撫で殺す
逃げなきゃ、逃げなきゃ。早く、早く早く早く。早くしなきゃ、上鳴くんと尾白くんのチームがまさかこんなに息ぴったりのコンビだなんて全然知らなかった。早く私が出口に行かなきゃ二人いっぺんに交戦して食い止めてくれている勝己くんの怪我が増えてしまう。彼が負けるだなんてことは微塵も思っちゃいないけど。しかし、こっちじゃない、あっちでもない、どこ?どこが出口なの?焦って足が縺れる。でも音は決して立ててない。なのに、背後から勢いよくパチン!と地面を弾く音がした。まさか。
「音無さん!逃さないよ!」
『ひゃっ!お、尾白くん!?』
尾白くんが追いついてきてしまった!まずい!つ、捕まる……!
「尻尾!!テメェこそ逃さねェわ!!ソイツに触ったらぶっ殺す!!」
「ば、爆豪!?なんで……ぐわっ!!」
「か、勝己くん!?」
「アホ面はしばらく来ねェ!!オラ!!ボーッとすんな!!早よ行け凪!!」
「う、うん!!」
勝己くんは二人いっぺんに相手にしていたのだけれど、私を捕まえることを優先して戦線離脱した尾白くんを追うために上鳴くんを気絶させてまで追跡してくれたらしい。ただの訓練といっても彼に敗北の二文字は許されないのだ。私は彼のこのストイックさに果てしない憧れを抱いているわけで。彼に発破をかけられたらクラス一鈍臭くてトロい私でも頑張ろうという勇気がいくらでも湧いてくる。
「い、行かせるわけには……!!」
「ハッ!!女狙って楽しいかよ!!テメェの相手は俺だわ!!」
「くっ、爆豪との戦闘は極力避けたいのに……!」
「残念だったなァ尻尾!!オラ、喰らえ!!」
背後から物凄い爆音が聞こえたけれど、この技は音や見た目は激しいもののそんなに威力のある攻撃ではない。きっと私が音を消して身を隠して進めるように彼が気を利かせてくれたものに違いない。長年の幼馴染で、一応、恋人なんだから、例え彼が私に対してどんなに乱雑な態度でも、それは全て照れ隠しだったり、不器用な彼の愛情表現だったり、とにかく彼の本心は全て音となって伝わってくるのだ。今の激しい爆音も、俺に任せて早く行け!と聞こえた気がした。
しばらく走り続けているとやっとのことで出口が見えた。と、同時に身体中を襲う鋭い痛みらバチバチッという激しい音。この音……これは、電撃……
「音無ちゃん、ごめんねー!俺、さっき爆豪の攻撃で気絶したフリしてたんだわ!」
『か、上鳴くん……そんな……!』
「うわっ!何言ってるか聞こえねーから俺の攻撃効いてんのかわかんねー!」
『そ、そっか、それなら……!!』
私の個性のおかげで上鳴くんに私のダメージは悟られていないようだ。彼はオロオロしていて、私が女の子だからか表立っての攻撃は繰り出せないみたいで。チャンスだと思った私は勝己くんから護身用に使えと渡されていた小さな手榴弾を投げた。すると途端に派手な音が何度も響いて彼の周りは黒煙で一杯になった。
「おわっ!?み、見えねえ!?」
『やった!これなら……!!』
こうして私は再び音を消して真っ直ぐ出口へ向かって無事に脱出することができた。しかし、演習終了後には情けなくて涙が出てしまった。勝利を収めることできたのは全て勝己くんがいてくれたからだ。戦闘はもちろん、私が逃げ切るための道を作るサポートまで、何もかも全て彼一人に任せっきりで。チラッと彼を見ると、上鳴くんの電撃や尾白くんの激しい格闘攻撃によって所々火傷や痣ができていて。彼に心配の声をかけたけれどリカバリーガールのところに行けばすぐ良くなるから気にすんな!と力一杯怒鳴られて、私の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に乱すように撫でてきた。
放課後になっても罪悪感は全く拭いきれないままで、私は演習場の近くの花壇の前に座り込んでいた。
「はぁ……勝己くん……強すぎるよ……」
「ん。当たり前だわ。」
「…………い、いたの!?」
「ずっとおったわ。まだ気にしとんのか。」
勝己くんは普段は怒鳴り散らしているか静かにぶすっとしているかのどちらかだと思われがちだけれど、実はそれ以外にもいろんな一面がある。たとえばこんな風に誰かが落ち込んでいればそれに気づくタイプだったりもする。瀬呂くんからは、それは相手が音無の時だけだ!なんて言われたこともあるけど、私はそうは思わない。彼は昔から誰よりもヒーローであろうとして、周りにとても気を配れる人だって私は知っているから。
「お前は俺が守り殺したるわ。」
「こ、殺さないでほしいかな。」
「……守ったるわ。」
「私も、守る側にならなきゃなのになぁ。勝己くんみたいに戦闘に長けていればなぁ……」
「……得意不得意は誰でもあんだろ。お前は……凪は、得意なモン、伸ばせや。」
ほら、勝己くんは不器用なだけで本当はすごく優しい人なんだ。昔からそうだ。みんなは相手が音無だから、なんて言うけれどそんなことはない。確かにすぐに大きな声を出すし、決して言葉遣いも良いとは言えない、それに、誰に対してもぶっきらぼうで、自分にも他人にも厳しい。だけど、その奥底にはきちんと優しさがある。そんな人。私はそんな勝己くんが幼い頃から大好きだし、なんとまぁ驚くことに、彼も同じ気持ちでいてくれている……なんてあれこれ考えていたら突然頭を鷲掴みにされて、そのまま動かされてぐしゃぐしゃと髪を乱された。
「うわぁ!!」
「聞いとんのか!?あぁ!?」
「き、聞いてませんでした!」
「チッ……オラ、はよ音消せ。」
「あ、う、うん……」
勝己くんが地べたに置いてる掌の上にちょんっと自分の指を置いて消音の個性を発動させた。二人で会話をする時に彼が音を消せと命じる時は決まって恥ずかしくなるような、決して周りに聞かれてはならない台詞を吐く時で。
『自分にできることやりゃいい。』
『うん……』
『できんことは……俺が救けてやる。』
『うん……』
『他にも、耳とか丸顔とか……おるだろ。根性、ある奴。頼れや。』
『……女の子だけ?』
『あ?お前、他の男に頼るんか?』
『……ヤキモチ?』
『ッ!!るせェ!!』
『わっ!ご、ごめんって!』
『るせェ!!テメェ!!このまま撫で殺したるわ!!』
『な、撫でるのに殺傷力は無いと思うよ!』
彼はぎゃあぎゃあ怒鳴り散らしながら私の髪をさらにぐしゃぐしゃと乱してきた。けど、その手の動きに髪や頭を痛めつけるような力は全く入ってない。けれどされてばっかりなのは何だか悔しくて、わたしは指を置いていた勝己くんの手の甲をギュッと握って、頭にある彼の手もギュッと握った。どちらも指を絡ませて。自分的にはかなり力強く握ったつもりなのだけれど、きっと彼にとっては大した力じゃない……はずだったのに。
『ッ〜〜!?テ、テメェ!!こ、殺す気か!!』
『え、えぇ!?わ、私そんなに力強かった!?ごめんなさい!』
『ちっげェわ!!バカ!!やっぱ殺す!!撫で殺す!!』
『うわぁ!!か、勝己くん!!殺さないで!!』
「殺さねェけど撫で殺す!!」
勝己くんはブンブンと手を振って私の手を振り払うと、私が身動きを取れないよう四肢全部使って私をガバッと抱きしめてきた。再び音を消せと命じられて、指をちょんっと彼の脚あたりに置いて音を消した。すると彼はハッと満足そうに笑いながら私の髪をぐしゃぐしゃと乱し始めたのだった。
撫で殺す
『ねぇ、髪……』
『るせェ。撫で殺す。』
『こ、殺さないで。』
『な……撫で、る。』
『…………うん。』
殺すと言わなかった勝己くんは照れくさかったのか、自分の表情を見せないようにするために私の後ろ髪を全部前に垂らすように撫でてきたのだった。
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