとが来るらしい。
 学園長からは火薬委員会がこの芝居の手伝いをしろと命じられた。もちろん突然の思い付きである。
 最近は女装の実習も増えて来たし、経験になると軽い気持ちで主役を選んだのだ。

 こうして俺は武家のご令嬢のお冨役になった。そしてそよちゃんが演じるのは主役であり農民の与エ門という男である。

「ほら出来ましたで。気を付けてお行きくだされ」

 そよちゃんの力強い笑みは、さながら本当に若い衆のようだった。
 それでも今の格好は娘のままだからいまいち身に入らない。本番は衣装に着替えるようだが、それを持ち出すことはできないのだと言っていた。
 最初の場面を演じ終え、終盤に差し掛かる前にひと息つく。

「そよちゃん、ずいぶんと上手になったね」

「ありがとうございます。最初は全然言えなくて久々知さんにも迷惑がかけてしまいました」

 あれは約ふた月前、初めてやった稽古の事を思い出す。
 そよちゃんは全くうまく台詞を言うことが出来なかった。それが今では立派に演じている。
 男を演じるにしては華奢な体つきだが、言葉を発すればそれが全く気にならない。
 その成長ぶりには目を見張るものがあった。自分が気を抜けば引けを取ってしまうほどである。

「そう言えばこれ、終わり方はどうしましょうか?」

 聞きながらそよちゃんは台詞の書かれた紙に目を落としていた。
 この話はひとりの農民と武家のご令嬢の恋物語である。身分違いの恋を切なくそれでいて面白く描いた話だった。
 しかし、この台本には最後の場面は書かれていない。毎年違った結末を主役のふたりが作るのである。喜劇にもなれば悲劇にもなる。それは主役たちのさじ加減で決まるのだ。
 ふた月の間に幾つか提案もしたが、どうもぱっとしなくてその部分は未だ白紙である。

「前はどんな展開だったの?」

「昨年は結ばれないまま別の人生を歩むという切ない終わり方でした。その前は、実はお嬢さんが男だったと言って笑いを誘うとか。ええと、その前の年だと心中するとか、本当に色々です」

「ううん、そうだなあ。古典的に結ばれてもいいけれど、それだとあまり面白くないもんなあ」

 俺は唸った。もとよりこういうのを考えるのはあまり得意ではない。図書委員の不破雷蔵になにか聞いておけばよかったと今更ながら思った。

「とりあえず最後まで練習してから決めましょうか?」

「そうだね」

 そよちゃんは水筒から水をひと口飲んで立ち上がろうとする。

「あ、ちょっと待って」

 俺はあることを思い付いて手を招いた。少し遠くに座って休んでいた彼女は小首を傾げながら近づいてくる。側に寄ってくるそよちゃんに後ろを向いて、と頼んだ。
 信頼してくれているのだろう。無防備に背を向ける。俺は自らの髪紐を取って彼女の髪をへ滑らせるのだった。

「久々知、さん?」

 そよちゃんの髪は性格通り素直で、すぐに高い位置にまとまった。

「これでよし」

 結ばれた髪が揺れる。俺はそれを見ながら解かれた自分のを後ろへやった。

「すこしは農民とお嬢さんに見えるかなって」

「なるほど!雰囲気も大切ですよね」

 そう言うと彼女はあたりをきょろきょろと見渡した。
 あぁ、という声が聞こえてどこかへ行ってしまう。待っていればにこにこと嬉しそうな笑顔で戻って来た。

「久々知さん、少しかがめますか?」

 そよちゃんが右手に持っていたのは真っ赤な紅葉だった。
 茎が長い葉を髪飾りに見立てて俺の耳に掛けてくれるようだった。
 俺は膝を折って屈む。すると彼女の左手が顎の骨を支えた。すぐ耳上に茎が通る感触がする。
 それと同時にじわり、と支えられている顎が熱くなった。

「ふふ、綺麗ですよ」

 手を宛てたまま至近距離で目を細められる。思いがけず自分の鼓動が速くなった。
 このままじゃまずい。そう思ってすぐに言葉を返す。

「それ、褒めてる?」

「あ、ああ。ごめんなさい」

 きっと役に入り込んでいたのだろう。
 そよちゃんはすぐに手を離した。しかしながら熱を宿した視線は心臓に悪い。
 例え男女逆でも恋物語を演じていれば意識してしまっている自分がいた。
 台詞の一文も言えなかった彼女が、今では身のこなしまで完璧にそれを演じている。きっと俺の見えないところでたくさん努力をしたはずだ。それを見ていれば特別な感情も抱いてしまう。なにより、彼女の素直さに惹かれるものがあった。
 そんな俺の気持ちも知らないだろう。察せられないようにしているつもりだ。男役というには随分少女の面影のある彼女は、真剣な眼差しになって再び練習に戻って行く。
 この関係もあと三日か、そんなことを思っては少し切なくなる自分がいたのだった。


 園田村の収穫祭は良く晴れた日に行われた。
 忍術学園の生徒も、教師陣も羽根を伸ばして楽しんでいたようだった。
 火薬委員には出演や呼び込みを手伝わせてしまった。他の生徒は楽しんでいるのに悪いな、と謝ったが久々知先輩の方が大役ですからと全員が文句も言わず付き合ってくれた。
 随分良い後輩たちに巡り合えたものである。
 現在は日の暮れかかった夕時、祭りは佳境である。明かりが点り始めていた。
 芝居を終えて、やっと衣装から普段着に着替えた俺は彼女の姿を探していた。

「……久々知さん!」

「そよちゃん」

 村を一周したあたりだろうか。
 向こうから駆けてきたは農民の男、与エ門であったとは思えない娘姿のそよちゃんだ。この祭りの主役と言っても過言ではない彼女は、芝居が終わった後着飾らせてもらったみたいだった。

「ごめんなさい、すぐに挨拶にいこうと思ったんですけれど」

「仕方ないよ。俺もみんなに囲まれてしまっていたし」

 芝居は昼過ぎに終わっていた。しかし、終わった後はその恰好で村を練り歩かなければならない。
 その間に観劇していた同輩や後輩たち、さらには先輩方にも捕まって話をするどころではなかった。
 それは彼女も同じようだった。村のひとたちに囲まれている姿を遠目から見かけていた。

「これから少し良いかな?」

「はい、わたしもきちんとお礼を言いたくて」

 俺は彼女を連れてひと気のない場所を選んだ。
 芝居の主役が揃っているところを見られたら、これまた話しどころじゃないだろう。日も暮れかかって時間もない。
 上の池の向こうまでくると俺たちはやっと腰を落ち着けた。
 ふう、と一息ついたそよちゃんはどこか安心しているようだった。
 思えば出会って最初の方に人混みや人前へ出ることが苦手だと言っていた。ずっと気の張った状態だったのだろう。

「お疲れさまでした」

「そよちゃんもお疲れ様」

 ぼんやりと村へ点った火を見た。まだ中心は盛り上がっているらしい。たくさんの笑い声が響いていた。
 それを遠くに聞きながら、彼女は今日あったことをどこか懐かしむように話し始めた。

「最後の場面、盛り上がって良かったですね」

「うん、特技は生かさなきゃと思って」

 与エ門とお冨の恋物語……俺たちが作った結末はこうだった。
 与エ門に結婚相手が決まって、いよいよ祝言をあげるとなった前の夜。家へお冨がひとりで来る。彼女の正体は武家の娘に変装したくのいちだったのである。そのまま与エ門を攫うと夜に消えて行ったのだ……という駆け落ちの結末にしたのだ。

「ふふ、でも抱えられるのは恥ずかしかたです。去年の与エ門はすごく格好良かったから、今年の主役は背も低いし女々しいとからかわれちゃいました……」

 そよちゃんは困ったように笑った。
 彼女が演じる与エ門は何処までも優しい好青年だった。
 自分の事より村の事を、そしてお冨のことを考えている。俺はそよちゃんお演じる与エ門が好きだったのになあ、そう振り返った。

「与エ門さま、わたしはあなたを連れて遠くへ行きたいと思っているのです」

 俺は芝居の時と同じ高い声で台詞を言う。

「お冨さん、なりませぬ。俺には決まった人がいるんだい。お前ェはどこぞの良い人と幸せになっておくれ」

「そうお言いにならないで。私、あなたと一緒になれるのならこうしてでも逃げていくわ」

 そうしてそよちゃんを持ち上げてしまう。……これが最後の場面通りだった。

「く、くくちさん……!降ろしてください」

 抱き上げられた彼女は顔を赤くして身を縮こめた。
 次の台詞は言ってくれないのか、と少し残念に思いながら地面に足を付けてあげた。
 わたわたと慌てたように座り直した彼女は、膝を抱えてまたぼんやり村の明かりを見つめている。

「……そよちゃんにはさ、劇中の与エ門みたいに決まったお相手はいるの?」

「わ、わたしですか?」

 聞けば彼女は同じ年だと言っていた。もう心に決まった人がいてもいい頃だろう。
 今日が最後だ。思い切って今まで聞けなかったことを聞いてしまう。

「この役が終わるまではそういった相手は作ってはならないと決められているので」

 どうやらこの村の娘は幼い頃から演じる年を決められているようだった。それまでは色恋沙汰はご法度なのだと言う。

「そっか、そうだったんだね」

 俺はよかった、と息を吐いた。
 そしてずっと言いたかったことを、少し冷えてきた空気に乗せてしまう。

「俺さ。演じている時、出来ることなら君を抱えたまま本当にいなくなりたかったよ」

「え、ええ……!?」

「まだ学園生活があるからできないけれどね」

 あの結末を考えたのは俺だった。
 自分は忍術を勉強しているから身のこなしが軽い。だから与エ門を持ち上げて飛んだり跳ねたりすれば観客は喜ぶだろうし面白いだろう、そう提案したのだ。
 実際そんなのは建前で、本当はそよちゃんを攫ってしまいたかった。祭りが終われば彼女は日常に戻って行く。それは俺も同じだ。それがどうも耐え難くなった。

「物語の中だけでも一緒に逃げてしまいたかったんだ。そして結ばれたかった」

 そう告げて、彼女を覗き込めば潤む瞳でこちらを見上げた。

「…………ならば、約束……しよう、じゃないか。ず、ずっとお前さんの傍を離れず……ついてゆくと」

 そよちゃんが途切れ途切れに言ったのは物語の中で与エ門が言う最後の台詞だった。
 これを昼に言った時、女が言うような台詞じゃないか、と大笑いが起きたのだ。
 言っているのは同じ人であるのに、こんなにも違ってみえる。

「そよちゃんっ!」

 その言葉が嬉しくて俺は彼女をぎゅうと抱き込んだ。男女逆の役をやるには些か小さい彼女はすっぽりと収まってしまう。
 嬉しくて、あたたかくて、苦しくて。
 幸せだ! と叫んでしまいたい気持ちになった。
 そろり、と彼女の腕も俺の背に回る。その言葉にならない心地よさへ言葉を落とした。

「十六の春、迎えに行くから」

「十六の、春ですか……?」

 腕の中で俺の言葉を反復している。

「どうしたの?」

「い、いえ……あの、うちの両親もこの芝居で出会い、十六の春で祝言を上げたものですから。あの、その……」

 だんだん小さくなっていく声が愛おしくってその腕に力を込めた。
 そういえば学園長に命じられた時にこんな話を聞いた。これを演じた男女は結ばれることが多いと。とんだ御伽話だと思ったがまさかその通りになるなんて、術中に嵌められた気がして少し悔しくなる。

「じゃあ堂々と攫って行こう。それまでも幾度も君に会いへ行ってもいいかい?」

「はい、もちろんです」

 それでも、何に代えがたい幸せを感じてしまえば術だろうが運命だろうがなんでもいいか。顔を赤くするそよちゃんを見てそう思うのだった。

 物語は幸せな結末がいい。俺はそう思う。

 悲しい話も後味の悪い話も確かに魅力的ではあるけれど、こうして笑っていられる話が俺は好きだ。
 君との未来もそうなるだろう。いいや、必ずそうしてみせる。
 固く誓って、日が暮れるまでの間、静かに身を寄せるのだった。



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