百発の弾丸



 佐武村では鉄砲の音が絶えない。村のどこかで誰かが火縄銃の練習をしているからだ。
 この村で生まれて、この村で育った。佐武衆はみな大きな家族のようなものだ。男が武功を立て、女がそれを支える。わたしもまた当然のようにその組織内にあった。

 ぶれない銃口、まっすぐな銃身、迷いのない引き金……

 わたしは仕事の合間に物陰からこっそり練習場の様子を見ていた。
 父は早くに戦死し、今は兄が立派に部隊長として立っている。ならばわたしがすることはたった一つ、佐竹衆が帰るこの場所を守ることだ。
 だがこっそりとみている練習は兄さんの、という訳ではなかった。
 わたしの視線の先には頭である佐武昌義さまの息子である虎若くん、そして師匠である照星さまがいる。
 見つめているのはその奥……若太夫の先輩である田村三木ヱ門さんだった。
 自分と同じ年なのかと疑うような華やかな顔立ち。そしてそこからは想像の付かない鋭い視線。
 バァンと音がすれば、弾丸は的の中心を貫いた。お見事、と心の中で拍手をする。本日何発目かの真ん中だ。
 見惚れていれば、ずっと後ろを見ていた照星さまがくるりと振り返った。

――まずい、邪魔しちゃったんだわ

 おもわずさっと隠れる。そのままひやひやとしながら仕事のある勝手場に戻った。照星さまは普段は優しいけれど火器の事になれば別だ。あとで叱られなければいいな、とため息を落とす。

「あれ、どこに行ってたの?今日は宴会があるから忙しくなるわよ」

「ごめんなさい」

 あねさんたちに急かされて、やることが山積みの勝手場にいそいそと入る。若太夫が帰ってきた日はこうして宴会になることが少なくない。今夜は先輩である三木ヱ門さんが一緒だから村の女たちの気合いの入れようが違うようだった。
 日が傾くと宴会場に人が集まってくる。あらかた準備が終われば女たちも宴会の席に上がった。
 普通、男女入り混じって酒の席を囲うのは珍しいのだろう。
 昌義さまの方針で、家族は共に飯を、というのが佐武衆の決まりだった。わたしも当たり前のように兄の隣に座る。上座では少し緊張したように三木ヱ門さんもいて、佐武衆の面々に囲まれていた。わたしのいる場所とは離れている。忍術学園のことを聞かれているようだった。わたしは自分で作った煮物を摘まみながらそれをただただ眺めていた。

「おうおう、我妹そよよ。行かなくていいのかい?」

 酒の入った兄がわたしの肩に手を置いた。

「にいさん、何がです?」

「何がって彼のところさ。今がチャンスだと思うのだがなあ」

「部隊長様、お酒臭いですよ」

 はぐらかすように箸を置く。こうなってしまうと兄はめんどくさい。
 普段は優しく頼もしい兄だが、お酒が絡むと少々たちが悪いのだ。佐竹衆の部隊長になったお方が情けなくもある。
 大方わたしの気持ちにうすうす気が付いていて、酔いに乗じて話を持ち出したのだろう。普段ならそんなこと一切聞いてこないのに。
 助けを探したが、生憎みんな各々に話し込んでいた。
 絡まれ続けるのも面倒だ、と水を持ってくる振りをして離れようと席を立った時だった。

「おーい、三木ヱ門!」

 酔った兄さんが三木ヱ門さんを呼んだのだ。自分の血の気がさっと引いていくのが分かる。
 ちょっと、と止めても既に三木ヱ門さんはこちらに気付いていた。

「なんでしょう?」

 三木ヱ門さんの良く通る声がこちらに届く。少し離れた場所にいたものだから、その声に皆話をやめて注目した。

「佐武に来る気はないのか?うちの妹をもらってくれ」

 兄さんはわたしを引き寄せてバシバシと背を叩く。気が遠くなりそうだった。
 そもそも三木ヱ門さんとはさほど接点はない。今しがたわたしの存在を知ったと言われても不思議ではない。
 ただわたしが一方的に彼の練習を見に行っていただけなのだ。わたしは兄を睨みつける。それを知ってか知らずか、へらへらとわたしの肩を組み始めた。

「そりゃあいい。うちには丁度そよと同じくらいの歳の男がいなくてな。田村くんとそよは同じ年じゃないか」

 昌義も酔っているのか膝を叩く。
 確かに佐武村にはわたしと同じ年頃の男の人がいなかった。みな五つ程上で嫁を貰っているか、若太夫くらいの年齢かである。
 既に照星さまの膝で寝ている若太夫と、三木ヱ門さん以外がそりゃあいい、と手を叩く。いつもならこう言った悪ふざけを止めに入る照星さまも目をあわせればうんうんと頷いていた。
 恥ずかしくて彼のほうを見られなかった。顔にすべての血液が集まってくる感じがする。喧騒に若太夫が身を捩った時、ついに限界が来たのだ。

「にいさんの、ばか!」

 肩に置かれた手をつねって、わたしは宴会場を飛び出した。
 草履なんかどうでもよくて、土のひんやりとした感触が伝わった時に涙が溢れる。袖で拭っても止まってやくれなかった。
 昌義さまの心配する声が聞こえたが、わたしは振り返ることが出来ずそのまままっすぐ走る。
 無我夢中でたどり着いたのは一番古く暗い井戸だった。

「にいさんのばか、ほんとにばか……」

 そこからわたしは悔しくてしゃくりを上げて泣いた。
 初めて芽生えた恋心をひねりつぶされたような気がしたのだ。望み薄なのはわかっていた。でもあんな形で言うことないじゃないか。
 沢山泣いた。何刻も経ったように感じるくらいおいおいと赤子のように泣いた。それでも全然止まってはくれない。
 もう三木ヱ門さんに合せる顔がない。昌義さまへも失礼をした。重なる絶望に涙が溢れるばかりだった。

「おや、こんなところにいた。……隣、いいかい?」

 何の音もしなかったのに、声が降ってきた。顔を上げればそこには三木ヱ門さんがいたのだ。驚いてあれほど止まらなかった涙は引っ込んでしまった。

「ご、ごめんなさい。うちの兄が。気にしないでください」

 言い訳するように言葉を重ねる。彼はわたしのすぐ隣にしゃがんだ。

「よかった。私の事があまりに嫌だから出て行ってしまったのではないかと思ったよ」

「そ、そんな。とんでもありません!」

「そうか……それならまだ諦めなくて済む」

 三木ヱ門さんは何と言ったのか……わたしは戸惑いながら彼の姿を目に入れた。
 中性的なその顔は悪戯っぽく笑っている。

「まず、自己紹介から。私は田村三木ヱ門。忍術学園四年生、虎若の先輩にあたる。先の園田村での戦で佐竹衆の皆さんと出会い、今はこうして度々練習場にお邪魔している。得意武器は火器全般だ」

「ぞ、存じております」

 わたしだけに向けられた言葉が嬉しくて恥ずかしくて、格好良くて。小さく返事をするのが精一杯だった。

「私はね、学園ではひどく自信家なんだ。後輩に呆れられることだってある。そんな私が自惚れず、ただ格好よくありたいと思うのがこの場所なんだ」

 あれだけ格好良く、腕もあったら自信もつくだろう。わたしはそう言いたかったが泣きすぎたのかしゃくりが止まらず、うまくしゃべれない。それをわかっているのか三木ヱ門さんは続けた。

「そよさんが見ているって知っていたから」

 どきりと心臓が跳ねる。こそこそと練習を覗いていたのが知られていたのだ。恥ずかしくなって視線を落とす。すると、三木ヱ門さんの手が伸びてきた。

「きみの前で百発、真ん中に当てたらこの想いを告げようと思っていた」

 少し早すぎたけれど、とわたしの手を包んだ。
 三木ヱ門さんの手のひらは、思ったよりもごつごつしていた。引き金を引く人差し指にタコが出来ている。
 何故……わたしにはわからなかった。どうして三木ヱ門さんはこんなことを言ってくれるのだろう。もしかして兄さんや昌義さまに言われて引けなくなったのかもしれない。そんな形でわたしの気持ちが結ばれるのはあまりに哀しかった。

「なん……で、ですか?」

 気付いたらわたしはひっくり返った声で聞いていた。

「最初は虎若から聞いたんだ。佐竹村にはとても優しいお姉さんみたいな人がいるって。あまりに何度も熱心に言うものだから興味を持ってね。そしてきみを始めて見た時、ああ、思った通りの人だと思ったんだよ」

 三木ヱ門さんは暗闇の中、目をきらきらと光らせて言った。

「火器を見つめるきみの目がとても優しかった。気が付いたらきみのこと考えてる。……恥ずかしながらそよさんことをよく知らない。一目惚れってやつだ。信用できないならそれでも構わないさ」

「い、いいえ!そんなこと……ない、です」

 手を優しく包まれたままに見つめられていたら緊張でいつのまにかしゃくりが止まっていた。きっとわたしは泣きはらした不細工な顔をしているだろう。それなのに三木ヱ門さんの笑顔は優しかった。

「そよさん、きみが好きだよ。もっとそよさんのことを知りたい」

 わたしは返事をしようと口を開ける。その時だった。

「おーい、そよ! どこにいるんだー!」

「そよちゃーん! 田村せんぱーい!」

 遠くから昌義さまと若太夫の声が聞こえてくる。耳を澄ませば別のところでもわたしを呼ぶ声が聞こえた。
 嬉しいけれど、台無しだ。困ったように見上げれば三木ヱ門さんも苦笑を漏らしている。

「百発」

「え?」

「やっぱりきみの前で百発当てるまで待っていて。それまでいろんなことを教えてほしい」

 好きな季節、好きな食べ物、好きな色、嬉しかったこと、家族のこと……

「そしてその後にもう一度この私から好いていると言わせてくれ」

 そんなことを言われたら、わたしは頷くしかなくて。何度も何度も首を縦に振った。

「そよ、戻ろう」

 片方の手を降ろして、三木ヱ門さんはわたしの手を引いた。呼び捨てにされたことにときめいて見た目よりも堅いその手をきゅうと握り返す。
 今まで見えていなかったが星空の綺麗な夜で、わたしたちはその中を走り抜けた。

「昌義さま! 申し訳ありません」

 息を切らして頭を下げれば、それを大きな厚い手で包んでくれた。

「なあに、俺らも気持ちが逸っちまってなあ。悪かったよ」

 顔を上げれば、言葉では謝っていたのに昌義さまは興味津々と三木ヱ門さんの方を見ていた。

「あ、あの……」

「昌義殿!」

 わたしが何か言う前に三木ヱ門さんが口を開く。

「百発当てるまで待っていただくことになりました。この田村、更に精進し、いずれは佐竹に骨を埋める覚悟です」

 力強く言い切る。自信に満ちたその瞳はわたしが好きになったそれだった。

「ほおう。腕良し、その度胸良し!気に入った!」

 そう言えば、さあ、目出度い、酒だ! と宴会場の方へ戻って行ってしまった。

「田村せんぱい、よかったですね」

「虎若! ありがとう」

 若太夫が嬉しそうに笑っている。そして指を折って何かを数えだした。

「じゃあ、あと十発ってことですね」

 そういうと父である昌義さまの後を追って走って行ってしまった。

「もう九十も当てていたのですね」

 驚いて思わず言ってしまった。少し早すぎたと言っていたからてっきりまだ五十発くらいだと思っていたのだ。

「そうだよ。きみがそれだけわたしを見ていたということになる」

「あ、ああ……すみません」

「嬉しいよ。……さあ、戻ろうか」

 恥ずかしさに泣きそうになるわたしの手を取って三木ヱ門さんはゆっくりと歩き出した。
 戻って来たわたしに兄さんはなんて言うのだろう。今頃泣いてやしないかしら、と心配をしながら隣にいる三木ヱ門さんを見る。

「ああ、百発当てたら兄上殿にも頭を下げに行かないとな」

 心を読んだように笑う三木ヱ門さんにわたしは何も返せなくて。ただ小さくはい、と返事をしたのだった。
 あなたはすぐにあと十の弾丸を撃ち込んでしまうだろう。それまでに好きと伝える練習をしなくては。
 それでも今は心地よい手の温かさに心を委ねるのだった。



百発の弾丸


君に撃ち込む愛しているの数

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