純粋な彼
「というわけで轟さん、明日、よろしくお願いします!」
「ああ、さっきの条件で頼む。」
たまたま耳にしてしまった。写真部がジューンブライドの写真のコンテストに作品を提出するらしく、そのお婿さん役に我が1年A組きってのイケメン、轟焦凍くんが選ばれた。何やらある条件を引き換えに彼は承諾していたけれど、その条件は分からずじまい。しかしそれ以上に気になるのは彼の隣で純白のドレスを纏う女の子のことだ。一体誰が彼の隣に立つのだろうか、と密かに彼に想いを寄せる私は気が気じゃなくて、この日1日授業に集中できなかった。
翌日の放課後、再び写真部の彼女がやってきた。そして声高に轟くんに話しかけていた。わたしは机に伏せているフリをしながらその様子を窺っていた。
「では轟さん、相手の女性を選んでください!」
えっ?轟くんと一緒にジューンブライドの写真に写る女の子は轟くんが選ぶの?そんなの、絶対ヤオモモに決まってるよ……スタイル抜群、容姿端麗、席も隣でなんとなくあの二人は仲も良いしまさにお似合いの美男美女……はぁっと溜息を吐いて、少し外の空気でも吸いに行こうと立ち上がった時だった。
「あいつがいい、今立ち上がったやつ。音無 凪っつーんだ。」
「わかりました!では、音無さん!よろしくお願いします!」
「……えっ?」
「さぁ、行きましょう!」
「ああ、音無、突然で悪いが頼む。」
私は訳がわからないまま写真部の彼女にグイグイ手を引っ張られてそのまま歩かされて、なんで?どうして?と思っているうちにいつの間にか私は純白のドレスに身を包まれていた。ご丁寧に髪も顔も綺麗に作り上げられていて、鏡を見て数分後、漸く状況を把握した。あの轟くんが、花嫁衣装を着て隣に立つ女の子として私を指名してくれたということだ。背後のドアがガチャっと開いて、ゆっくりと振り向いたらそこには真っ白なタキシードを着こなした轟くんが立っていた。
「……綺麗だな。」
「えっ!?あ、ありがとう……で、でも、なんで私が……?」
「ん?音無が一緒に写ってくれんならいいかと思ったからだ。」
「えっ?」
「写真に写る条件として、隣に立つのが知らねェ奴なのは嫌だから俺に選ばせてくれっつった。んで、音無を選んだ。」
「な、なんで……?」
わたしの心臓はとくとくと鼓動を加速させていく。好きな男の子にここまで言われて期待しないはずがないじゃないか。相手が純粋な彼なのだから期待はただただ膨らむばかり。
「……お前のことが好きだからだ。」
「…………」
頭では予測していたことだった。期待していたはずなのに、心がついていかなくて。私の目からは驚きと喜びが混ざった涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「わ、悪い、泣くほど嫌だったか?」
「ううん……嬉しい……私も、轟くんが好きだから……」
「そうか……良かった。」
轟くんは私の涙をハンカチでとんとんと優しく拭ってくれて、私の手を引いて撮影スタジオまでゆっくりと連れて行ってくれた。それから二人で並んで何枚も撮影してもらったのだけれど、もっと近付いてとか、肩を抱き寄せてとか、写真部のみんなの要求は段々とエスカレートしていって、最終的にフリでいいからキスの写真が撮りたいと言われてしまって。
「フリでいいのでお願いします!!」
「そっ、そそ、そんな、キ、キスだなんて……!!」
こんな綺麗な顔が存在しているだけでももたないのに、それが接近するだなんて私にはとても耐えられない。けれど良くも悪くも純粋な彼はずいっと私に顔を近付けてきた。
「キスのフリ、嫌か?」
「い、いい、嫌じゃないよ……」
「……キスのフリじゃなければ良いのか?」
質問の意図がよくわからず、きっと見つめ合うとか頬をくっ付けるとか代替案を出そうとしてくれているのだろうと推測した。いずれも恥ずかしいことに変わりはないけれど、キスのフリをするなんてミッションよりハードルが高いものはないだろうなんてタカを括った私はその通りだと言わんばかりに頷いた。すると彼は顎に手を当てて何かを考えると、よし、と一言だけ呟いて、写真部の人達の元へ足を運んで何やら長い説明をしていた。彼らはそれに対して頷いて、轟くんは再び私の前に戻ってきた。
「交渉してきた。一先ず写真に撮るのは互いに見つめ合ってくれっつーことだった。」
「わ、わかった、ありがとう……」
「ああ、じゃ、よろしく頼む。」
彼は跪いて私の手を取ってじーっと真っ直ぐ私の目を見つめてきた。先程好きだという想いを伝え合ったばかりなのに、この人はなぜこんなに冷静でいられるのか不思議でならない。私の顔は熱くなっていくばかり。すると轟くんは、暑いのか?なんて言いながら冷たい方の手でそっと私の頬に触れてきた。その瞬間、今日一番の連続フラッシュが焚かれたのを最後に、私と轟くんの写真撮影は終了した。お礼を言われて、写真部の人はそそくさとスタジオから出ていった。彼も私も手伝ってもらいながら着替えなければならないのにどうして全員出ていってしまったのだろうと彼に相談しようと思ったその時だった。
「音無。」
「うん?」
「好きだ。」
彼はそう言うと私の顔を両手でがしっと掴んで、綺麗な顔を近づけてきて、お互いの唇がむにっと重なった。王子様のようにかっこいい彼のキスは、力強くてとても不器用なキスだった。唇を離した彼は、いつもの仏頂面、と言っては失礼か、とにかくいつも通りの表情だったけれど、その顔色は僅かに赤くなっていて。突然のキスに驚いて何の反応も示せなかった私に対して轟くんは少しだけ眉を下げて、嫌だったか?と首を傾げてきて、私はハッとして慌てて口を開いた。
「い、いい、嫌じゃないよ!で、でも、な、なんで……」
「キスのフリが嫌っつってたから、ちゃんとキスすんのは良いのかと思って。」
「そ、そうじゃなくて、つ、つつ、付き合ってもないのに……」
「……付き合ってくれないのか?」
「え!?い、いや、そんなことは……」
「付き合ってくれ。」
「え、は、は、はい……」
なぜ彼はこんなにも余裕があるのか。普通、付き合ってくれだなんて台詞、こんなにもあっさり言えるものじゃないだろう。
「で、もう一回キスしても良いか?」
「ダ、ダメじゃない、けど……は、恥ずかしい、よ……」
「誰もいねェよ。さっき頼んで人払いしたんだ。」
「そ、そうなの?」
どうやら先程写真部のみんなと話し込んでいたのは、音無にこの姿で告白して本当のキスがしたいから全員撮影が終わったらすぐに出ていってくれ、とお願いしていたからだとか。わざわざ告白してキスをするなんて宣言して人払いをするあたり、やはりこの人には緊張や羞恥心なんてないのだろうかと甚だ疑問である。
「なァ、音無。」
「な、なに?」
「こうしてんの、本当の結婚式みてェだ。」
「け、けけ、結婚式……!?」
「俺、入学した時からずっとお前のこと好きで、今こうしてんの、夢みてェだと思ってる。」
「そ、そうなの?」
「……そう見えねェかもしれねェが、こう見えても結構緊張してる。お前、すげェ綺麗だし。」
前言撤回。彼にも緊張や羞恥心といった類の感情はある模様。少し赤らめた頬を人差し指で軽くかいている。けれども純粋な彼は、またしても小っ恥ずかしい台詞を躊躇うことなく投げかけてきた。
「なァ、音無。」
「な、なに?」
「いつか……こんな綺麗な格好で、俺の隣に立ってくれるか?」
「……え?」
「……結婚しよう。」
「…………熱でもある?」
「ん?いや、体温調整は正常だ。」
「やっぱり前言撤回……」
ぼそっと呟いたと同時に彼はもう一度私の顔をがしっと掴んで力強い口付けを落としてきた。
純粋な彼
後日、コンテストに応募した写真を新聞部の彼女が持ってきてくれたのだけれど、応募してない別な写真も特別に入れておきましたと言われて、2枚目の写真を見てみると花嫁姿の私と花婿姿の彼がお互い真っ赤な顔をしてまるで本物の結婚式のように口付けを交わしている写真だった。
「な、なんで!?」
「ああ、実はこっそり撮ってくれって頼んでた。ダメだったか?」
「ダ、ダメじゃ、ないです……」
「ん、また今度誰もいねェとこでキスしていいか?」
「は、はい……」
純粋な彼の小っ恥ずかしい質問攻撃はこれからも続くのだろうか……到底もちそうにないよ……
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