策士の謀事
放課後の教室。忘れ物を取りに戻ったら男子が恋愛トークをしていました、なんて漫画やドラマのベタなシーン、まさか自分が経験するなんて思わなかった。英語の教科書を取りたいのに、中では上鳴くんに切島くん、峰田くん、そして、私が密かに想いを寄せている瀬呂範太くんが恋愛トークを醸していた。普通に教室に入って、教科書忘れちゃった、と言ってさっさと出て行けばいいだけのことなのだけれど、やっぱり好きな人の好きな人なんて気にならないわけがなくて。私は息を潜めて半開きのドアの横に立ち尽くしていた。
「B組の拳藤とかどーだ!?オイラは断然八百万派だけどな!」
「あーあの子な、飯行かね?っつったら、そーゆーのパスってフラれたわ。切島、お前は?」
「お、俺はそんな……ぶっちゃけ恋愛とかなァ……」
「芦戸とはなんもねーの?」
「芦戸は中学が同じだから多少距離は近ぇけど……つーか瀬呂、そういうお前はどうなんだよ。」
「えっ、俺?」
峰田くんと上鳴くんは相変わらずで、切島くんはやはり硬派を貫いているといったところか。しかし、気になる。瀬呂くんの女の子の好み。私は高鳴る胸にギュッと手を当ててそっと耳を澄ませる。
「あー……っと、ま、まぁ俺の話はよくね?」
「お、お前その反応!好きな女子がいるんだな!?そうなんだな!?」
「ハァ!?なわけあるか!」
「いーじゃんいーじゃん!なぁなぁ、教えろよ!俺がデートに誘って瀬呂のこと好きかどうか聞き出してやろっか?」
「や、やめろってマジで!そ、そーゆーの通じる子じゃねェって!」
「お!やっぱいるんだな!?誰だ!?」
「ッ〜〜!!お、お前、カマかけやがったのかよ!」
上鳴くんの見事な策士っぷりで瀬呂くんに特定の好きな女の子がいることが判明してしまった。誰だ、いったい誰なんだ……上鳴くんの冗談や軽口が通用しないタイプだと考えたら真面目な人……ヤオモモ、梅雨ちゃん……なんて思っていたら峰田くんがまさかの発言を繰り出した。
「……瀬呂の好きな女って、オイラは音無だと思うけど違うのか?」
「お、俺は別に音無なんて興味ねぇよ。」
ずきっと胸が痛んだ。わかってた。わかってたよ。瀬呂くんが私みたいな可愛くもない地味で暗くて口下手で鈍臭い女の子に興味ないってこと。けれど本人の口から聞いてしまっては決定的で、思わず涙がぱたぱたとこぼれ落ちてしまった。けれども男子達の会話は続く。
「音無?うーん、あいつ男子とあんまり話さねーよな。あ、でも気が利くヤツだとは思う。今朝、爆豪が消しゴム忘れたの気付いて二つ持ってるからって貸してやってた。」
「あ、わかる。音無、俺が財布忘れた日に金貸してくれたんだよ。悪いからっつったけど、午後から演習だから昼は食っとけーって。つーかその金まだ返してねぇや!やっべ、明日返そ!」
切島くんと上鳴くんが私の行動を褒めてくれたのが唯一の救いだった。瀬呂くんは興味なさそうにへーと呟いただけ。英語の教科書は諦めようと思って泣きながら昇降口へ向かって、曲がり角を曲がったらどんっと誰かにぶつかった。
「ご、ごめんなさ……」
「……なに泣いとんだ。」
「ば、くごうくん?」
「ちょっと来い。」
「えっ、えっ?」
爆豪くんはわたしの手を引っ張ってずんずん歩いて行く。しばらく歩いて行ったらちょうどA組の窓が見える人気のない場所に出た。そこで爆豪くんは私の手をパッと離すとぐるっとこちらを向いた。
「おい。」
「は、はい。」
「俺ァ借りは作らねェタチなんだよ。」
「う、うん……?」
「チッ!察しろや!話聞いてやるっつってんだ!」
「え、え?」
「ンなとこでもねェとアホ面とか玉とかが嗅ぎつけてくんだろ!オラ!とっとと話せ!」
爆豪くんはどかっと縁石に腰掛けて、クイッと顎を動かした。私もそっと座ってぽつりぽつりと先程のことを話した。爆豪くんは、くだらねぇと一蹴したけれど、テメェは余計なこと考えんな、と少し乱暴に頭をわしわしと撫でてくれた。彼にこんな優しさがあるのは少し意外だと思ったけれど失礼極まりないのでそれは口には出さないでおこう。
「……明日、朝7時に教室来いや。」
「し、7時!?は、早過ぎない!?」
「るせェ!!黙って従え!!」
彼は粗暴で口が悪くてよくわからない人だけれど、こう見えてもヒーロー志望だし、心の内はきっと優しい人なのだろう。私は彼の指示に従うことにした。
「い、意味はわかりませんが指示はわかりました……」
「1分でも遅れたらぶっ殺す!!」
「は、はい、気をつけます!」
「早くてもぶっ殺す!!」
「は、はい!キッカリに行きます!」
爆豪くんはバッと立ち上がって、じゃあな、とだけ言って去って行った。教室で四人の男子が私達の様子を窺っていたなんてことはつゆ知らず、私も帰路に就いたのだった。
翌朝6時55分、私は昇降口で靴を履き替えて教室へ向かっていた。1分でも遅くても早くてもいけないとの指示だったから、ちょうど7時になるまで半開きのドアの外で待っていた。スマホの画面が7時ちょうどを表示してくれたところで教室内から爆豪くんの怒声が轟いた。
「だから!!俺は音無が好きだっつってんだ!!」
……えっ?え、え、ええええ!?な、何それ!え、誰に言ってるの?私の頭の中はパニックになってしまい、足が動かなくなってしまった。中にいるのはいったい誰なのだろうかと思ったところで今度はお相手の怒声が響いた。
「お、俺だって音無が好きだ!!い、いくら爆豪が相手でもそれだけは負けらんねーよ!!」
せ…………瀬呂、くん……?なんで?昨日、あんなこと言ってたのに……
「……ハッ!やっと借りが返せたなァ!」
「は?」
「おい!音無!きっかり7時からそこおったろ!?入って来いやァ!」
「なっ……ななな、何ィ!?」
私が教室に入るよりも先にバタバタと音を立てて瀬呂くんが教室から飛び出てきた。彼の顔は醤油というかケチャップみたいに真っ赤になっていた。きっと私も同じような赤い顔をしているのだろうけど。
「言っとくが俺ァその女に興味なんざねェ!!あとは勝手にヨロシクやってろ!!俺ァ寝る!!」
爆豪くんはバンッと勢いよく教室のドアを閉めてしまった。彼の言う借りを返すとはこういうことだったのか。なんという策士だ。チラッと目の前のケチャップ顔を見上げると、頭をがしがしとかきながらあーとかうーとか唸っていて。
「あ、あのさ、昨日の、聞いてたんだって?」
「う、うん、盗み聞き、しちゃって、ごめんなさい……」
「あ、い、いや、そ、それは、いーんだけど、さ……」
緊張して返事がしどろもどろになってしまう。瀬呂くんは突然自分の顔を両手で軽くぱしっと叩いて、少し真面目な顔になって私の目を真っ直ぐ見つめてきた。
「あのさ、昨日の俺、音無のこと興味ないとか言っちゃったじゃん?」
「あ、う、うん……」
「あれさ、嘘だから。峰田に図星突かれて勢いで言っちゃったけど……なんつーの?男が簡単に好きな女子のことペラペラ喋りたくないっつーか……まァ、くだらねェ見栄よ。」
「う、うん?」
彼の言っていることがよくわからなくて、ひとまず聞き入れはするものの首を傾げてしまって。すると彼は言葉を続けながらパンっと両手を合わせてきた。
「あー……だから、傷つけてごめんってこと!」
「あ、う、うん、わかった。えっと、大丈夫。」
「……そ、それと、今教室で言ってたことは嘘じゃねーよ。」
「う、うん?」
「あ、あれ?もしかして聞こえてなかった?あんなデケェ声だったんだけど……ま、まさかもう忘れちゃったり?」
「い、いえ!き、聞こえてました!し、しっかりと…………」
そして忘れるわけもないだろう。好きな人があろうことか自分のことを好きだと叫んでいたのだから。
「そ、その、そーゆーことだからさ……あーっ!!俺、こーゆーとこがダメなんだよな……」
「え、え?」
「あ、あのさ、俺、音無のこと、す、す、好きなわけ。音無は、正直、俺のことどう思ってる?」
こ、これは私も彼に想いを伝えるチャンスなのかもしれない。爆豪くんがせっかくくれたチャンスを無駄にしてはいけないと思って、私はなけなしの勇気を振り絞って、自分の想いを目の前の恋焦がれる彼に向かってそっと口にした。
「わ、たしも、瀬呂くんが好きです……」
「ッ…………!……あれ?音無、声聞こえないんだけど……」
「……えっ?」
「あれ?」
策士の謀事
「……あっ。ご、ごめん!もしかして私の個性出てたかも!?」
「お、おお、聞こえる聞こえる、で、俺のこと……」
「す、好きです……」
「お、おい!肝心なとこで個性使わないでくれって……!」
「え!?お、おかしいな……す、好きです!大好きです!」
「……ごめん、最初のが可愛くて何回も聞きたくて嘘ついちまった……全部聞こえてるよ……」
「ひ、ひどい!」
「ごめんって!俺も音無のこと好きだから許してくんねーかな?」
「ゆ、ゆ、ゆ、許します……」
上鳴くんと爆豪くんだけじゃなくて目の前のこの人も策士だったとは……1年A組、油断ならない……
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