ひと目見て、ふた口食べての夢主視点



天井に届きそうな棚、吊り下げられた瓢箪、編笠、下駄。和紙や釘、竹箒、さらには着物まで。ここにはなんでも揃っていた。
五畳もない手狭な空間にはわたしは置物ように座っている。
ここは道具屋……なんでも手広く扱う店である。
そこのひとり娘であるわたしが商売の手伝いをするようになったのは十の時。そして十二になったばかりの時から道具造りに本腰を入れた両親に変わってひとりで店番を任せられていた。
一日にくる客足にはばらつきがあり、本日はあまり忙しくない。わたしは時間を持て余して少し埃っぽい店の中でぼんやりと宙を眺めた。
するとがらりと古い木戸が開いて、そこからは見知った顔が見えたのだった。

「こんにちは」

客に対していらっしゃいませ、と言わない。それがこの店での常だった。
余計なことは言わない、物を売ろうとしない、買ってくれるまで待つんだ、と父には教えられていた。
だからわたしはただ笑みを作って挨拶をするだけだった。
この店は見知ったものしかこない。いわば常連でなりたつ変わった道具屋だった。

「おう、こんにちは」

顔を出したのは忍術学園の三年生、富松作兵衛さまだった。
彼は、いや彼らはこの店の中でも“特殊なお客さま”だ。

「親父さんはいないのか?」

「今は裏で道具作りをしていますよ」

「新しい忍具か?」

「ふふ、わたしには何も言っていなかったのですが、恐らくそうだと思います」

「そっか」

わたしの父親は元フリーの忍だった。
それがわたしが生まれる頃に自分は道具作りの方が性に合っていると忍は辞め、この店を開いたのだった。
“特殊なお客さま”……つまり忍には少し変わった忍具を売っている。無論訪れる忍は父の知り合いばかりである。
忍術学園の学園長である大川平次渦正さまも古い知人のひとりであり、そういった縁からこの店では忍者のたまごがよく訪れるのだ。

「本日は作兵衛さまおひとりですか?」

珍しいと思い首を傾げた。いつもは用具委員長である食満留三郎さまが後輩たちを引き連れてくることが多かった。それが今日は作兵衛さまだけが訪ねてきている。

「いや、今日は用具委員会の用事じゃねえんだ」

そういうと作兵衛さまの後ろからもう一人男のひとが出てきた。さらりとした深い色の髪を揺らし、眉を八の字に寄せたその人は照れたように笑っていた。

「初めまして。三年は組浦風藤内です」

「はじめまして」

「藤内は作法委員会で……今日は作法委員の用事なんだ」

作兵衛さまがほら、と藤内さまの肩を押すとおずおずと前に出てきた。店の中は人ひとりすれ違うのがやっとだった。
作兵衛さまは付き合いできたのだろう。藤内さまが前へ出ると自分は大工仕事で使う釘や木槌を吟味し始めていた。

「首実検に使う生首フィギュアの化粧用筆を探していて……」

「わかりました。細めのものがよろしいですか?」

「ええと、中くらいのものを三本と……」

藤内さまは遣いで来たようだった。誰に渡されたのだろうか、小さな紙を見ながら彼は各々必要な本数を言った。
わたしは聞き終わると振り返って、筆の詰んである棚からそれを出していった。この店は随分と狭い。小さな体であってもすぐ商品に手が届くのだ。
棚はすぐ近くにありあっという間に筆が揃う。他の物より少し重みがあり軸がぶれにくくなっている筆だった。

「ありがとう、助かったよ」

藤内さまが静かにそう言った。その時、改めて彼の顔が視界に入る。いままで仕事に夢中で気が付かなかったがとても綺麗な顔をしていることに気が付いたのだ。
思わずまじまじと顔を見てしまう。

「どうかしたの?」

「い、いえ!お顔が綺麗だと思って……アッ」

わたしは慌てて口を塞ぐ。なんて失礼なことを言ってしまったんだろう。男のひとに綺麗という形容詞はあまり使うものではない。

「……あ、ありがとう」

照れたようにはにかむ藤内さまを見て心臓が跳ねた。
その肩から後ろを見れば作兵衛さまは夢中に道具を見ていて、こちらに気がついていないようだった。
熱くなる顔を冷まそうと頭を振って、わたしは仕事に切り替える。

「……あの!この店では購入額が一定に達したらお金を請求するようになっているんです」

「へえ、変わったやり方だね」

「ここは常連しかこないからそう言うやり方が出来るんだってさ」

作兵衛さまが木槌を持ちながら答えた。どうやら気に入っていただけたようだ。購入するらしい。

「……なのでここにサインをいただけませんか?品物はわたしが記しておきますので」

早口に言いながらわたしは藤内さまに台帳と筆を差し出した。

「なんだか外出届みたいだね」

「だよなあ」

藤内さまは作兵衛さまと笑い合って台帳に筆を滑らせている。わたしは和やかな空気に安堵しほっと息を吐いた。

「はい、書けたよ」

「あ、ありがとうございます」

台帳を受け取ると荷物を持ったふたりは背中を見せる。わたしはあることを思い出して引き留めた。

「ああ!作兵衛さま、藤内さまお待ちください」

「なんだ?」

わたしは慌てて後ろの棚から一本の筆を取り出す。
作兵衛さまと藤内さまは不思議そうにわたしの手元を眺めた。

「これを届けてくださいませんか?」

「誰にだ?」

筆なら買ったばかりじゃないか、と作兵衛さまは首を傾げる。

「ええと、潮江……文次郎さまへ」

「潮江先輩に!?」

作兵衛さまと藤内さまは揃って驚きの声をあげる。
わたしはことの顛末を話し始めた。

「実は一年生のきり丸さんに筆結いの仕事を頼んだ時に……」

「きり丸はここでもアルバイトしてたのか」

作兵衛さまは呆れたように息を吐いた。

「はい。頼んだものを届けてもらった時に聞いたんです。手伝ってもらった上級生に潮江さまという方がいて、筆を暗器にしようとして大変だったと。その話を聞いて筆の暗器が面白いと思って作ってみたんです」

「これを君が作ったの?」

訪ねる藤内さまにわたしは大きく頷いた。

「筆の真ん中に鋼を仕込む、と伺ったので少し改良してみたのです」

わたしは筆の先を割ってみせる。そこからは鋭利な針先が覗いていた。

「へえ。棒手裏剣のような形の鋼を仕込んだんだね」

「はい、これならば攻撃を防ぐのみでなく近距離の攻撃にも利用できます」

「よく考えたもんだ。さすがあの親父さんの娘だなあ」

親も親なら子も子。わたしも昔からもの作りが好きだった。その中でもひと際興味が惹かれたのは忍具だ。奥が深いそれらに触れている時間はとても幸せである。

「せっかく作ったので是非お渡ししたくて。でも潮江さまとは面識がありませんし……お願いできませんか?」

差し出すと作兵衛さまは困ったように目を逸らした。

「悪いな。渡してやりてえんだけど、うちの委員長はあまり潮江先輩とは犬猿の仲でなあ。俺が忍器を渡しに行くところを見られでもしたらちょいと厄介なことになる」

「そうですか……ならば食満さまにお願いすることも出来ませんねえ」

困っていると藤内さまがおずおずと手をあげた。

「俺の所属している作法委員会の委員長、立花仙蔵先輩は潮江先輩と同室だし、良ければ届けようか?」

「ひええ、立花先輩の部屋に行くとか畏れ多くてびびっちまうなあ」

「そんなことないよ。立花先輩はああ見えてお優しいよ」

藤内さまはそう言うと筆へ手を伸ばす。

「ああ、お待ちください。包みますので……」

いくら試供品でもそのまま渡すことを躊躇ったわたしは簡単に包んだ。
先日は筆作りありがとうございました、と一筆添えて藤内さまに渡す。

「すみません。藤内さま、よろしくお願いします」

「任せてよ」

柔らかい綺麗な笑顔で受け取ると、流れるように懐へ入れた。
じゃあ、行くかとすでに店の外へ出ていた作兵衛さま、その後を追う藤内さまへ深く頭を下げるのだった。
狭い空間は急に静かになってごちゃごちゃと物があるにもかかわらずどこか寂しく感じた。
ふと左手の小指に何かが当たる。それはお客さまに書いていただいている台帳だった。
それを手に取って一番新しい項を開いた。

――浦風藤内

あの綺麗なお顔立ちとは印象の違う、太くしっかりとした文字だ。それでも止め、はらいがしっかりされているのを見れば彼がまじめな性質であることが分かった。
力強く書かれた文字をわたしは人差し指でなぞる。

「うらかぜ……とうないさま」

本当に小さな声で呟いて、ぎゅうと台帳を握りしめる。
これが書物で読んだ所謂一目惚れというやつなのだろうか……ぼんやりと霞がかる頭の中で考える。いつかまたいらっしゃりますように、そう願って少し乱れた商品棚を整理し始めるのだった。
ある昼過ぎの事。わたしはからんからんと下駄を鳴らして歩いていた。

――午後から私にお客様が見える。今日は外へ行ってらっしゃい

そう父から暇を出されてしまったのだ。
こう言ったかとは珍しくなかった。あの狭い店で商談をするにはわたしは邪魔になってしまうのである。そんな時は小遣いを使って茶屋へ行ったり、少し離れた場所でぼうっとして過ごしている。
今日はお気に入りの団子屋さんでお団子を買って、ひと気の少ない廃寺で食べようとしていた。元々人混みが得意ではないのだ。
小脇にお団子を抱えて足取り軽く下駄をひとつ鳴らした時だ。

「……こんにちは!」

声を掛けられた気がして振り返る。すると人混みの中で誰かが手を振っている。

「と……藤内さま?」

以前店にいらした藤内さまがこちらへ歩いてきた。こんなところで会えるとは……しかしわたしはと言えばお団子を抱えて今から食べるぞといった出で立ちだ。今の状況で出くわすのは少しばかり恥ずかしかった。
さっと後ろに包みを持ちかえる。

「こんにちは」

にこりと優しげな笑顔を向けられると途端に顔が熱くなる。

「こ、こんにちは」

「今日は手伝いはお休みなの?」

何度も頷く。すると藤内さま不思議そうにこちらを覗き込んだ。

「もしかして待ち合わせでもしてるのかな」

「いいえ、ひとりです」

「そっか、足止めしてなくてよかった。どこへ行くんだい?」

「ええと……は、廃寺に……」

わたしはうまく返せずに俯いた。恥ずかしくて、胸が苦しくて前を向けない。
目も合わせず不快に思ってはいないだろうか。不安になればまた優しい声が返ってきた。

「休みの時ってひとりになりたいことあるよね。俺も今日休みなんだ。……しかし女の子ひとりで廃寺へ行くのは危険だよ」

賊が住み家にしているかもしれないし……と藤内さまは眉を下げられた。

「あ、あの……」

わたしはわずかに震える声を絞り出す。

「ではもしよければ、ご一緒にどうですか……?」

さっき買った団子屋の包みを見せる。
ああ、お誘いしてしまった。
勢いとはいえやっぱり恥ずかしくなる。これで断られたらどうしよう。二回目に合う女からの誘いだなんてはしたないだろうか。この感情は初めてでどうしたらいいかわからなかった。

「いいのかい?じゃあお供しようかな」

ひとつ返事で藤内さまはわたしの隣に立つ。
街の奥の廃寺だろう?と指をさした。わたしは裏返った声で返事をして歩き出すのだった。
つたなく会話を繋げながら廃寺まで来る。今は使われていない境内への階段へ腰かけた。
わたしはそっと団子の包みを開いて一本取ると藤内さまへ差し出す。

「よろしければ、どうぞ」

「えっ、でもこれは君が好きで買った物だろう?」

「ひとりで食べるのも味気ないですし、お嫌いでなければ」

「嫌いじゃないよ。ありがとう」

ふわり、と春風のような優しい笑みを向けられる。少しだけ震えた手で串を渡す。
小さな口がそれを食んでいく。団子を食べているだけなのになんてきれいな所作なのだろうか。わたしは見入ってしまう。
ごくり、と喉仏が上下してそれは胃に収まったようだった。

「俺の顔、何かついてる?」

藤内さまは困ったように尋ねて来た。いけない、つい見つめてしまった。わたしは慌てて首を横に振った。

「い、いえ……所作が美しいと思いまして」

「そうかなあ。さすがにお団子を食べる予習はしてないよ」

聞けば藤内さまは予習や復習をすることが好きなのだと言う。わたしはまた美しいと言ってしまったことが恥ずかしくてそれどころじゃなかった。
なにか、自分が普通でいられる話をしなくては身が持たない……あれやこれやと考えて見つけた言葉を口にした。

「あ、あの……前回お渡しした筆を潮江さまはなんとおっしゃいましたか?」

藤内さまはふたつ目のお団子を口入れた瞬間だった。びくりと肩を震わせ口を押える。細かく咀嚼してすぐに飲みこんだ。
さっきのゆったりとした所作とは大違いだった。

「あ、あー……忍器にした筆、だよね」

わたしは頷く。藤内さまは最後のお団子を見つめたまま動かなくなってしまった。
しばらく沈黙が続いた後に申し訳なさそうに眉を下げるのだった。

「ごめんね。あれ、渡せてないんだ」

「……なにか不具合でもありましたか?」

自分は物作りに関しては素人だ。もしかしたら壊れてしまったのかもしれない。
しかし藤内さまは首を振った。

「潮江先輩に渡すのが惜しくなって」

「気に入っていただけたのですか?」

「う、うん。あの筆はよくできてる……勿論そうなんだけど」

それは職人冥利につくと嬉しくなってずいと近寄った。
藤内さまはまだ困ったような笑みを浮かべて持っていた団子の串をくるりくるりと回した。それが止まると口を開いたのだった。

「君が作った筆を渡したくないと思ってしまったの」