見えぬが花



 寒空の下、人通りのある街道に茣蓙を敷いて座り込む。
 商人、武士、飛脚、浪人、街娘、馬、犬。右へ左へ行く人を見ながら過ごすのが私の仕事である。
 目の前の粗末な立札には占い、と書かれてある。儲けようと思って商売をやっているつもりはないが、父さまの残した力を誰かの役に立てたいと思っていた。
 しかし、こんな目立たない街道でやっているのは、あまり人目につきたくないからである。
 その理由のひとつをぼんやりと思い浮かべていた。

 父は、巷では有名な予言師だった。
 それを知ったある大名が大層気に入り、その城に迎えられていた。
 沢山の報酬をもらった父はそれに見合った働きをする。敵国の動きをぴたりと当てるものだからその城はあっと言う間に栄えて行ったのだ。
 すると、面白くないのは周りの城である。父は或る日暗殺された。誰が仇かはわからない。噂によれば隣国が雇った暗殺者だと言う。
 占い師というものは自分の未来だけは見通すことができないのである。
 いずれは自分も娘だと気付かれて殺されてしまうのかもしれないな、なんて思うのだが生憎父のような力を持ち合わせていなかった。

「あのう、見て貰えないですか?」

「もちろんです。こちらへどうぞ」

 しゃがんだのは可愛らしい着物を着た同じ年頃の女の子だった。
 わたしは詳しいことは聞かずにそっと彼女の手に触れる。父の力は予知夢であったが、わたしは少し違っていた。
 手に触れて、そこへ意識を向ける。するとあたたかいものが伝わってきた。

「想い人がいらっしゃるのですね」

 その子は恥ずかしげに頷いた。
 手に触れればその人がどんな人か、今一番強い感情が何なのかが伝わってくるのだ。
 それに気が付いたのは四つの時だった。
 これのせいで母は気味悪がって出て行ってしまった。その後は父と暮らしていたが、先の件でわたしが十三の時にこの世を去った。一年と半年前の事だった。
 幾許か残された金はあったが、それだけでは心もとない。働き口を見付けられないわたしには十四にしてこれで生きてゆくしかないのだった。
 二、三、助言をするとその子はお礼を言って帰っていく。恥ずかしげな笑顔がとても可愛らしかった。
 どうかあの子が幸せに成りますように、と祈ってわたしはまた行き交う人々を見ていた。
 すると、わたしの目にはあるものが留まる。

――ああ、まただ

 あまり通行人に関心を寄せないのだが、最近気になることがあった。
 この力があるからか、幼い頃からよく人の手を気にして生きてきた。顔よりも手で人のことを覚えていると言っても良いくらいだ。お陰で少し手相も見られるようになったのだが、不可思議なことに気付くことも増えたのである。

――同じ手だわ

 最近、わたしの前には同じ手の人が通りかかる。街道で店をやっているのだから同じ人が通るなんてざらなのだが、それは奇妙だった。
 その手の持ち主は毎回違う顔をしているのだ。

「ちょっと、そちらの殿方さま」

 わたしは思わず声を掛ける。客引きなんてしたのは初めてであった。
 その人は足を止めてこちらを見おろした。屈強な顔立ちの武士のようだった。

「なにか?」

「お代はいりませんので、手を見せていただけますか?」

 その人は黙ってしゃがんだ。武士であるにかかわらず、差し出された手はさらりと細かった。
 それに触れると、あまりにも見えるものが少ないので驚いた。

――急いでいる。街道を抜けて海へ行かねばならない

「行く先、峠の手前に茶屋があります。寄らぬ方が吉でしょう」

 わたしは見えたことを言った。未だに父のように詳しくは見ることができないのだが、茶屋にはその人を足止めする何かがある。それだけはわかった。

「そうか。相分かった」

 お代はいいと言ったのに、金を出してわたしの前へ置いた。返そうとすると、その人はもう後ろを向いていてその背が人ごみに紛れてゆく。

「あんなになにも見えない人、初めてだわ……」

 わたしは手に触れた時、恐怖を感じた。底の見えないものを覗いてしまったようだった。それでも好奇心ばかりが増していく。またお見かけしないかしらとわたしは前を向き、移ろう人々を見ていたのだった。
 来る日も来る日も。その手が目の前に現れた。けれどもその容姿は千差万別、老若男女。わたしはその手が通りすぎる度に引き留めた。

「そちらの御嬢さん、お代はいりません」

「そちらの若旦那、お代はいりません」

「そちらのご婦人、お代はいりません」

「そちらの旅人さん、お代はいりません」

 見かける度に引き留めて、その手を見る。断られることもあったが、見せて貰った手はどれも底見えなく、どこかうすぼんやりとしていた。
 表面上はその人がどんな人なのかわかる。武家のご令嬢、庄屋の若旦那、祝言を上げたばかりのご婦人、諸国を旅する浪人……それでもそれ以上の、普通ならば見えるところがすべてぼんやりと霧がかかっていたのだ。

 無銭で占いをする日々は十日ほど続いた。
 いい加減わたしの力が弱ってしまったのか、それは商売ができなくて困るな、と思っていた時である。

「占い、してくれないかい?」

 わたしの前に座り込んだのは金茶色の髪をした殿方だった。興味深げに看板を覗き込みながら掌を広げる。

「もちろんです。……失礼します」

 いつものようにわたしが手に触れようとした時だった。

「……あ」

 思わず声が出てしまう。その方の手は、わたしがいつも声を掛けていたそれだったのだ。

「どうしたんだい?」

「い、いえ……」

 触れてその先を見る。やはりそれはぼんやりしていた。

「ええと……学生さんなのですね。今日ここへ来たのはなにかとても気がかりなことがあるから、でしょうか?」

 浮かんだことを言葉にする。
 その人は頷いて、触れていた手を返す。それからわたしの手首を抑え込んだのだ。

「なっ!なにをなさるのですか!」

「おっと、騒ぐなよ」

 鋭い声と共にその人が睨みあげる。

「……私は君を怪しんでいる」

「そんな!」

 彼は敵意のある目を向けてきた。
 なぜこんな風に見られるか分からなかったが、威圧的な眼光に身がすくむ。
 街道には人が歩いているが、誰もこちらへ見向きもしなかった。

「君はどこの忍だい?」

「忍……?」

 忍というのは忍者の事だろうか。わたしには遠い存在だ。むしろその存在は真だったのかと思う。
 戦だの、城だの、国取りだの、天下だの、そういうところから遠い場所で生きてゆきたかった。それに翻弄させられて、わたしの大切な父はもう会えなくなってしまったのだから。

「わたしは只の占い師の端くれでございます」

「そうか。ならば何故いつも私に声を掛けるんだ?」

「い、いえ! わたしはあなたに声を掛けたことなんて一度も……!」

 人違いだと思った。しかし、わたしの手首を抑えている手を見やる。
 殿方にしてはほっそりとしていて、血管があまり浮いていない。それなのに筋張っていて、小指が少し長いのだ。

――まさか

「まさか、全部あなたさまだったのですか?」

 彼は驚倒の声をあげたわたしにしまった、と言った顔をした。それから諦めたようにああ、そうだよと吐き捨てた。
 流れるようにわたしの店……というには粗末すぎる茣蓙の上へ座る。
 わたしは反射的に立て看板を倒して一旦店仕舞いにした。

「私は鉢屋三郎という。……いきなり手首を掴んで悪かった。手練れのくのいちだと思って……」

 名乗った彼は赤くなってしまった手首をちらと見た。

「大丈夫ですよ。赤みはすぐに引きますから」

「まあ、怪我をさせたんだ。事情は話そう」

 鉢屋さんはぽつりぽつりと話をされた。なんと今までにわたしが声を掛けた人は全員彼の変装だったのだという。

「あまりに私に同じように話しかけるものだから、どこかの城の忍だと思ったって訳」

「そうなのですね……いつも不思議に思っておりました。同じ手の人が違う顔で現れるのですから。……それで、鉢屋さん。お名前は本物なのですか?」

 何気なく鉢屋さんに聞く。するとじとりとした視線を流してくる。

「……占い師ならわかるんじゃないか?」

「ええ、見ようと思えば。しかし、鉢屋さんの手はほとんど何も見えないのです……教えてはくれませんか?」

「ふうん、顔は友人の変装だけど、名前は本物だよ。……そうだ、君の名前も聞いていいかい?」

 そう興味津々に覗かれる彼の顔は、変装なのにどこかこれが本物であるような気がしたのだ。

 ここからわたしと鉢屋さんの奇妙な関係が始まる。
 わたしが占いをしていればやってきてその様子を見ていたり、暇ができれば今私が考えていることを当ててくれと言う。
 うまく当てられないのにその度にお代を出すものだから、悪いと断れば、特別な力を安売りするものじゃあないよと叱られた。
 そんな半分は友人、半分は客、という関係が三月ばかり続いた時だった。

「今日は一段と冷えるなあ」

「今朝まで雪が降っていましたからね」

 鉢屋さんは今日もいらして、もうすっかり慣れたようにわたしの隣に座った。

「商売道具が錆びれるぞ。この鉢屋三郎が温めてやろう」

 そういうと鉢屋さんは冷えたわたしの手をとって、息を当てた。

「悪いですよ……! それに……あまり手には触れない方が……」

 わたしは占い以外極力人の手には触れないようにしていた。勝手に心を覗くのは気が引けるからである。そのことを鉢屋さんは知っていた。

「私の事はぼんやりとしか見えないんだろう。いいじゃないか」

 鉢屋さんが来るようになって感覚が研ぎ澄まされたのか、わたしの力は少し強くなった気がした。それに反比例するように鉢屋さんのことはどんどん見えなくなってきたのだ。
 鉢屋さんのことはどれも彼自身の口から教えてもらった。忍術学園に通っている五年生だということ、変装にかけては自信があると言うこと。
 今まであまり人と会話で親交を深めてこなかったわたしにとって、聞ける話は刺激的なものだった。彼と出会って、初めて会話をする意味や大切さを知ったのだ。
 現在、こうして触れていてもの鉢屋さんから見てとれたのは忍術学園という看板だけだった。この後は用事もなくここへ帰るだけのようだった。

「鉢屋さんのこと、最近更に見えないんです。力が弱くなったんですかねえ」

 わたしは肩を落とす。寒さもあってか今日はいやに後ろ向きになってしまう。

「それ、何故か分かったんだけど聞きたい?」

「……教えてください」

 あまりに平然とわかったというものだから、相当悩んでいた筈なのに冷静を装った。すると鉢屋さんは耳に顔を寄せて、内緒話をするように言ったのだ。

「そよが私に惚れているからじゃないか」

「からかいはやめてください!」

 真剣に聞いていたのに、とわたしは怒った風に言う。
 占いでこそ彼のことは見えないが、何回か会っているうちにその性格は窺い知ることができた。
 悪戯好きで、明るくて、頭の回転がいいのか話も面白い。仮面だと言っていたけど、その表情はとても人間味のあるものだった。そんな彼に幾度か茶化されたり、戯れられたりしていたのだった。

「からかいじゃあないさ」

 そう言うとはあ、と冷えた手に息をかける。寒空に白い息が乗ってわたしの手にかかるのだった。

「だって、そよは自分自身のことは見えないんだろう?」

 以前そんなことを話した。占い師は自分自身を見ることができない。だから自分の事が一番わからないのだと。
それが何の関係があるのだろうか。わたしはそれを問うた。

「それと鉢屋さんに惚れてることは関係ないじゃないですか……」

「そうかなあ?」

 鉢屋さんはそう言って、もう一度指先に息をかける。それから撫でるように擦った。
 その丁寧な所作に自分の顔の中心に血液が集まってくるのを感じる。

「私に惚れているとすれば片が付くじゃないか。私の存在はお前の中にも在る。だから私の事が分からないんだよ」

「ち、違います!」

「じゃあ、何故私の手を執拗に追いかけてくれたんだい」

――とっくにこの手の持ち主が同一人物だって気づいていたくせに

 手から感じる数少ない言葉。
 そうだ……わたしは思い出す。
 街道を行くこの手を見かけてなんてきれいなのだと目が行ったのだ。
 あれを見たい、占ってみたい。自分からそう思ったのは初めてだった。きっとこれに名前を付けるのならば一目惚れというやつだろう。

「わ、わたしは……」

「そよ、お前が私のことを見通せなくてよかったよ」

「何故ですか?」

 聞けばぎゅうと手を握られる。今は真冬で寒い筈なのに、身体が熱くなる。

「私の想いを伝える前に悟られずに済むからだよ」

 なにも、見えない。
 今朝まで降っていた雪のように、真っ白だ。手を触れていても先が何も見えない。鉢屋さんの中身を窺い知ることができないのだ。
 前を向けば、目を細めて愛おしげな視線を向けられている。見覚えがある。想い人を占いに来る人々のそれだった。
 ああ、見えなくても。
 人の恋路をたくさん見て来た。幸せなものばかりではなかったけれど、報われたと仲睦まじく礼に来る客もいた。それにやりがいを感じていたのだ。

「……鉢屋さんの、おっしゃる通りだと思います」

「私、占い師の才能あるだろう?」

「そうかもしれませんね。わたしの事がよく当たります」

 本来、占いは特別な力を使ってするものではない。
 統計や、傾向を分析して、的確にそれを伝える。……そういう意味ではわたしよりも鉢屋さんの方が占い師に向いているのだろう。
 笑い返せば鉢屋さんのなんとも満足そうな顔が見られる。

「好きだなんだと囁かねばお前には伝わらないだろうか?」

 ふわり、手から感じる春のようなあたたかさ。ああ、これは……と思ったが、わたしは素知らぬふりをして首を振った。

「……鉢屋さんのことはわかりませんから」

「いいねえ。その余裕そうな顔が実に良い」

 片方の眉を吊り上げて、謀をしているように笑む。
 きっとわかっていらっしゃる。わたしがあなたの気持ちに気付いてしまったことを。それでもわたしは何も言わず、鉢屋さんを見つめ続けた。
 近づいて肩と肩が触れ、耳に手を当てられる。

「この先、私がどんな顔でいても見つけておくれよ」

 聞けた言葉に喜びを感じ、頷けば細い手に引かれるのだった。
 その力は強くて、あっさりと立たされてしまう。

――お前を連れて歩きたい
「今日は寒い。甘酒でも飲もう」

 そう言うとわたしの上掛けの襟を正してくれて、そのまま街道をまっすぐに歩き出してしまった。

「ま、待ってください!」

 背を追いかけて、その手を掴む。

――もっと私を知っておくれ
「温まりながらそよが見えない私のことを教えてやろう」

 感じるものとは少し違った言葉を言いながら街の方へ歩いて行く。
 わたしは華奢で無機質そうな見た目とは違って、こどものように温かい鉢屋さんの手を握る。そしてたくさんの情愛を込めてはい、お供しますと小さく返事をするのだった。



見えぬが花


御前に隠したこの心、見すこともなし
然れど欲しき言葉は告げやろう


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