手から伝わる
雄英高校入学初日、通学路を歩いている時に道路工事の大きな音に驚いて右足を捻って転んでしまった。壁に手をついてなんとか立ち上がるも、右足に力が入らずまともに歩くことができない。初日から遅刻だなんて、とハラハラしていると同じ制服を着た自転車通学中の男の子に声をかけられた。
「どうした?怪我をしたのか?」
「は、はい……大きな音にびっくりして、足を……」
「ふむ……
「アイヨ!」
「うわぁ!えっ、あれっ!?」
「突然で悪いが、これしか方法が思いつかない。行くぞ!」
彼の個性なのか、喋る影が私の身体をガッチリ抱え上げてくれ、彼はそのまま自転車を漕ぎ進めた。そしてわざわざ保健室まで運んでくれた。お礼を言ったら、当然のことをしたまでだと言わんばかりにフッとクールに小さく笑って去って行った。なんて、なんて、素敵な人なんだろう……!
あれから数日後、彼がヒーロー科であること、名前は常闇踏陰くんということを知ることができた。すれ違い様に勇気を出して挨拶をした時は、とてもクールで口数は少なかったけれど私の足をとても心配してくれた。私はそんな優しい彼のことを好きになってしまった。一人の、男性として。
今日も私は昇降口でまだかな、まだかなと彼を待つ。同じクラスのみんなからは一途だねぇと茶化されるけど、学科も違う彼とは意図しないと会えないから仕方がない。ドキドキしながら待っていると、いつもの様に彼は静かにクールに参上した。
「と、とと、常闇くん!お、おは、おはよ、う!」
「ああ。」
「オハヨウ!」
「わぁ!
常闇くんの個性は影を操るものかと思っていたのだけど、どうやらそうではないらしい。この
「……悪いな、
「え?な、何も、わ、悪いこと、ないよ?」
「……そうか。」
伏し目がちに話す常闇くんもかっこよくて、私はドキドキして目線を泳がせながらしどろもどろになってしまう。いつもいつもこうなのだ、可愛い
廊下ですれ違う時や学食でお昼を食べる時、彼はいつも男の子と一緒にいるからなかなか声をかけづらい。でも勇気が出ない時は、
「フミカゲ、念力ダ!」
「と、とと、常闇くん!も、もうすぐ、た、体育祭っ!が、頑張って、ね!」
「ああ。お前も参加するだろう?怪我をしないようにな。」
「あ、あ、ありがとう!あ、
「アイヨ!」
「……可愛い〜っ!あっ、お昼のお邪魔してごめんね、じゃあね!」
常闇くんはかっこいいけど
それからまた数日後、体育祭は滞りなく始まった……のだけれども、私にとっての大事件は第二種目の騎馬戦で勃発した。
「ああああああ!!!う、うう、嘘だあああっ!?!?」
「うわっ!どうした念力!」
「まだ始まってもないよ!?」
「とっ、とととと、ととっ……な、なんで……」
目撃してしまった光景があまりにもショックで私は観客席から全力疾走で離れてしまった。常闇くんが前騎馬で、後騎馬には二人の女の子。なんとあのクールな彼が女の子と手を繋いでいたのだ。いくら騎馬戦だからといってもクールな彼が女の子とチームを組むなんて微塵も想定していなかった。しかし、まさかこんなことで自分の感情が抑えられなくなるなんて、私はなんて心の狭い女なんだ。悔しくて涙が出る。私はしばらく一人で泣いて、プレゼント・マイク先生のタイムアップを知らせる声が響いたのを聞いて慌ててステージへ戻った。
常闇くんは無事に上位4チームに入っていて、次の種目への参加権を手にしていた。自分の心が弱かったせいで折角の彼の活躍の場を見ることができなかった私は先の件と重なって二重に悲しい気持ちを抱えたまま休憩時間に入ることになった。まだ少し涙腺が緩んでいて、肩を落として目を擦りながら歩いていると階段でつんのめりになってしまった。
「あっ!」
「危ない!」
ぎゅっと目を瞑ったら正面から大好きな彼の声が聞こえて、がしっと身体を掴まれた。きっと彼が私を救けてくれたのだろう、あの日と同じ様に
「えっ?……う、うわああああっ!?!?」
「ぐっ!し、静まれ!」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「全く……怪我をするなと言っただろう。」
「は、はい……」
私は
「うっ、う、うう……」
「フミカゲ!」
「……!?どこか痛むのか!?くっ、すぐに保健室に……」
「ち、違うの!え、えっと、ここじゃ、ちょっと……」
「……わかった。」
常闇くんは私を抱きかかえたままスタスタと歩き出して、普段授業で使っている校舎の裏まで連れて来てくれた。私の言葉を汲んでくれた彼の優しさなのだろう、ここなら誰も来るまい、と小さく呟いて私の足をゆっくり地に着けてくれた。人払いできたのはいいものの、彼に何を言えばいいのやらと首を捻っていたら彼が先に口を開いた。
「何故、泣いている?」
「えっ。」
ぎくりと心臓が跳ねた。
「見たところ息災の様だが……」
「あ、え、えっ、と……」
彼をチラッと見たけれどやはりかっこよすぎて直視できない。私は救けを乞うかの様に
「……やはり、怖いか?」
「……えっ?」
「お前は……いつも俺の
「ち、違うよ!と、とと、常闇くんがかっこよすぎて見れないんだよ!私、常闇くんのこと大好きだから、騎馬戦の時なんか女の子と手を繋いでて、私ショックでショックで…………」
「なっ……!?」
「ああああああ!?い、今の忘れて!!」
「い、いや、そ、そういう訳にも……」
私は常闇くんに勘違いされていることに驚いたあまりに、彼に対する熱い気持ちを勢いよく吐き出してしまった。常闇くんは餌を強請る雛のように口をパクパクさせている。私は居た堪れなくなって彼に背を向けて逃げ出そうとしたけれど、
「フミカゲ!ホラ!」
「うおっ!何をする
「うわっ!
「手、繋イダ!」
「あっ……」
「む……」
「と、と、常闇、くん……?」
「……俺も、お前を、愛おしいと思っている。」
「……うん?」
「フミカゲ、ワカリヅライ!」
「……俺も、お前が好きだ。」
「………………」
「念力?」
ドサッ
私は彼と手を繋いだだけでも胸のドキドキが頂点に達していたのに、剰え好きだなんて言われたことで心臓が破裂したようなショックに襲われて、意識が朦朧として膝から崩れ落ちてしまった。けれども繋がれた手は依然しっかりと握られていて、手から伝わる熱が彼の想いは真実なのだと訴えているかのように感じた。
手から伝わる
「お、おい!気を確かに!」
「と、とと、常闇くんが……ゆ、夢だ……」
「夢現……!?くっ、やはりどこか痛めて……」
「か、かっこいい…………」
「念力!念力!?くっ、すぐに保健室へ……!」
とうに限界を超えていた私は彼との距離の近さや想いが通じ合ったことへの衝撃のあまりに気を失ってしまった。しかし繋がれた手の熱さだけは気を失ってもハッキリと感じ取れていた。
back
top