今日は校内の体育館で近所の幼稚園児たちとのふれあい実習を行っている。ヒーローたる者、老若男女を問わずその信頼を集める必要があるわけで、コミュニケーション能力や適応力の向上を目的として、みんな張り切って園児たちと遊んでいるわけだけども。どうしてか私は一人の男の子に懐かれてしまって彼は私にしがみついて一向に離れる気配がない。担任の先生曰く、彼は入園したばかりでまだみんなとあまり遊び慣れていないとか。しかも人見知りが激しくこんなに誰かに固執するのは珍しいらしい。


「ぼく、みんなと遊ばないの?」

「お姉ちゃんがいい!」

「そっかー……お姉ちゃんと何して遊びたいの?」

「家族ごっこ、お姉ちゃんは僕のお嫁さん。」


むむ、そう来たか。しかし家族ごっことあれば多数で遊ぶことも期待できる。私は彼をうまく誘導してみることにした。


「家族は二人しかいないの?」

「……子どもが二人とおじいちゃんとおばあちゃんと、いぬ。」

「あ、じゃあお友達誘ってみる?」

「……やだ。」


どうして?と聞いてみても彼はもじもじしたままで。仕方ないからこっそり音を消して、周りに聞こえないように彼と会話してみることに。


『お姉ちゃん、今、周りに声が聞こえなくなる魔法をかけてるよ。』

『魔法?』

『うん、だからお姉ちゃんにだけ教えてほしいな。どうして嫌なの?』

『僕、恥ずかしい……ダメって言われたら嫌だ……』


なるほど、遊びを断られることを怖がっているのか。確かにたいした理由もなくダメだなんて言われたら誰だって傷つくだろう、幼心ならなおさら。


『じゃあ、お姉ちゃんと一緒にみんなに声かけに行こう!お姉ちゃんのお友達も誘ってあげる!』

『ほんと?』

『うん!だから行こう!』

『……うん、お姉ちゃんと行く!』


彼は私にしがみついたままだったけれど、私は彼を抱っこして彼が遊びたいと名指した子ども達に一緒に声をかけた。そして最後に声をかけたのは赤い髪の熱血漢とヒーローごっこをして遊んでいた男の子。ちなみにこの熱血漢、私の彼氏だったりする。


「ん?家族ごっこ?いーぜ、俺も付き合ってやるよ!」

「鋭ちゃん、ありがとう!」

「おう!で、俺は何の役だ?」

「……おばあちゃん。」

「ぶっ!くくっ……お、おばあちゃん……」

「な、何ィ!?お、俺がばーちゃん!?お、男らしくはねェが、子どもの頼みとあっちゃヒーローたる者断れねェ……わかった!任せとけ!」


懐の広い彼氏で良かったと思ったのは束の間で。数人の子ども達と一緒に家族ごっこをして、場面は夜のシーンになった時のことだった。私に懐いているあの男の子が、仕事から帰ってきた旦那さんという設定で、私にただいまのキスをしたのだ。私は子どものやることだから可愛いとしか思わなかったのだけれど、鋭ちゃんはそうではなかったようで。


「ちょ、ちょっと待て!おい、おめェ!今、凪に何した!?」

「ひっ!おばあちゃんが怖い!」

「誰がばーちゃんだ!いいか!俺と凪はなぁ……!」

「鋭ちゃん!バカじゃないの!?子どもの遊びだよ!?あぁ、怖かったよね、おいで……」

「うええええん!」


男の子は大泣きしながら私にしがみついてきた。ぎゅっと抱き上げて背中をとんとんと叩いてあげながらあやしていると、鋭ちゃんはぶすーっとした顔でこちらを見ている。全く先程の懐の広さはどこへ、なんて思っていると、腕の中の男の子が私の胸に顔を埋めて頬擦りしてきて、とても小さな声で、お母さん……と呟いた。無理もない、入園したてでこんなところにいきなり連れてこられたんだ、恋しくもなるだろう、と私は男の子に優しく寄り添ったのだけれど。


「だーっ!お、おめェ離れろ!凪は俺んだぞ!」

「やだ!僕のお嫁さんだもん!」

「え、えぇ……」

「凪!お、俺とそいつどっちが好きなんだよ!」

「僕だよね!?」

「は、はぁ!?ふ、二人とも何言ってんの!?」


この子はともかく、切島鋭児郎、あんたいくつなんだ?と思いながら素っ頓狂な声が出てしまった。周りの子ども達はおませさんが多いみたいで、同じ幼稚園の仲間のこの子を応援している様子。 


「僕達、チューしたもん!」

「あぁ!?そんなのおめェ、俺らなんか昨日裸で……!!」

「ぎゃあああ!子どもの前で何言ってんの!?最低!ほんっと最っ低!大っ嫌い!」

「ハァ!?き、嫌いはねーだろ!?昨日はあんなに……!」

「……ぼく、ちょっとごめんね。みんなと向こうで遊んでてくれる?」

「え?う、うん、わ、わかった……」


私が静かに怒っているのがわかったのだろう、男の子は応援してくれていた周りのお友達に自分から声をかけて、私達から離れて轟くんが作った氷の滑り台の方へと走って行った。私はニッコリ笑顔で鋭ちゃんの方を振り向いた。彼はビクッと一度大きく跳ねて、バツが悪そうに頭をかいた。


「鋭ちゃん?ちょっと大人気なさすぎじゃない?」

「わ、悪ィ……いくら子どもでも、凪がキスされてんの見ちまったら何かこう……この辺がモヤッとしたんだわ……」

「はぁ……昨日あんだけキスしたじゃん……それに裸で、って……」

「は、裸は裸だろ!?」

「鋭ちゃんがパンイチで部屋で筋トレしてた隣で私が読書してただけじゃん!誤解を招くようなこと言わないでよ!スケベ!」

「ス、スケベ!?ひっでェ!!」

「だいたい昨日もさりげなく私の胸揉んだでしょ!?あの男の子に文句言う資格ないんじゃない!?」

「そ、それは良いだろ!?俺だって男だし、何より俺ら付き合ってんだから胸の一つや二つ……!!」

「そ、そ、そんなとこだけ漢気溢れてどーすんの!?このドスケベヒーロー!!」

「ハァ!?い、いや、そりゃ言い過ぎだろ!!つ、つーかそれでスケベ呼ばわりなら漢とスケベは紙一重じゃねーか!!」


ギャアギャアと言い争っていたらいつのまにか実習は終了の時間になっていて。講評の時にはマイク先生から痴話喧嘩も程々にしとけよなんてからかわれてしまった。おかげで三奈ちゃんと上鳴くんから何してたん?って根掘り葉掘り聞かれてしまって余計に恥ずかしくなってしまった。そして今は寮の彼の部屋で二人きり。私は彼の脚の間に座らされて後ろから抱きつかれてすっぽり彼の腕の中。


「ごめんって……許してくれよ……」

「漢気に憧れてるならあんなことでヤキモチ妬いちゃダメだよ?」

「わ、わーってっけど、やっぱ、子どもでも男って思ったらよ……大事な彼女に手出されたら黙ってらんねーよ……」

「……鋭ちゃんの方が好きだよ。」

「え?んっ……」


振り向いて彼の少し乾燥してカサついた唇に自分のそれをそっと一瞬だけ触れさせてすぐに離した。彼はぽかんと口を開けてギザギザの歯を覗かせている。目をパチパチと瞬きさせて、驚きのあまり止まってしまったようで。


「さっき、俺とあの子どっちが好きかって言ってたでしょ?心配しなくても、私が男として好きなのは鋭ちゃんだけだよ。」

「お、お、お、お、おう…………」

「だからもう少し懐の広い漢になってくださいな?」

「ど、努力する!」

「うん、頑張って。じゃ、私も部屋に戻るね。実習のレポート書かなきゃ。」


すっと立ち上がって部屋に戻ろうとドアに近付いたら、私につられて立ち上がった彼が私の腕をグイッと引いて、今度は彼の方から私の唇に自分のそれを重ねてきた。


「俺も凪が好きだ!アイツには負けねェ!」

「……話聞いてた?」





漢とスケベは紙一重




「聞いてたぜ!あの子が凪のこと好きでも、俺がもっと漢気見せて俺の方が凪に好かれるよう頑張れっつーことだろ?」

「……バカじゃないの?」

「ハァ!?何でだよ!!……つーかアイツ!凪の胸に顔押し付けてたよな!?よし、俺も……」

「バッ、バカじゃないの!?」


バチィン!!


「い、いってー!!」

「最っ低!スケベ!私、帰る!」

「お、おい!待てって!」

「知らんっ!このドスケベヒーロー!!」






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