ひみつばこ
かたん、かちり。
部品の合わさる音はなんて魅力的なのだろう。
白い息が出る寒い部屋の中、ぼくは時間も忘れてからくり作りに没頭する。
今日から忍術学園は冬休み。まっすぐ家に帰って来たからまだ宿題をするには早い。
もとよりすぐ宿題をする気なんてなかったんだけれど、目の前に部品があったらやめられないのが性なんだ。
今は仕上げの段階、小ぶりなノミを手に取って木槌をあてがった。一寸でもずれればこの部品たちは途端に噛みあわなくなる。
かつんと打ち込もうとした時に小さな足音がして、ぼくは道具を机へ置いた。
机の木くずをはらっていると、後ろの戸が開く。
「兵ちゃん、おかえりなさい」
鈴のようなか細い声が届いた。
ぼくは振り向かずにただいま、と返す。するとその気配が段々近づいてきた。声の主は隣に座ったようだった。
「からくり、作ってるの?」
「まあね」
「何作ってるの?」
「なんだっていいだろう」
思ってるより声色が冷たくなってしまってまずい、と顔を上げる。
しかし、ぼくに近づいていたその子はにこにこと嬉しそうに笑っていた。
「そうだね。完成したらのお楽しみだね!」
目を輝かせる彼女にぼくはうん、と短く返事をした。
この子は如月そよ、ぼくと同じ武家の子だ。物心ついた時からの幼馴染で昨年親同士がぼくたちの将来を約束した。
いわゆる“許嫁”というやつだけれど、正直夫婦になるなんて実感がないしそれは彼女も同じようだった。
それでも許嫁は許婚だ。ぼくが家へ帰ってくると挨拶をしに行くように言われているらしい。だから今日もこうして訪ねて来たのだろう。
そよはぼくの隣に座ったままで手元を見ている。少し気が散るんだよな、と思いながら視線を流した。
改めてしっかりとそよを視界に入れた時、あることに気が付く。
ぼくはそれを指差したのだった。
「随分きれいな髪飾りをしてるじゃん」
彼女の頭に綺麗に編まれた桃色の髪紐を見つけたのだ。
普段は髪なんてあげないのに、珍しいなと思っていればそよは照れたように髪紐を両の手で抑えた。
「これね、用心棒のあにさんにいただいたの」
「ああ、あのおじさんね」
あにさん、と呼ばれた奴をぼくは知っている。
そよの家では女中や使用人、用心棒を雇っている。その中のひとりに彼女と随分仲良くしている奴がいた。それを彼女もあにさんあにさんと実の兄のように慕っているようだった。
「兵ちゃん、まだあの人はおじさんじゃないよ」
「十も違えばおじさんだよ」
よく考えたら山田先生の息子さんである利吉さんとふたつしか変わらないのか、と今更認識する。
それならば尚の事よくないじゃないか、と内心毒づいた。
この子は分かっていなさすぎるんだ。
周りのひとに自分がどう思われているのか、とか。許婚というのはどういう存在なのか、とか。
それからぼくがそよをどう思っているのか、だとか。
ひとつだけぼくは大きな嘘を吐いた。
ぼくにとってそよと夫婦になるなんて実感がないというところだ。
あれはぼくの虚勢であり、ちっぽけな見栄である。
実際は約束されている関係というのがすごく悔しかった。物心ついたころから好きだったこの子を自分の力で手に入れられないのは癪なのだ。
親の言いつけた関係、つまりそよは僕を好いていなくても一生傍へいなくちゃあならない。
何もせずとも好きな女の子との将来が決まっているのはいいようで全くよくないんだ。自分の意思で好いていると言ってほしい。
ずいぶんわがままだとはわかっているつもりだ。でもぼくはまだ十のこどもなのだ。少しくらい自分勝手でもいいじゃないか。
「ごめんね、兵ちゃんの邪魔しちゃったかな。今日は帰るね」
この子は変なところで勘がいい。ぼくの苛立ちに気が付いたようだった。
返事も聞かずさっさと立ち上がろうとするそよの腕を強く引いた。
「邪魔じゃない。……寒いからさ、一緒にいてくれる?」
「う、うん……わかった」
彼女は首を縦に振って背をぼくにつけてぴたりと座った。着物越しから体温が伝わってくる。
去年の寒い日は良くこうして過ごしたな。あの時はまだ許嫁ってことを知らなくてふたりでからくりの図面を見ながら笑ったっけ。ぼくだってあの時はもう少し素直な物言いをしていた気がする、と随分と遠くに感じる記憶を思い出す。
ぼくは木槌を握りなおして部品に当てた。かん、と乾いた音がする。それからやすりをかけて組み立てていった。
その間、そよは何も話さなかった。たまに首を動かすものだから結われた髪先が触れてくすぐったい。
一番難しい工程を終わらせると、ぼくはそよに問いかけた。
「ねえ、そよ」
「なあに、兵ちゃん」
少し眠たくなったのかな。間延びした声が聞こえた。
「やっぱり髪飾りとかもらうの、嬉しいの?」
「……そうだね。うれしい、かも」
あまり歯切れのよくない返事が聞こえる。顔は見えないけれど声色ですぐにわかる。そんなに嬉しかったんだ。なんかすごくむかつくんですけど。
ぼくは仕上げに使ったやすりを置くと振り向いた。
急に体制を崩したからか小さな悲鳴とどさり、と床に倒れる音がする。
「ああ、ごめん」
「だいじょうぶ……」
ついついいじめたくなってしまう小さな体を起こしてあげた。
それからぼくは彼女の前に“ある物”を置いた。そよは不思議そうに顔をかたむけてしげしげと眺めている。
それは木でできた少し大き目の箱だった。
十五寸角、真四角の箱を膝に乗せるとこちらをおずおずと見る。
「開けてみなよ」
そよはぼくの言葉にそっと箱を開けた。
「あ、あれ?」
間の抜けた声が聞こえてくる。彼女が取り出したのはそれよりも一回り小さい箱だった。
箱の中に、箱。複雑に模様の入ったそれを角度を変えながら見ている。
「箱の中から箱が出て来たよ!」
「そう、寄木細工のからくり箱だよ」
「からくり箱!すごいね!前一緒に開けたよね」
ぼくはゆっくり頷いた。
確か七つの時、ぼくは両親から初めてからくり箱を買ってもらった。十手で開く簡単な物だった。
だけどどうしても開けることが出来なくてとても悔しい想いをした。結局それを開けてしまったのは目の前にいるそよだった。
運がよかったのだとその時彼女は言った。それでもぼくは知っている。彼女はからくり箱を開けるのが好きでいくつもの箱を持っていることを。開けることのできなかったぼくを傷つけないためにそういったのだ。
それに気が付いたのはだいぶ後の事だったけれど。
「これは何手で開くの?」
「さあね」
簡単に開けられては困る。ぼくは素知らぬふりをした。
「それあげるよ」
「ええ、でも……悪いよ」
「なに、やっぱり髪飾りとかじゃないと受け取らないわけ?」
冷たく行ってしまえばそよは首を振った。
「ち、違うよ! せっかく作ったものなのに悪いな、と思って……!」
「じゃあ、そよが開けられちゃったらぼくに返して。すぐに開けられるからくり箱なんて面白くないし」
開けてみなよ、と差し出す。少し迷ったようにしていたけど好奇心には勝てなかったのだろう。そよは箱を手に取るとかたり、かたり、と細工を動かし始めた。
ぼくがからくりを作るようになったのは君の影響なんだけどな、そんなことを思い出しながら箱に夢中になるそよを見つめた。
からくりを見つめるこの子のきらきらと輝く目が好きで、笑った顔が見たくて。でもぼくは言葉が不器用だからこうでもしなきゃ喜ばせられない。
きっと言葉ではたくさん悲しませてしまうからなにか一緒に笑えるものが欲しかった。
だからからくり作りを始めたんだ。
好きだよとか、許嫁がそよでよかったとか言えばいいんだろうけど、それがなかなか口から出て行かないんだ。つい素っ気なくしてしまう。
もし、約束された関係じゃなかったら今頃その髪飾りをくれたあいつを追いかけているのかな。そう考えれば胸が痛くなった。
「あのね……兵ちゃん。聞いてほしいんだけど」
もう十手もからくり箱を動かしたそよが手をとめてこちらを見た。
なあに、と聞くと少しもじもじとして顔を赤くする。
「この結い紐ね、兵ちゃんの着物の色に似てるでしょう。だから……じ、実はね、あにさんに頼んで買ってきてもらったの」
もう一度頭を見る。
きれいに結ばれたそれは桃色と緑で編まれている。たしかにぼくが普段に着ている着物の色と同じだった。
買い物の途中で見つけたけれどその時に買えるお金を持っていなかった。だから後日頼んで買ってきてもらったと、彼女は俯きながら言った。
「恥ずかしくて、嘘ついてごめんね」
しゅんとしているそよにぼくはなにも返せない。
だってこんなのおかしすぎる。心臓が破裂してしまいそうだ。
顔がかあ、と熱くなってまっすぐ前を向けなかった。
きっとそよは心配そうにこっちを見ている。いつだってぼくの顔色をうかがうんだ。
「兵ちゃん……?」
「ああ、もうこっち見ないでよ。早くからくり箱を開けたら?」
口からは全く素直じゃない言葉しか出て行かない。本当は嬉しいのに、うるさい鼓動が考えることを邪魔する。
なにもわかってないのはぼくの方じゃないか。
帰る度に笑顔で会いに来てくれる。ずっとからくり作りをしていても黙って傍にいてくれて、ぼくの着物と同じ色の髪紐を照れながらつけている。
それってきっと、そいうことだ。
そよは冷たく言うぼくに困ったように笑って再び箱を手にした。
半刻くらい経っただろうか。
いよいよ仕掛けも大詰めといったところでぼくはあることを思い出した。
まずい、何でこんな大切なことを忘れていたんだろうか。今それを開けられては困る。
僕は無意識に大きな声をあげていた。
「そよ、やっぱりそれ返して!」
大きな声で言ったからか、そよは驚いて箱を落としてしまう。
そのはずみで最後の仕掛けがかたり、と動いた。
ふたが外れて中から小さな紙が一枚畳へ落ちる。
「兵ちゃん、何か落ちたよ。図面かな?」
それをそよは拾ってしまう。
待って、見ないで。
そう思っても小さな紙だ。書かれた文字は多くない。すぐに読めてしまうだろう。
なんてことだ。ため息が零れる。
その紙は確かに僕が書いたものだった。
あれは冬休み前、最後の作法委員会に参加した時だ。
最後の活動は生首フィギュアの整理でもなく、ただ全員でお茶を飲んでいた。最後くらいのんびりしようという立花仙蔵作法委員長の計らいだった。
「そういえば休み、皆は郷里へ帰るのか?」
火鉢に当たりながら立花先輩が聞いた。皆やはり帰るようでそれぞれが頷いている。
そのとき伝七が余計なひと言を言ったのだ。
「兵太夫って許嫁がいるんだろ?やっぱり会いに行くの?」
なんで今そんなことを言うんだよ、恨めしく伝七のほうを睨みたかったけれど話に食いついた先輩たちに囲まれてしまった。
「へえ、兵太夫はたしか武家の子だもんね。珍しい話でもないか」
「兵太夫、その子どんな子なの?」
浦風先輩と綾部先輩に詰め寄られて、ぼくはたじろいだ。まさか先輩たちとこういう話をするとは思ってなかったのだ。そういった類の話に興味があるようには見えなかったのであまりの反応の素早さに驚いた。
「おい、お前たち。あまり個人のことを聞いてやるなよ」
立花先輩は止めてくれたがそこに伝七も加わって質問攻めにされる。
今まで散々からくりの実験台になってもらったのがいけなかったのだろう。伝七はこれは好機、というような意地悪い顔をしていた。
そんなこんなで、ぼくには許嫁がいるけれど好きあっている訳じゃない。ということを白状させられた。さらにはそよの影響でからくり作りを始めたこともいつの間にか吐かされていた。
上級生、恐るべしだ。
いつも各々活動している作法委員会がこんなに結託したことはあっただろうか。きっと斜堂先生に言われて地下に倉庫を作ると言う話がでたとき以来だ。
すべて吐き出された頃にはあれだけ止めていた立花先輩もじっくりと話を聞いていた。なるほどな、なんてきれいな笑みを浮かべながらこう言ったのだった。
「昔の恋愛の作法で和歌を送る、という文化があったそうだ。兵太夫も歌を詠んでみたらどうだ?」
「ちょうどここに和歌の本がありますよ。こういう時に作法委員会はいいですね。……はい、兵太夫頑張ってね」
そう言って立花先輩には和紙を、浦風先輩に昔の和歌集を渡されたのだ。
そして何の気なしにそれを参考にしてひとつ試しに歌を詠んだ。
帰省準備でばたばたしていたものだから、箱に入れたまま持ち帰って来てしまったのだ。
箱が完成して、一回開けてみたときに取ろうと思っていたんだ。だからその存在を今の今まで忘れていたのだ。
そよは歌の書かれた紙を読んだんだろう。顔を耳まで真っ赤にした。
お願いだからそんな顔をしないで。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
「へいちゃん、これ……」
「あーもう、そうだよ。そういうことなの!」
行き場のなくした手をぐしゃぐしゃと自分の頭へ持っていく。
そよの真っ赤にしたその頬へ一筋の涙が流れた。
「な、泣くなよ」
「ごめんなさい、嬉しくて」
嬉しくて泣くのならそういう顔も悪くない。微笑みながら涙を流すそよを見てそんなことを思う。
こんな顔をされたら先輩に書けとすすめられたなんて格好の悪いタネ明かしができなくなった。
「わたしね、兵ちゃんのからくり見るの好きだよ」
「じゃあ、ぼくのことは?」
間髪入れずに聞く。少し意地が悪いかななんて思ったけれど、自分ばかりが恥ずかしいのが癪でつい言ってしまった。
「…………すき、」
小さい声で言葉が返ってきたものだから聞こえないふりをしようかとも思ったのだけど、泣き顔は見たくないのでやめておく。
そのかわりに、真っ赤で柔らかい頬にちいさく口付けるのだった。
「ぼくも、すき」
ぼくたちはまだまだ幼い。夫婦になるなんてずっとずっと遠くの話だ。
だけどそれでいいと思う。
その日が来るまでにぼくはどれだけからくり作りが上達するだろうか。どれだけ歌を詠めるのだろうか。
そしてそよを何回笑顔にできるのだろうか。
悲しい想いをさせてしまう方が多いのかもしれないなあ。そんなことを思いながら彼女を見つめる。
傾げた首に合せてはらり、と桃色と緑色の髪紐が揺れた。
ああ、悪くない。ぼくの色だ。
そんな喜びを感じながら、ひとつ髪を撫でるのだった。
ひみつばこ
さむき日に待つ背恋しとうかべては君がためと槌にぎる
次へ